日々の音色とことば

新刊『ヒットの崩壊』が出ました。

オジーとふなっしーと多様性について

 

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OZZFEST 2015に行ってきました。

 

いやー、すごかった。楽しかった。

 

初日はKORNがヘッドライナーでわりと正統派なヘヴィメタルやラウド系のバンドが集うラインナップだったのだけれど、僕の行った2日目のラインナップは相当濃いことになっていた。なにしろ、トリの「OZZY OSBOURNE & FRIENDS」が圧巻。ゲストとして登場したメンバーは以下の通り。

 

ギーザー・バトラー(ブラック・サバス)

トム・モレロ(レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン)

ザック・ワイルド(ブラック・レベル・ソサエティ)

デイヴ・ナヴァロ(ジェーンズ・アディクション)

ふなっしー

 

 

ふなっし―? 何故? と思ったが、オフィシャルサイトにはこう説明があった。

 

ふなっしー Funassyi
千葉県船橋市在住ご当地キャラ(船橋市非公認)、港町産まれの梨の妖精。

実は熱狂的なヘヴィメタル愛好家でもあり、ふなっしー特有の激しいヘッドバンギングはオジー・オズボーンをリスペクトした動きである。

あまりにもヘヴィメタル愛が高じて、2014年LAに渡り、オジーの自宅を訪問。その際にオジーと意気投合し、共演のオファーを取り付けた。そして2015年、OZZFEST JAPAN 2015開催の報を受け、次々と発表されるOZZFEST JAPAN 2015のラインアップを見ながらふなっしーはオファーを待ち続けた。だが待ちきれずLAに再び飛びオジーに直談判し、その熱意が伝わり、正式にOzzy & Friendsへの参加が決定!!

その模様は「行列の出来る法律相談所」(日本テレビ系)でも放送され、全国のふなっしーファンから祝福を受け、当日のヘッドバンギングに期待が寄せられている。

ozzfestjapan.com

 

オジー本人もこうツイート。

 

 

そして最後はこんなことに。

 

 

そういや、2年前にオズフェストが日本で初開催された時は、ももクロの出演発表でネットが炎上していた。当時に書いたブログを読み返すと、なんというか、いろいろ感慨深い。

 

shiba710.hateblo.jp

 

あの頃は「メタルの祭典にアイドルが」なんて言われてたけれど、今年はアイドルどころじゃない。梨の妖精だ。もっと飛距離がある。でもアリかナシかで言えば大アリだった。

 

 

しかも、アイドルと言えば今やBABYMETALが世界中のメタルフェスでシンドロームを巻き起こしてしまっているわけで。隔世の感がある。

 

というわけで、この日もBABYMETALは出演。ストロングスタイルで鉄板のステージを見せてくれた。

 

 

 

前回も出演して再ブレイクのきっかけを掴んだ人間椅子も貫禄のパフォーマンスを見せてくれたし、ジェーンズ・アディクションは何故かセクシー美女ダンサー軍団が常に身体をくねらせて踊っている妖艶なステージで、そこにYOSHIKIがピアノで参加していた。

 

というわけで、よくよく考えてみるとこの日のOZZFESTは、ふなっしーとBABYMETALとYOSHIKIと人間椅子が、一日のステージにかわるがわる登場した、ということになる。

 

なにこの人間博物館。でも、こういうカオスこそ、オズフェストの魅力だとも思うわけです。

 

■オジーが僕に教えてくれたこと

 

で、ここからは思い出話。

 

なんというか、オズフェストのことを考えていると、昔のことを思い出してしまう。というのも、僕が人生で最初に買ったCDがオジー・オズボーンの『ノー・レスト・フォー・ザ・ウィケッド』だったから。お小遣いをはたいて限定の豪華盤を買った。ベルトのバックルなんかもついてくるやつだったからよく覚えてる。

 

ノー・レスト・フォー・ザ・ウィケッド

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12歳の時で、当時は88年。『BURRN!』と『ログイン』を愛読する中1だった。兄の影響でハードロックやヘヴィメタルを聴き始めて、ボン・ジョヴィやガンズ・アンド・ローゼスも全盛期だった。その後に編集部で働くようになる『ロッキング・オン』はまったく読んでなかったので、同時代のストーン・ローゼズとかマンチェ周辺は後から知った全く別の時間軸だった。フリッパーズ・ギターも後追いだった。オジーにハマって、ソロ1枚目の『ブリザード・オブ・オズ~血塗られた英雄伝説』に遡って、さらにブラック・サバスまで買い集めていたので、僕にとっての80年代はこのあたり。

 

通っていたのは中高一貫の男子校で、高校1年生の時に同級生の友達と集まって『鋼鉄春秋』いうタイトルの同人誌を作った。ハードロックやヘヴィメタルのCDをひたすらレビューしたり、思い入れのあるバンドについて語りまくったり。座談会したり。そういう一冊を作って文化祭で売っていた。それが92年のこと。こないだ実家から発掘された。

 

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僕にとっては大切な宝物。

 

でも、改めて思うのは、いろんな「メタルの神」はいたけれど、やっぱりオジーは特別だったなあ、ということ。様式にとらわれてないというか、来るもの拒まず感があるというか。ゼロ年代に入ってから「ジ・オズボーンズ」で憎めない父親像を全世界にさらけ出してたというのもあるかもしれない。結果、この日もデイヴ・ナヴァロとトム・モレロとふなっしーが並んでみんながそれを喜んで観てるような状況が生まれていた。

 

で、それを見ながら、僕は思春期の頃のことを思い出してた。あの頃オジーが好きでよかったな、と思った。

 

いろんな人がそうだったと思うけれど、僕は僕で、なんだかんだ厄介で面倒な思春期を送っていた記憶がある。幸運なことにイジメのようなものとは無縁だった。ただ「奇抜である」ということに惹かれていたせいか、アイデンティティが混乱していたようなところもあったような気がする。

 

でも、今になって思う。彼が教えてくれたのは「変わり者である」ということが、そのまま「誇り」になるということ。「みんなと違う」ということは、決して責められたり恥ずかしかったりするんじゃなくて、むしろ胸を張る理由になる、ということ。多様性について考えるときの僕の原点には、オジーがいる。同じ理由でレディ・ガガも僕にとっては憧れの人。きっと、ふなっしーもそういう精神性をオジーから受け継いでいるんだと思う。

 

オズフェスト終演後、ふなっしーはこんな風にツイートしている。

 

奇異なものに優しくする、ということ。

 

それはそのまま祈りとして僕の中にある。「多様性を受け入れる」というとどうしても角張った言い方、政治的に正しい言い方になってしまうけれど、もうちょっと肌感覚レベルの話で。集団の中で「みんなと違う」属性を持った誰かが、疎外されたり、怖がられたり、不信感を浴びたりしないようになっていけばいい、という願いがある。

 

そして、きっとそうなっていくと思っている。相変わらず目を覆いたくなるようなひどいことは沢山あるけれど。みんなうまくやれたらいい。

 

 

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(16歳、高校2年生の時に撮った証明写真。あの時の僕はどこに行きたかったんだろう、と今でも思うよ)