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新刊『ヒットの崩壊』が出ました。

アナログレコード人気再燃が象徴する「音楽が売れない」時代の終わり

今日の話はアナログレコードについて。なぜレコード人気は再び再燃しはじめているのか、僕なりの考察です。

 

これは、もともと日本マーケティング協会が刊行する『マーケティングホライズン』10月1日発行号の特集内に書いたもの。特集は「カジュアルリッチの時代」。

 

マーケティングホライズン2015年9号

 

マーケティング業界にはまったく繋がりがなかったものの、編集を担当しているのが中高の同級生で「音楽の世界に”カジュアルリッチ”な現象ってないかな」と話があって「それならこういうものがある」と寄稿する流れになったのでした。特集の他の記事には、ハンドメイド市場や自転車ブームやポートランドという街のカルチャーについての考察が並ぶ。”カジュアルリッチ”とは、高級車やブランド品などゴージャスな豊かさを求めるのではなく、あくまでカジュアルに、しかし大量生産や大量消費ではなく、暮らしの中で感じる感情の質をより豊かにしたいという考える価値観、とのこと。

 

その話を聞いて、アナログレコードの魅力もそこだな、と思ったわけです。レコードの売り上げが海外で大幅に増え、日本にも人気が波及していることを報じるニュースは少しずつ出てきていたけれど、そこにある精神性や価値観を分析する記事がそんなにないというのもあった。下手したらオッサンやオーディオマニアの懐古趣味と捉えているような記事もあった。そうじゃないよなあと思いつつ、じゃあ僕なりにそこを考えてみようとも思っていたわけです。なので、ジャストなタイミングの依頼でもありました。

 

あと、個人的には、古い友人と一緒に仕事ができたことも嬉しかった。以下が掲載された原稿です。

 

アナログレコード人気再燃が象徴する「音楽が売れない」時代の終わり

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 昨年末にニューヨークを訪れた。お目当てはブルックリンのウィリアムズバーグ地区にあるレコードショップ「ラフ・トレード」。お洒落なカフェや古着屋が並ぶ一角に、倉庫を改装した大きめの店がある。足を踏み入れると、アナログレコードがずらりと並んでいる。僕が行ったのは年末のことだったので、店頭にはその店が選ぶ年間ベストのレコードが大々的に展開されていた。

 

日本の大手CDチェーン店とは違い、「ラフ・トレード」ではCDはほとんど売っていない。隅の方に申し訳程度にあるばかりで、主力商品はあくまでアナログ盤だ。ここ数年、ブルックリンにはそういうアナログ主体のレコードショップがずいぶん増えている。ロンドンに本店がありロック好きには名を知られるこの「ラフ・トレード」のニューヨーク店も、2013年にオープンしたばかり。奥のほうにはバーとステージもあって、毎晩そこで地元のバンドやシンガーがライブをしている。

 

いくつかのレコードを物色して購入した後、物見遊山的に近くにあったブルーボトルコーヒーに行ってみたところ、ショップの袋を見た店員に「お、何買ったの?」みたいに話しかけられたりもした。どうやら、ラフ・トレードは「ニューヨークのヒップな音楽ファンのたまり場」としてのイメージを獲得してるみたいだった。

 

この特集記事の「カジュアル・リッチ」というテーマを聞いたときに、僕が思い出したのが、このニューヨークでの体験だった。これだけ「音楽が売れない」と言われている時代に、アナログレコードの人気が再燃している。しかもそのブームは、高価なオーディオ機器を揃えたマニアでも、往年の名作を買い求めるノスタルジックな年長世代でもなく、むしろカルチャーの最新動向にアンテナを張っている若い世代の音楽ファンが牽引している。そして日本にも徐々にその熱が伝播してきている。この現象は何なのだろう? そういう疑問を持っていたが、音楽においても「カジュアル・リッチ」的な消費動向があると考えると、すごくしっくりくる。

 

ニューヨークだけではない。アナログレコードの人気復活は世界的な潮流だ。ここ数年、世界各国でアナログレコードの売り上げは飛躍的に伸びている。ドイツの統計調査会社「Statista」によると、2006年には世界全体で3400万ドルだった売り上げは、2013年には6倍以上の2億1800万ドルにまで増加している。もちろん音楽産業全体の中ではニッチな市場ではある。しかし、アメリカでも、イギリスでも、ここ数年で市場規模は何倍にも膨らんでいる。

 

なぜ若い音楽ファンは、今になってアナログレコードに惹かれはじめているのだろうか。おそらく、大きなポイントは彼らがインターネットの普及以降の世代であること。無料で好きなだけ音楽を聴くことができる環境を前提として育ってきたことにあるのではないだろうか。

 

