日々の音色とことば

usual tones and words

2010年代のJ-POPのテンポが「高速化」してるという話

亀田音楽専門学校

■BPM170超えが「当たり前」のロックバンドの登場

前回の「ヨナ抜き音階」の話に引き続き、NHK Eテレ「亀田音楽専門学校」を元にした話です。ほんとね、何度も繰り返しますけど、この番組は面白いです。J-POPのいろんな要素を、きちんとした音楽理論をもとに、ちゃんとわかりやすく分析した番組。毎回「そうそう」とか「なるほどなあ」と思いながら観てます。

でもね、今回は「異論あり」なんですよ。

先週に放送された第5回は「七変化のテンポ学」。つまり、テンポを表す単位「BPM」(Beats Per Minute)の基本から、テンポが速いか遅いかで歌の印象が大きく変わってくるという話。詳しくはこちらを。

KREVA×亀田誠治がテンポの秘訣を解説 曲調を一瞬で変える“BPMマジック”とは?(1/2) - Real Sound|リアルサウンド
http://realsound.jp/2013/11/krevabpm.html

それはもちろんその通り。拍の刻み方を半分にしたり倍にしたりすることでノリかたを変えることができるという「BPMマジック」についての、KREVAと亀田誠治校長の解説も「まさに!」だと思います。でも、番組の中で亀田誠治校長が語った以下の話が「異議あり」で――。

「BPM90以下はバラードゾーン、BPM120以上はパワーゾーン。バラードゾーンではしっとりとかキュンキュンとか、悲しみとかいうイメージ。パワーゾーンでは元気とかワクワクといったイメージがある」

NHKのEテレという幅広い年齢層をターゲットにした番組だから、というせいもあると思うんだけど、僕の肌感覚では、このテンポ感の分析は、ちょっと古いんです。あくまで80年代〜00年代のJ-POPなイメージ。2010年代に入ってのJ-POP、特にロックフェスの現場とかアイドルの現場を見てると、テンポに対する感覚が明らかに変化してきている。端的に言うと、どんどん高速化してきているんです。結果、BPM120~130代ですら「ゆったり」「しっとり」に思えるような感覚がオーディエンスの間に育ってきている。

そのことの象徴として強く感じたのが、先週リリースされたばかりのKANA-BOONのデビューアルバム『DOPPEL』。オリコンチャートも2位を記録し、いよいよ本格的なブレイクを果たしたロックバンド。そのデビュー作に収録されている楽曲のほとんどが、BPM170オーバーのダンスロックなのです。


KANA-BOON 『1.2. step to you』

たとえば、この曲がまさにBPM170。番組でも触れていたけれど、このテンポで四つ打ちを繰り出すと、縦ノリの盛り上がりが生まれる。一体感を感じることができる。ちなみに僕はこないだKANA-BOONの4人にインタヴューしたんだけど、現在20代前半の彼らにとっては、このテンポ感が自然なものみたい。

「曲のテンポ感は普通に決まってきましたね。作ってる時に、特に速くしようとか遅くしようとかの話もなくて」(谷口)
「あと、別に速いとか感じないんで(笑)」(古賀)
「ちょうどこれくらいの(ドン、ドン、ドン、ドン、と机を叩く)テンポでやると、自分らが気持ちいいんですよ。自分らが気持ちよかったらお客さんも気持ちいいんかなっていうのはあります」(小泉)

インタヴュー | KANA-BOONhttp://www.nexus-web.net/interview/kanaboon/

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(2013/10/30)
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一方、やはりこの秋にリリースされたばかりのフジファブリックのEP『FAB STEP』が「ダンスロック」をテーマにした作品で、そのリード曲「フラッシュダンス」のBPMが130くらい。亀田誠治校長いわくの「パワーゾーン」なんだけど、聴いてみると、こんな感じ。


フジファブリック 『フラッシュダンス (short version)』

曲調のせいもあるけど、KANA-BOONが「元気」とか「ワクワク」なのに対して、どっちかと言えば「しっとり」「キュンキュン」なんですよ。

もちろん、フジファブリックの3人もテンポに関してはすごく意識的に作っている。フェスやライヴの場で受ける曲のテンポがどんどん高速化している現状を感じながら、そこにきちんとアジャストしながら、それでもそれだけじゃないダンスロックの方法論を生み出そうとして、それが「フラッシュダンス」や「バタアシParty Night」(こちらはBPM140)の曲調になっている。以下は雑誌『MARQUEE』で僕が担当したインタヴュー取材からの引用。

「(“フラッシュダンス”のテンポ感について)他の人のライヴを見ていたりすると、『オイ!オイ!』言えるほうが踊れるっていう風潮があって。そういうところじゃなくて、だけど身体が動くというラインに行きたいなと思って。そういうことは考えたりしました」(金澤)
「(“バタアシParty Night ”のテンポ感について)BPM140って難しいんですよ。ディスコビートでもないし、パンクでもないし、ハウスでもテクノでもない、何だろうこれ?みたいなところですね。そういうのが好きなんですよね。テンポ感もそうで」


