日々の音色とことば

新刊『ヒットの崩壊』が出ました。

サンシャイン牧場とドラクエと「繋がり消費」

mixiアプリの「サンシャイン牧場」の登録ユーザーが開始1ヶ月で150万人を突破したという。堂々たるミリオンヒットだ。無課金なので純然たるヒットと言えるのかどうかはわからないけれど、それにしてもこのアテンションの高さには驚く。

実際、僕もハマっている。でも冷静に考えると、ゲームとして格別の「面白さ」があるわけではない。クリックして種を植え、水を入れたり虫をとったりして、作物を育てる。ある程度の時間が経つと実や花が成熟するのでそれを収穫する。同じように、ヒナから鳥を育てて卵を収穫したりする。そうすると経験値やコインがたまる。

考えるまでもなく不毛な作業である。たぶん、これがスタンドアローンのゲームだったら、ここまでのヒットはなかっただろうと思う。

たぶん、SNSならではの「浅くデザインされたコミュニケイション」に何かのキーがあるんだと思う。サン牧にメッセージやチャットの機能は実装されていない。基本的にみなマイミクの畑を無言で手入れしたり作物をつまんでいったりする。一言の挨拶くらいは設定することができるけれど、コミュニケイションが濃く、深くなり得ないデザインがされている。なんとなく、ドラクエ9の「すれ違い通信」に近いものを感じる。

そう考えると、二種類の方向で考えることができる。まず、ゲームとして考えると、最早「物語」を消費させるよりもコミュニケイションを消費させるほうに流れが向かっているんだなあということ。しかも、それはライトであればあるほど裾野が広がる。これについてはドラクエ9が非常に意識的にデザインされていると思う。従来型の「世界を滅亡から救う」という大きな物語をクリアしても、ソフトの楽しみは半分も終わらない。ユーザーは、無数に存在する宝の地図を求め、現実の街を彷徨くことになる。そして、たった一言の表現をすることなくとも「すれ違う」ことができる。繋がっているという感覚を味わうことができる。

そしてSNSの流れから考えると、これまで繋がっているという感覚を味わうためには、少なくとも何かを表現する必要があった。日記にしろ、興味を持った分野のコミュニティにしろ、何かを発信しない限り、情報の海を眺めているのと変わらなかった。そこから考えるとただクリックするだけというのは、明らかにハードルが低い。

サンシャイン牧場のヒットは、いわば「繋がり消費」というものが求められていることの証左なんだろうな、と思う。それもできるだけ負荷の軽いもの。モバゲーなど他の世界は知らないが、おそらく同じ傾向があるんじゃないかな。

エンタテイメントのコンテンツから時代を読み解くということを考えると、サン牧は確実に何かの象徴になりかかっている。個人的には各人の興味が島宇宙化してきた00年代の行き着く先として、この「ノンコミュニケーション繋がり消費」があったんじゃないかと思っている。

この先に何があるのかは、よくわからない。でも、「大きな物語」の解体は遂にここまで来たんだ、と思う。