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新刊『ヒットの崩壊』が出ました。

/書評『市場の倫理 統治の倫理』


市場の倫理 統治の倫理 (日経ビジネス人文庫)市場の倫理 統治の倫理 (日経ビジネス人文庫)
(2003/06)
ジェイン ジェイコブズ

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橘玲さんのブログに書いてあった記事「リバタリアニズムとコミュニタリアニズム」「市場の倫理と統治の倫理」に触発されて、読んだ。面白かった。対話をもとにした書き方がやや冗長なのともってまわった翻訳のおかげで、かなり読みながらグルグルとさせられる感じがするのだけれど、主張自体はとても明確。

世の中には互いに矛盾しあう「市場の倫理」と「統治の倫理」があって、それが混同されたり混じり合うことから不正やモラルの低下が起こるのだ、ということ。

ジェイコブズは古今東西の道徳律を調べ、人類のつくり出した二種類の相異なるモラル体系を抽出した。これが市場の倫理と統治の倫理なのだけれど、簡単にいえばお金儲けゲーム(商人道)と権力ゲーム(武士道)のルールのことだ。

権力ゲームは戦国時代や三国志の世界で、その目的は、集団のなかで一番になること(国盗り)と、異なる集団のなかで自分の集団を一番にすること(天下平定)だ。もちろんみんなが勝者になれるわけはないから、集団のなかでどのように振舞うかもこのゲームでは重要になる。この権力ゲームの行なわれるフィールドが政治空間だ。

それに対してお金儲けゲームの目的は、与えられた条件のなかでもっとも効率的に貨幣を増やすことだ。権力ゲームは勝者総取りが原則だけれど、お金儲けゲームはなにがなんでも一番を目指す必要はない。べつに世界一のお金持ちになれなくても、そこそこ裕福な暮らしができればみんなハッピーなのだ。このゲームのフィールドが貨幣空間になる。

http://www.tachibana-akira.com/2010/10/761

とりあえず、僕のざっくりした理解だと「市場の倫理」というのはリバタリアン的な自由、「統治の倫理」は武士道とか”品格”とかにつながるもの、と捉えている。で、たとえば「違反キップの成績を上げるための警官のでっち上げ逮捕」は、統治の倫理に市場の競争原理を適用したから起こったミステイク、というような。たとえば内田樹先生の持論「教育はビジネスじゃない」(内田樹の研究室「株式会社立大学の末路http://blog.tatsuru.com/2009/06/19_1302.php)もそうなんだろうな。

【市場の倫理】
「暴力を締め出せ」「自発的に合意せよ」「正直たれ」「他人や外国人とも気やすく協力せよ」「競争せよ」「契約尊重」「創意工夫の発揮」「新奇・発明を取り入れよ」「効率を高めよ」「快適と便利さの向上」「目的のために異説を唱えよ」「生産的目的に投資せよ」「勤勉なれ」「節倹たれ」「楽観せよ」

【統治の倫理】
「取引は避けよ」「勇敢であれ」「規律遵守」「伝統堅持」「位階尊重」「忠実たれ」「復讐せよ」「目的のためには欺け」「余暇を豊かに使え」「見栄を張れ」「気前よく施せ」「排他的であれ」「剛毅たれ」「運命甘受」「名誉を尊べ」(本文より)

今起きている物事の捉え方の枠組みを一つ得ることのできる本。