フジファブリック 『バタアシParty Night (short version)』

「最近、フェスやイベントに行ったら、お客さんの中にニューエイジが出てきてるわけですよ。10代や20代に『なんですかそれ?』って言いたくなるような動きをするような人もいて。手をつないで輪になって、真ん中に人がいて踊り狂ってるみたいな光景も見ますし。面白いことになってると思うんです。そういうところに、フジファブリックがこういう曲を出したらどう動いてくれるかなっていうのが楽しみでもあるんです」(山内)

彼らはこう語る。ネオンカラーの照明を背景に3人で踊るMVのアイディアも含め、すごく興味深いアプローチだと思う。


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■もはやBPM200が「珍しくない」アイドルソングの世界

そして、ここからはアイドルソングの話。実はロックバンドだけじゃなくて、女性アイドルグループの現場でも同じことが起こっている。そして、こちらは演奏する必要性がないぶん、さらに状況は進んでいる。以下は『別冊カドカワDIRECT』で、ライター南波一海さんにアイドルソングについて語ってもらった取材からの引用。

――アイドルは可愛い女の子が歌って踊っていれば成立する、だから音楽のスタイルはヒップホップでもメタルでもR&Bやディスコでもなんでも成立するという状況になっているわけですよね。
「ジャンルに関しては本当に何でもアリになっている。もちろん「どんな曲がウケるのか」という磁場のようなものはあります。わかりやすい傾向が、テンポが速くなる。ライブの現場で盛り上がらないといけないので、どんどんテンポが速くなるんです。今は身体性のある音楽がやっぱり求められがちですからね」
――テンポの遅い曲は少なくなっている。
「そうですね。例えば、今のモーニング娘。がたまにライブで昔の曲をやるんですけど、“LOVEマシーン”とか、BPM130くらいの曲を聴くと遅いと感じますからね。私立恵比寿中学が“ザ・ティッシュ〜とまらない青春”という曲を2011年に出したときには、“超高速”と言われていたんですが、今聴くとそんなに速いと感じない。あの曲のBPMが200くらいなんですが、今やあれくらいの曲が珍しくなくなってきている」


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南波一海さんが「これくらいのBPMは今や珍しくない」というエビ中「ザ・ティッシュ〜とまらない青春」が、これ。


私立恵比寿中学「ザ・ティッシュ〜とまらない青春」

うん。確かにこれくらいのテンポ感の曲、今のアイドルシーンに、わりとあると思います。たとえば、チームしゃちほこの「そこそこプレミアム」。これはBPM190くらい。そう考えるとエビ中はある意味パイオニアだったのかも。


チームしゃちほこ「そこそこプレミアム」

でも、よくよく考えてBPM200がどれくらいの感覚かというと、基本的にはポップソングというよりもはやスラッシュメタルの分野に属するテンポ感なんですよ。たとえばX JAPANの「Stab Me In The Back」が、だいたいBPM200くらい。それを倍テンで刻んでる。この曲に関してはすごいエピソードもある。

HIDEはこの曲を「YOSHIKI殺し」と呼んでいた。激しいドラムプレイのため、レコーディング直後の2日間、YOSHIKIは椎間板ヘルニアを背負うことになる。

wikipediaより)

00年代には、9mm Parabellum BalletがBPM200前後のナンバーを繰り出してきている。たとえば「Living Dying Message」はBPM190。

X JAPANのYOSHIKIにしても9mm Parabellum Balletのかみじょうちひろにしても、それから凛として時雨のピエール中野にしても、だいたいこの辺のテンポでプレイするドラマーは「異能」なんです。

ちなみに、2007年にリリースされた筋肉少女帯のアルバム『新人』に収録された「ヘドバン発電所」のBPMが、やはり200くらい。これを叩いてるドラマー長谷川浩二さんのレコーディング動画を見れば、その「異能」っぷりがわかると思います。詳しくはリンク先で。(※ツイッター/はてなブックマークの情報提供から追記しました)
長谷川浩二さん/"筋肉少女帯"「ヘドバン発電所」の超高速メタルrec.動画 : DRUMMER JAPAN http://www.drummerjapan.com/modules/pickup/index.php?content_id=34

つまり、興奮の許容量マックス、一杯一杯のテンションなのがだいたいBPM200くらい。そのことを考えると、「BPM200前後がもはや珍しくない」というここ最近のアイドルソングがどれだけ異常な事態かわかってもらえると思います。

■アニソンとボーカロイドの「BPM250」

ロックバンドにしても、アイドルソングにしても、ここ数年、どんどんBPMが高速化する傾向がある。その背景にはライヴ重視のシーンの変化があり、そこで一体感を得るために「身体的な盛り上がり」が求められるという理由があった。それがここまでの話。じゃあ「身体的な盛り上がり」とは関係ないアニソンやインターネット・ミュージックの分野においてはどうか?というと、やっぱり高速化してるんです。たとえば、この曲。アニメ『けいおん!』のオープニングテーマ「GO! GO! MANIAC」。YouTubeになかったのでiTUNESの試聴リンクを。

これが、なんとBPM250(イントロのみBPM170)。放送当時さんざん繰り広げられたツッコミだけど、あのね、こんな曲を弾きこなしてる女子高生いたらホントに驚きですよ。YOSHIKIはBPM200で椎間板ヘルニアになったっつの!

