日々の音色とことば

usual tones and words

グラストンベリー(1)


グラストンベリーは、いわゆるホーリー・スポットとして知られている。街の外れの丘の上には、古い昔、キリスト教が根付く前に建てられたと言われる小さな塔がある。そしてそのふもとには井戸があり、こんこんと水が湧いている。どちらも、聖なるものとして捉えられている。

街の雰囲気は、以前訪れたバリのウブドにどことなく似ている。小さな街で、一時間も歩けばすべて見回すことができる。カフェや小さな宿屋に並んで、土産を売る店が軒を連ねている。そこには色とりどりの水晶や、タロットカードや、お香や、数々の装具品が並んでいる。魔法や呪術や精神世界や、そういったものに属するグッズ。様々な類の、ある価値観からは“胡散臭い”と捉えられるもの。ここに来る人たちが買い求めるのは、そういうものだ。

街の中心部からバスで5分ほどで、丘につく。そこから息を切らせながら500mほど登ると頂上だ。牧場地帯だけあって、眼下には放牧させられている牛の群れが見える。その向こう側には、見渡す限りサマーセット州の草原が広がっている。都市のようなものはどこにもない。のどかに晴れ渡っていて、犬を散歩させている人もいる。

塔は小さなもので、見張り台かモニュメントのように思われた。


登ってきた側と逆におりていくと、小さな庭園がある。入っていくと、ライオンの口から水が流れ出ているポイントがある。訪れた人はそれをコップやペットボトルに入れて飲んでいる。さらにその脇にも、水が流れ出る箇所がある。それぞれの場所で水を汲んで口に含む。水は冷たく、ひんやりとした感触が体内にしみこんでいく。

さらに奥に行くと、井戸がある。とは言っても、実際にそこから水を汲み上げているようなものではない。何かの象徴なのだと思う。そこだけが日陰になっていて涼しい。井戸の周囲には10数人の人が集っている。ほぼ全員が、胸に両手を当て、目をつぶっている。何人かは靴を脱ぎ裸足になっている。話し声をあげたり、音を立てたりする人はいない。鳥の声が響いている。ほんの少しの空気の揺らぎがすべてを壊してしまうような感じがする。けれど、それは寺や教会にあるような、ぴんと張りつめた空気ではない。何か別のものだ。

僕は鞄をおろし、靴と上着を脱いでまとめ、その輪に加わる。

目をつぶって、耳をすます。