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アメリカのポップスターは、束になってもトランプに勝てなかった

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■二つの世界の分断

 アメリカ大統領選の結果が出た。ドナルド・トランプが第45代大統領に就任することになった。

 

まずは僕自身の実感をここに記しておきたい。リアルタイム実況で赤く塗りつぶされていくアメリカ合衆国の地図を見て、うわぁ、と茫然としたのが正直なところ。大方のメディアの予想を覆す結果になったというのもある。「まさか」というのが第一印象。正直ゾッとした。

 

クリントン当選確実という報道は事前に広まっていた。支持率調査もそれを裏付けていた。選挙戦を通して伝わってきたトランプのさまざまな醜聞、スキャンダル、荒唐無稽な政策を見て「さすがに大統領に選ばれることはないだろう」と思っていた。けれど結局トランプは勝ち、上院も下院も共和党が議席を握った。事前の見込みはひっくり返った。

 

けれど、起こったことは事実だ。アメリカの人たちは彼をリーダーとして選んだわけだし、その結果を受け入れて尊重するのが民主主義というやつだ。

 

そしてもう一つ。ゾッとした理由は、赤と青に塗り分けられた地図に見覚えがあったからだ。思い出したのはイギリスのEU離脱を決める国民投票。Brexitの時も、結局、投票前に報じられていた見込みは開票当日に覆った。

 

地図は二つの国の分断をクリアに示している。

 

EU離脱=青、EU残留=黄色に塗り分けられたイギリスの地図は以下。

 

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北部のスコットランド、北アイルランドを除けば、EU残留派が大勢を占めているのは南東部のロンドンやオックスフォードが中心だ。

 

そして今回、トランプ=赤、クリントン=青に塗り分けられたアメリカの地図は以下。

  

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ニューヨーク州やカリフォルニア州はクリントン、民主党支持の「青い州」だ。そしてトランプと共和党に票を投じた「赤い州」は内陸に広がっている。そして、デトロイトのあるミシガン州、オハイオ州、ペンシルバニア州など「ラストベルト(さびついた工業地帯)」と呼ばれる地域の趨勢がトランプ支持に雪崩れたことが決定打となった。

 

上記の二つから思ったのは、どうやらロンドンやニューヨークはある種の「都市国家」になってきているのだろう、ということだ。そしておそらく、東京も。グローバル企業が拠点を置く都市に暮らしている人たちの価値観や思想と、内陸の郊外や田舎に暮らす人たちの価値観の乖離は、どんどん広がっている。

 

ロンドンにはシティがあり、ニューヨークにはウォール街がある。多くの金融機関がそこに拠点を置いている。メディア企業や情報産業も都市に拠点を置いている。商社もある。カリフォルニアにはシリコンバレーがあって、そこには世界的なテクノロジー企業が集まっている。彼らが相手にしているのはグローバル化を前提にした「オープンになっていく世界」だ。金融資本も情報も国境を軽々と超えてリアルタイムで移動する。富を生み出すのは知識と人的資本で、だから生まれた場所も人種も性別も多様な人たちが集まることが「是」とされる。多文化で、フラットで、より多様性に寛容で、より自由でクリエイティブな環境が称揚される。

 

一方で、内陸に暮らす人たちの目の前にあるのはグローバル化によって「閉ざされていく世界」だ。工場では、かつての雇用や繁栄が、少しずつ抜けていく歯のように失われていく。大きな視点で見ればそれは地球規模の富の平準化に他ならないのだろうけれど、そんなことを言われようがなんだろうが、その地に這いつくばって生きてきた人たちの間に「ふざけんな」という苛立ちは募る。

 

うねりを生み出したのは決して「貧乏な白人労働者階級」ではない。年長の高所得者層、つまり従来から共和党を支持してきた富裕層もトランプ支持に動いたことはデータが示している。以下の記事にそれが詳しい。

 

bylines.news.yahoo.co.jp

 

一方でシリコンバレーの投資家たちは平常心を失い、(半ばジョークだろうけど)カリフォルニアの分離独立を主張するような人すらいる。

 

jp.techcrunch.com

 

年齢に関しては若者がヒラリー、高齢者がトランプを支持していたことをデータが示している。特にミレニアル世代の投票結果を見るとほぼ全ての州が青に塗りつぶされている。

 

 

 

これも理由は明らかで、ミレニアル世代(特に若くして政治に関心を持つような高い教育を受けている階層)が見ているのは、やはり前者の「オープンになっていく世界」だからだ。たとえ住んでいる場所は田舎でもその機会は開かれている。一方で、内陸の郊外や田舎で暮らす中高年層たちが見ているのは、たとえ工場や地元企業の経営者だったりして所得は高くても、やっぱり後者の「閉ざされていく世界」だ。

 

そしてトランプは後者に、強く、強く訴えかけた。

 

まあ、そんな風に簡単に世の中を二分できるという考え方自体がどうなんだろう、という気もするけど。少なくとも、今回の投票結果を導いたものの一つに「アンチ・エスタブリッシュメント」の潮流があるのではないかというのは以前から指摘されていたところ。

 

だからメディアはこの潮流を予測できなかった。というか、メディア企業の人たちは前者の「オープンになっていく世界」に属する人種で、後者の人たちの中に身体ごと飛び込んでいくのは、マイケル・ムーアのような数少ない例外を除けば、ほとんどいなかった。

 

だからマイケル・ムーアは7月の時点から「トランプが大統領になる」と繰り返し予測してきた。

 

www.huffingtonpost.jp

 

