日々の音色とことば

usual tones and words

ストリーミングの時代において、音楽カルチャーはどう変わるのか

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 いよいよApple Musicがスタートしましたね。

 

まず、最初に気付いてツイートしたこれが1000RT越えてビビった。

 

 

 これはもう、本当にそういうことなんだと思う。 AWAもApple Musicも、このデザインを選んだということは、ここに何か象徴的なものを感じていたからだろうし。

 

というわけで、今日はApple Musicが発表されて、さてどうなったでしょう、これから先どうなっていくでしょう、という話です。

 

■潮目が変わった2015年

  

shiba710.hateblo.jp

 

これを書いていたのがちょうど1ヶ月前のことだったんですが、実際にApple Musicがスタートしたのが7月1日。そこから、実際に使った人が沢山出てきて、ウェブ上にもいろんな人の感想が集まっています。

 

一言で感想をいうと「潮目が変わったな」という印象。

 

いよいよ定額制配信は日本でも普及のタームに入っていくと思います。海外ではSpotifyが大きな成功をおさめていたし、日本でもKKBOXなどいくつかのサービスが始まっていたわけですが、いよいよキャズムを超えた感がある。そして、作り手側の反応は濃淡ありますが、リスナー側は「音楽を聴いてて、楽しい!」という素直な反応が多い。音楽の聴かれ方が俄然変わっていくと思います。


このあたりについては、専門家である榎本幹郎さんが、わかりやすく詳細な分析をしています。

 

もう音楽をダウンロードをする必要はなくなりました。スマートフォンと高速な通信回線の普及で、音楽は所有するものではなく、クラウド越しに自由にアクセスする時代に変わったのです。

 

bylines.news.yahoo.co.jp

 

僕も、cakesで大谷ノブ彦さんとの対談でこの変化について語っています。

大谷 大事なポイントは、ストリーミングが普及すると音楽の聴かれ方が大きく変わるということなんです。(中略)リコメンドが重要になってくる。

大谷 今、アメリカでは「リコメンダー」という職業が生まれているんです。リコメンダーというのは、情熱を持って音楽を語ったり、いい曲を人に勧めたりする人。まあ、要はラジオパーソナリティと一緒です。で、スマホをカーステにつないで、そのリコメンダーが選んだ曲のプレイリストをかけっぱなしにする人が増えている。向こうでそうなっているということは、間違いなく日本でも今後そうなっていくはず。

 

 

cakes.mu

 

というわけで、この記事では「その先の話」をしたいと思います。定額制配信が普及した後の世界、ストリーミングの時代において、どんな風に音楽カルチャーが変わっていくか。

 

■「アルバムが意味を失う」ことはおそらくない

 

デジタル化の時代において「アルバム単位で音楽が聴かれなくなる」と、よく言われてますよね。でも、僕は必ずしもそうじゃないと思っています。

 

最近、とあるアーティストの取材の場でも、そういう話になったんです。「今の時代は曲単位で音楽が聴かれるようになっていって――」という話で。編集の人も「そうですよね、ストリーミングになって、なおさらそうなっていく」と同意していた。でも、僕は「いや、それは誤解ですよ? むしろストリーミングの普及以降は風向きが変わると思いますよ」という話をした。

 

もちろん、シングル重視、単曲重視の流れは歴然と存在してます。でも僕としては、アルバムというアートフォームは無くなっていかないと確信している。むしろ、その価値は増していくと思います。

 

なぜか。

 

ダウンロード配信の時代は、いわば「つまみ食い」の音楽リスニングが可能になった時代だったわけです。一枚のアルバムの中でも、いい曲、人気の曲、好きな曲だけをピックアップして購入する。リスナーにとっては、その方がお得だった。さらにYouTubeの存在がそれに拍車をかけた。YouTubeは基本的に「単曲視聴」のアーキテクチャなので、YouTubeのMVを通して音楽が共有されることで曲単位のリスニングが習慣化していった。

 

でも定額制配信になると構造が変わる。どちらにしろ「聴き放題」なので、一曲だけ聴こうが、アルバムを一枚通しで聴こうが、払うお金は変わらない。「アルバムで聴く」というリスニングスタイルが復活していく可能性がある。ダウンロード配信やYouTubeに比べると、むしろストリーミングの方がアルバムに向いているわけなのです。