(※追記 ――と書いていたら、はてなブックマーク経由でコメントが。13歳の女子中学生がこの曲のドラムを叩いてる、と。以下がその動画。これはすごい……)

そして、ボーカロイドのシーンでも、BPM250くらいの超高速なナンバーは次々と生まれている。たとえば以前の記事「浮世絵化するJ-POPとボーカロイド」でも紹介したこの曲。

トーマ(feat.GUMI)「ヤンキーボーイ・ヤンキーガール」

これがBPM250。そして、衝撃的だったのが、この曲。

ハチ(feat.GUMI)「ドーナツホール」

現在は本名で活動、先日シングルをリリースしたばかりの米津玄師が、2年9ヶ月ぶりにボーカロイド「GUMI」を使ってハチ名義で投稿した新曲「ドーナツホール」。

これもBPM250相当。確かに、手数の多い「浮世絵的」な進化を遂げてきた2012年以来のボーカロイドシーンの傾向ともリンクしている(というか、彼自身がそのパイオニアの一人だ)。でも、そこにハチ=米津玄師としての強烈な記名性と叙情性がある。特に曲後半でツービートになって畳み掛けるリズムと、そこで歌われる歌詞がすごく胸に迫る。

この胸に空いた穴が今 あなたを確かめるただ一つの証明
それでも僕は虚しくて
心が千切れそうなんだ どうしようもないまま

簡単な感情ばっか数えていたら
あなたがくれた体温まで忘れてしまった
バイバイもう永遠に会えないね
最後に思い出したその小さな言葉
静かに呼吸を合わせて目を見開いた 目を見開いた 目を見開いた
あなたの名前は

なんだか、後から振り返ったらこの曲がまた一つの分岐点になりそうな予感……。


■くるりは「BPM二桁」で我が道を行く

ちなみに、こういうここ最近の「高速化するBPM」の傾向を最初に気づいたのが、今年5月のロックフェス「METROCK」の時でした。そのフェスのトリをつとめたのが、くるり。その時にツイートしたのがこんなことでした。

このツイートは岸田くん本人にも拾われて、こないだも雑誌『MUSICA』の編集長・有泉さんのインタヴューでこんな話をしてました。

――サウンドもそうですけど、メロディ自体が雄大な――どっしりと穏やかながら、凄い広がりのある世界を描いていくメロディで。
「そういうの、割と俺らは多いですけどね。世の中的にはそういうのが流行ってないというだけの話で(笑)。ツイッターでライターの人が、フェスに行ったらみんなBPMが140から190の縦ノリで、BPMが100以下やったのが俺らときのこ帝国だけやったって書いてるの見て『ほぉ〜』と思ったけど。いざプレイヤーとしてギター弾いたり歌を歌ったりして思うのが、最近の個はみんな点に合わせるんですよ。グリッドに合わせるというか」
――縦ノリを生むキメを重視しますよね。
「うん。僕らはそれをやらないんですよ。もちろん合わせるところは合わせるけど、4小節でひとまとまりだったり、16小節でひとつの流れだったり、そういう大きな流れを意識して音楽をやってる。せやから、速くするとよさがなくなるんです」


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くるりのメジャーデビュー曲「東京」はBPM75。そして、15周年を記念したニューシングル 「Remenber Me」は、BPMは72だ。

亀田音楽専門学校の分類では「バラード」ゾーンの、さらに遅めなところにあたる。こうして見てきた通り、J-POPのテンポが「高速化」した2013年、ロックバンドがBPM70代の曲をリリースすることなんて、なかなかないんですよ。でも、身体的な盛り上がりや一体感は少ないかもしれないけれど、亀田誠治校長がいう「曲のテンポが遅いと、一拍に込められる情報量が多くなる」ということを、歌もサウンドも徹底している。だからこそ描いている風景や感情の機微が色鮮やかに伝わってくる。

くるりやきのこ帝国(12月に出る1stEP『ロンググッドバイ』格好いいです!)をはじめ、そういう意識を持った作り手の曲も、注目していきたいと思ってます。


きのこ帝国 「夜が明けたら」(これは去年に出たデビューミニアルバム『渦になる』から)

とにかく。

少なくとも、J-POPとロックとアイドルとアニソンとボカロのシーンを広く見渡すと、2010年代になってBPMに関しての傾向は大きく状況は変わったのだ、というのが今回の結論。もちろん、一つの傾向が現れると、それに対してのアンチテーゼ的な切り口も登場するし、今なお、テンポに関しての感覚と傾向は変わり続けていると思います。

ほんと、面白いことになってると思うのですよ。