日々の音色とことば

usual tones and words

個人的怒りと闘いのアルバム3選(その3)

ロッキング・オン3月号の特集「怒りと闘いのアルバム100選」の100枚に漏れた中から、個人的に「これが入っていてほしかったなー」というものをレヴューしていきます。「その1」「その2」はこちら。

個人的怒りと闘いのアルバム3選(その2)
http://shiba710.blog34.fc2.com/blog-entry-31.html

個人的怒りと闘いのアルバム3選(その1)
http://shiba710.blog34.fc2.com/blog-entry-32.html

3枚目は、小沢健二『Ecology Of Everyday Life 毎日の環境学』。まあ、ロッキング・オン誌は洋楽誌なので、これが入ってないのは当然。不満があるわけじゃあ、ない。でも、GY!BEと全く同じ「敵」の存在を気付かせるべく、真摯な言葉を連ねているのが現在の彼だ。00年代というタームで考えれば、少なくとも日本においては最も「闘っている」ミュージシャンの一人ではないだろうか。

Ecology Of Everyday Life 毎日の環境学Ecology Of Everyday Life 毎日の環境学
(2006/03/08)
小沢健二

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このアルバムは全曲インストゥルメンタルだ。だから、アルバム自体に明確なメッセージが込められているわけではない。しかし、彼が2005年から現在まで連載している小説『うさぎ!』とこのアルバムは密接に関連していて、そして全く同じ方向性のメッセージを放っている。

『うさぎ!』の登場人物は、いつも裸足で歩き「靴をはくなんて頭にヘルメットをかぶって歩くようなものだ」と考えている15歳の少女、きらら。そして、「今の世界でものをどんどん買うなんて、冷蔵庫に材料がいっぱい入っているのに、料理をしないで出前を頼むようなものだ」と手紙にしたためる15歳の少年、うさぎ。そしてクィルという彼らの友達の少女。

そして、もう一つは、「灰色」と名が与えられている、人ではない存在。「大きなお金の塊」の中に住み、それをどんどんと大きくすることだけを考え、人に「あれはもう古い、これはもう古い」と思わせ、工場を豊かな国から貧しい国へ移し、暴力を良いことと考えている存在。

これだけ書けば、『うさぎ!』が何の寓話かは、はっきりしている。資本主義・新自由主義の世界のなかでどんな風にして人々の生活が捻じ曲げられているか。「効率のよさ」のために何が失われているのか。そして、「よく生きる」ということは、一体どういうことなのか。僕はミヒャエル・エンデの『モモ』を思い出した。『うさぎ!』は明確な反グローバリズムを訴えているけれど、エンデも確かに貨幣システムの歪みを訴えていた。
http://www3.plala.or.jp/mig/will-jp.html

でも、『うさぎ!』には、悲観でも諦念でもなく、強いポジティヴィティが息づいている。

二百年前には王様たちが倒される「革命」が起こりました。(中略)

百四十年くらい前には人を売り買いする「奴隷制度」が倒されました。(中略)

四十年前には肌の色が黒いとか、女の人だからとか、恋の仕方がちがうからとか、生涯があるからとか、ありとあらゆる理由でいじめられていた、たくさんの人たちが、少数の肌の白い男たちのつくった仕組みを、拳を突き上げて倒しました。

どの「仕組み」が倒されたときも、それが倒れる直前まで、だれもが「仕組み」を倒すことなんて不可能だと思っていたのでした。しかし、(中略)「仕組み」は、とつぜんに倒れました。そして潮が引いて、あっというまに大きな砂浜があらわれるように、今まで見たこともない世の中が、いちめんに広がったのでした。それは「政治犯の男」など、ひとりの人の力ではなく、「人びと」という大きなあつまりが持っている、おどろくべき力でした。

 ひとりひとりの意識が少しずつ変わっていくことで、それがある日大きなうねりとなり、世の中が変わっていくという考え。それを、寓話のかたちをとりながら、歴史の変化一つ一つを紐解いていくことで、小沢健二は示している。

 たとえばジョン・レノンとオノ・ヨーコが大きな広告ボードを出したように、たとえばレイジ・アゲインスト・マシーンのザックがデモの群集の前でマイクロフォンを手にとったように、その「変革への肯定性」はロック・ミュージックの持つ大きな特徴の一つだ。そういうメッセージを、今の小沢健二は彼なりのやり方で放っている。90年代なかばに『♪プラダの靴が欲しいの』と唄っていたあのオザケンの姿から考えると、まるで正反対の姿だろう。

 そして、ようやくアルバムについて。上にいろんなことを長々と書いたけれど、そんなことをすっ飛ばして音だけを聴いても、かなり格好いい。スムーズなベースラインに、野性的なポリリズム。清潔で都会的なコード感と、肉体的なビートが同居している。わかりやすいキャッチーさ、J-POP的な文法からは遠く離れているけれど、その代わり、このサウンドのあり方は強く脳を刺激する。ワールド・ミュージック的な要素は強いし、全体にラウンジィで高級感の強いサウンドだけれど、決して「まったり」していない。とても鋭い。

 その背景にあるのが、きっと『うさぎ!』で彼が示した考え方なんだろう。真の意味で「健康的で持続的な生活様式を目指す」ということは、日本で「ロハス」なんていう言葉とともに流通してるような、ぬるいイメージのものではない。以前も書いたが、あんなものは「消費することが自己表現である」というパルコ的な価値観の焼き直しにすぎない。そうじゃなくて、自分たちを取り囲んでいるシステムに「仕方がないよ」と従い続けるのではなく、「何かがおかしいんじゃないか?」と根本から問い直し、自分の生活のなかで反旗を翻すことだ。それは勇気がいることだし、そう簡単に出来ることじゃない。

 小沢健二というミュージシャンが、めげずに、鋭い言葉を放ち続けていることは、もっと知られていいことだと思う。

(アルバム・リリース時に書いた文章を再構築しました)