 

ただ、明確に意味を失うアルバムもあります。それは「ベスト盤」と「コンピ盤」。ほんの数年前まで、大物アーティストのベスト盤が何十万枚も売れるような時代がありました。でもそれはもう、おそらくやってこない。何故ならストリーミングの時代においての「ベスト盤」は、単なるプレイリストでしかないから。Apple Musicのプレイリストに「はじめての◯◯」というシリーズがあるんですが、これがまさに「ベスト盤」なわけです。そしてその選曲が気に入らなかったら自分で作り直してもいい。「コンピ盤」も同じです。これもプレイリストでしかない。そういうものはアルバムじゃなくていい。

 

そうじゃなくて、アーティストがちゃんとコンセプトとテーマを持って曲を並べた「オリジナルアルバム」というものの価値は変わらずあるし、むしろ大きくなっていくと思います。

 

「アップル、アイチューンズやストリーミングのおかげで、シングルというのはよりアクセスしやすいものになったと思うんだ。それでどうなったかというと、楽曲を集めたアルバムというものをほとんど無意味なものにしてしまったんだよ。でも、アルバムというのは、コンセプトやストーリーがあってこそアルバムと呼べるものであって、それについてはいまだかつてないくらい意味を持ち始めてるんだよ」

 

ro69.jp

マシュー・ベラミーはこんな風に言ってます。彼の発言の意図は「アルバムの意味がなくなる」ということではなく、「プレイリストに代替されてしまうようなアルバムの意味がなくなる」ということなんだと思います。 

 

■「歌詞カード」はどうなるか

 

そして、もう一つ。次は定額制配信のデメリットの話。僕は基本的にストリーミングには賛成派なんだけれど、手放しで素晴らしいと思ってるわけじゃない。欠点もある。それも巨大かつ構造的な欠点。それは、スマートフォンの画面が「小さすぎる」ということなんです。

 

使っているとすぐに気付くんだけど、アプリで新しい音楽に出会う導線はレコード店に比べると圧倒的に少ない。それはひとえにスマホの画面が小さいから。アプリのトップのバナーが最強で、そこに紹介されない新譜はなかなかアクセスされない。「検索すればいいじゃん」と思う人もいるだろうし、実際に検索したら見つかるものも沢山あるんだけど、それでも直感的には辿り着き辛い。結果的に、トップバナーで紹介されているものばかりが聴かれるという傾向が生まれてきてしまう。そうすると、売れてる人がより売れて、マイナーな人は埋もれてしまう。

 

それを克服するためにラジオ機能があったり、いろいろ施策はされているんだけれど、やっぱり「アプリ内」という限界はある。ここはどうしようもないデメリットだと思います。むしろ「リアル→アプリ」の導線を作ったほうがいい。

 

そういう意味で僕がすごく期待してるのは、AR三兄弟の川田十夢さんが開発してる?らしきこのシステム。

 

 

仕組みはよくわからないけど、 実物のジャケットを「右クリック」するみたいにスマートフォンで認識して、それを再生できるようなアプリ。これは可能性を感じる。これとLINE MUSICとかApple Musicが連動したら、それこそ街角に貼ってあるポスターにスマートフォンをかざしたら音楽が再生されるような仕組みだって成り立つ。

 

というか、LINEのアプリ内にQRコードリーダーがあるから、それを読み取ってLINE MUSICで再生させるような仕組みもすでにあるわけで。

 

で、こっから先は妄想に入っていくんだけど、僕としては、CDはなくなっても「歌詞カード」は生き残るんじゃないかと思ってる。むしろ今のzineみたいに、ちょっとした写真集+詩集みたいなデザイン性の高いものに進化していくんじゃないかと思う。

 

というのも、これも何度かブログで書いてきたことだけど、ストリーミングの世界で音楽を聴いていると「所有」と「記憶」が近いものになっていくから。たとえ聴き放題であっても「あの曲なんだっけ?」と思い出せない曲は聴くことができない。「名前を思い出せる」ということが、重要な意味合いを持つようになっていく。そうなると、CD棚のコレクションの意味合いも変わっていく。「記憶をよびさますためのキー」になる。