音楽がデジタル化し、ネットが普及した今の時代、音楽を「聴く」だけならば、無料でいくらでもできる。YouTubeには最新ヒット曲のミュージックビデオが公開されている。最近になって日本でもApple MusicやLINE MUSICやAWAのような定額制ストリーミング配信がスタートしたが、欧米ではすでに数年前からそういったサービスも当たり前に根付いている。しかも、特にユーザー数の多いSpotifyやPandora Radioなどのサービスは、基本的にフリーミアムモデルを採用している。数曲ごとに広告が挟まれるのを我慢すれば、いくらでも無料で好きな音楽を聴けるというサービスだ。ゼロ年代は違法ダウンロードの問題も多かったが、今やこれらのサービスはすべて合法で、レコード会社も全面的に楽曲提供などの協力をしている。結果、ヒットチャート上位の人気者からマニアックなミュージシャンまで、どんなアーティストの音源もストリーミング配信で聴けるようになった。

 

そのことで、どうなったか。無料で音楽を日常的に消費している若い世代の音楽ファンの中に「音楽を手触りのあるモノとして所有したい」という欲求が芽生えた。そこで、データとして置換可能なCDではなくアナログ盤の持つ「あたたかみのある音」が見直されるようになった。アナログレコードにはダウンロードクーポンが付いているものも多く、部屋にジャケットを飾って普段はパソコンやスマートフォンでその音楽を聴いている人も多いという。そういった、利便性だけではない、アナログレコードならではのモノとしての価値がもう一度見直されるようになったのだ。

 

■「アナログレコード」と「サードウェーブコーヒー」の共通点
 

アナログレコード人気再燃のもう一つの背景には、毎年4月の第3土曜日に開催される「レコード・ストア・デイ」の盛り上がりがある。初開催は2008年のサンフランシスコ。ウォルマートのような巨大チェーンが低価格でCDを大量に売るようになったことで廃業の危機に直面していた独立系レコードショップ店主の呼びかけによって始まったイベントだ。メタリカやポール・マッカートニーのような大物ミュージシャンがその呼びかけに応えたことでイベントは世界的に活性化。今では全米だけで700店舗、世界21カ国のレコードショップが参加する大規模な催しになった。イベント開催にあわせて有名アーティストが発売する限定レコードも人気で、レアなアイテムを求めてショップに足を運ぶファンも増えた。

 

ビジネスとカルチャーが一体となったムーブメントであるということ、巨大チェーンではなく小規模な独立資本のショップがその担い手になっているという意味で言えば、こういった欧米におけるアナログレコード人気の復活は、コーヒーにおける「サードウェーブ」の動きとリンクするものでもあると思う。

 

日本でも公開が決まったスペシャルティコーヒーの成り立ちを追うドキュメンタリー映画『A Film About Coffee(ア・フィルム・アバウト・コーヒー)』に描かれているように、最新のコーヒーカルチャーの発信地となっている街の一つはサンフランシスコである。こうして考えると、ゼロ年代後半にサンフランシスコの小さなショップの呼びかけで「レコード・ストア・デイ」が開催され、それがアナログレコード人気の大きなうねりを生んだこととも、同時代的、地理的な共通点もある。大量生産・大量消費や画一化に対抗するインディペンデントでオルタナティブな動きというところも似通っている。NYで「ブルーボトルコーヒー」の店員が「ラフ・トレード」にシンパシーを抱いていたのは、そういった側面もあったのかもしれない。

 

■日本にもブームが上陸

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そして日本でも、去年から今年にかけてようやくアナログレコード人気の復活が本格化してきている。まだまだ欧米に比べると規模は小さいが、日本レコード協会の発表によると2014年のアナログレコードの生産量は前年比66%増を記録。2011年に始まった「レコード・ストア・デイ・ジャパン」も徐々に知名度を増し、2014年8月には、東京・渋谷に中古レコードを主に扱う専門店「HMV record shop 渋谷」もオープンした。

 

また、2015年4月には代々木に「Spincoaster Music Bar」もオープンした。ウェブを中心に展開するキュレーション型音楽メディア「Spincoaster」が立ち上げた店舗で、「ハイレゾ音源とアナログレコードを楽しめる世界初のミュージックバー」というコンセプトだ。客層の中心は夏フェスに足繁く通うような20代の男女。スマートフォンで手軽に音楽を聴けるようになり、ライブの動員も増えつつある今の時代だこそ、いいスピーカーで高音質の音楽を聴くという「特別な体験」が求められているのだという。

 

ここ10数年にわたって、日本では「CDが売れない」と言われ続けていた。音楽不況が叫ばれ続けていた。しかし、どうやら状況は変わりつつあるようだ。「カジュアル・リッチ」な音楽消費は、これからのポピュラー音楽文化の一つのキーワードになるかもしれない。