 

そういう状況において「歌詞カード」がzine的な「アートブック」に進化していく、というのは一つのあり得る未来なんじゃないかと思っています。というか個人的にそういうプロダクトだったら欲しいな、と。

 

■音楽批評の役割も変わっていく

 

そして、もう一つ確実なのは、音楽批評の役割も変わっていく、ということ。

 

かつて音楽雑誌やメディアが担っていたバイヤーズ・ガイド的な役割は、今後は失われていくんじゃないかと思います。「Aを買うべきか、Bを買うべきか」のガイドを評論家がする必要はない。だって両方聴けるんだもん。

 

cakesの対談では「リコメンダーの時代になる」と言いましたけど、「◯◯が好きなら◯◯もオススメ」みたいな単純なリコメンドは、この先、システムに代替されていくんじゃないかと思います。たとえばApple Musicで曲を聴いてて「あ、これいいな」と思ったら「ステーション」を起動したらいい。その曲に似たテイストの楽曲が次々とプレイされていく。

もしくは「For You」という機能もある。最初にお気に入りのジャンルやアーティストを指定しておくことと、それらと関連するプレイリストやアルバムが提案される。で、曲を再生するほどレコメンデーションの精度が上がり、よりユーザーが好むと思われる選曲が行われるようになっていきます。おそらくこのあたりはビッグデータを活用しているんだろうなと思います。

 

そして、音楽に対しての語り方も変わっていくと思います。「唯一無二」とか「最高傑作」とか「ジャンルの壁を壊す」とか、そういう紋切型の大ぶりな表現は好まれなくなっていくんじゃないかなと思う。それよりも、リスナーがどんどん新しい音楽に(もしくは古い音楽に)出会えるアーキテクチャを前提に、それぞれの音楽の持つ「よさ」とか、それぞれの音楽のつながりをちゃんと的確に言語化していくことが求められると思う。

 

このあたりは、まさに僕の仕事領域のど真ん中でもあるので「いろいろ大変だけど頑張っていこう」という感じでもありますけどね。 

 

というわけで、最後に告知。

 

鹿野淳さんのやっている音楽メディア人養成学校「音小屋」で、さらにこの先の話をしようと思っています。

 

テーマは「音楽の新しい届け方、これからのメディアの作り方」。

http://www.musica-net.jp/otokoya/2015summer/

 

「音楽を聴くことの過渡期にあたって、音楽をどう伝え、どう広めるべきなのか? 今の具体的なツールやサービスを紹介し、新しい音楽メディアの可能性と戦略を探ります」

という内容です。以下はプレスリリース用に書いた檄文。 

 

「時代はどんどん変わり、テクノロジーはどんどん発達していきます。『CDが売れない』と嘆いていれば事足りた時代はとっくに過ぎ去りました。特にネットやデジタルの分野では新しいサービスやプラットフォームが定着し、2015年の今は、いよいよ日本でも音楽の聴かれ方が目に見えるような形で変わりつつあります。聴き放題の定額制ストリーミング配信やハイレゾ音楽配信など、次世代のサービスがいよいよ本格化しています。

 ここでテーマにするのは、そんな変化の中で『音楽を届け、音楽を広め、音楽の素晴らしさを伝えるにはどうすればいいか』、ということです。テクノロジーやメディア環境が変わっても、ずっと変わらない一つの軸は何か。それは『音楽はコミュニケーションそのものだ』ということだと、僕は考えています。そして、それがビジネスになってきたということ。そうやって見れば、音楽をめぐる状況の先行きは明るく、まだまだ沢山の可能性が眠っていると思います。

 これまで2年間の講習でもそうでしたが、一つ決めているのは、未来の話をしようということ。だから、決まった正解はありません。僕は長らく書き手として仕事をしてきた人間なので、みなさんに伝授できるのは言葉のスキルが中心です。しかし、これまで培ったノウハウをただ伝えるような授業にはならないと思います。音楽のこれから、そして『音楽メディア』のこれからについて、素敵な考えを持ち寄りましょう」

 

応募締め切りは2015年7月9日(木)24時まで。

 

というわけで、よろしくお願いします。