そして、マスメディアも含めて「より多様性に寛容」なはずの人たちの中には、選挙戦を通して、後者の人たちの愚かさを叩いたり、蔑んだりするような動きもあった。だからこそ、分断の溝は深まった。

 

そういうことなのではないかと思う。

 

■ 「ミュージシャン VS トランプ」の結果

 

この結果を受けて、僕が強く感情を揺さぶられたのは、エンターテイメントやポップカルチャーについてのことだ。

 

今回の大統領選の結果自体は、いろいろな思いはあるけど、フラットに受け止めようと思っている。だけど、はっきりと悔しい気持ち、とてもつらい落胆の感情があるのは、僕の大好きなアメリカのミュージシャンたち、俳優や、映画の作り手たちが、束になっても「勝てなかった」ことだ。

 

僕は特にアメリカの音楽シーンを支えるミュージシャンたちの動きを注視していた。日本と違って、多くのアーティストが政治的なスタンスを明らかにするのがアメリカという国だ。

 

そして、見たところ、トランプ支持のアーティストはほとんどいなかった。キッド・ロックとアジーリア・バンクスくらいかな。マドンナも、ビヨンセも、レディー・ガガも、ケイティ・ペリーも、アリアナ・グランデも「#I'mWithHer」(クリントン支持のハッシュタグ)だった。

 

digital.asahi.com

 

カニエ・ウェストも、チャンス・ザ・ラッパーも、エミネムも、アーケイド・ファイアも、いろんなミュージシャンが「反トランプ」だった。ローリング・ストーンズも、エアロスミスも、ニール・ヤングも、R.E.M.も、ホワイト・ストライプスも、トランプの選挙キャンペーンに自分たちの曲が使われたことを非難してきた。

 

news.aol.jp

 

楽曲使用を快諾したのはトゥイステッド・シスターくらいで、「ミュージシャン VS トランプ」の対立構造は明確だった。

 

以下の記事にはその顔ぶれがまとめられている。

www.nme.com

 

ハリウッドだってそうだった。クリント・イーストウッドなど数少ない例外を除けば、多くの俳優や監督がクリントンを支持していた。

 

どれもセレブリティ中のセレブリティたちだ。ツイッターやインスタグラムのフォロワー数を足したらアメリカの全人口を軽く上回るくらいの影響力だ。けれど、彼らの支持や応援は響かなかった。

 

彼らがツイッターでトランプの間違いを論理的に正したり、揶揄するようなことを指摘したりしても、それは結局何にもならなかった。支援コンサートやライブも何度も開かれた。しかしそれも「トランピズム」の潮流を押し返すことはできなかった。

 

なんというか、とても残念で悲しい気持ちがある。「この先の日米関係は~」とか「アメリカ社会の分断が~」みたいな、そういう大上段の話じゃない。応援しているチームが見くびっていた相手チームに負けてしまったときのような、そういう気持ち。きっとそれは僕がレディー・ガガやビヨンセやマドンナやケイティ・ペリーが好きだからで、僕と同じように彼女たちのファンである若者たちも、きっと同じような打ちひしがれた気持ちがあるんじゃないか思う。

 

僕としては、その理由はこんな風に分析している。

 

成功したポップ・ミュージシャンやポップスターは、マイケル・ムーアが言うところの「トランプランド」、この記事で書いた「閉ざされていく世界」に住んでいる中高年層にとっては、やはり違う世界の住人に見えているのだろう。SpotifyやApple Musicなどのストリーミング配信は急速に世界の音楽シーンを一つにしている。大規模なワールドツアーを繰り広げる音楽界のトップスターは、ニューヨークやシリコンバレーで働いている「その気になればどの国でも才能を発揮できる」人たちと同じように「オープンになっていく世界」を目の前にしている。

 

そういうセレブリティたちに、トランプがいかにレイシストでセクシストかをこんこんと説明されても、それは「ポリティカル・コレクトネスの棍棒で殴られた」苛立ちにしか感じなかったのかもしれない。

 

なんと言うか、そういうことも含めて、とても悔しい気持ちがある。

 

■内戦の時代へ

 

ミュージシャンたちは、クリントンの敗北とトランプの勝利を受けて、こんな風にツイートしている。

 

www.cinra.net

 

 

マドンナは「私たちは諦めない。私たちは屈しない」とツイートし、「希望を失わないで」と告げた。

 

  

レディー・ガガは「私は#CountryOfKIndness(思いやりのある国)に住みたい」「#LoveTrumpsHate(愛は憎しみに勝る)」とハッシュタグをつけてツイートした。

 

 

 

ケイティ・ペリーは「座り込まないで。泣かないで。動こう。私たちは憎しみに導かれる国に住んでいるわけじゃない」と。

 

 

 

その他、沢山のリアクションが以下の記事にまとめられている。

 

www.billboard.com

 

pitchfork.com

 

pitchfork.com

 

沢山のミュージシャンが失望を表明し、それでもマドンナやレディー・ガガやケイティ・ペリーをはじめ、多くの人たちがファンを鼓舞するようなメッセージを発している。諦めるな、負けるな、再び立ち上がれ、と。

 

それを見て僕は思う。

 

2016年は、アメリカにおいても、イギリスにおいても、新しい時代の扉が開いたのだと思う。

 

それは、僕が思うにある種の「内戦の時代」だ。資本家と労働者、右翼と左翼、白人と黒人みたいな、従来の対立とは構造が違う。「オープンになっていく世界」と「閉ざされていく世界」、それぞれの住人同士の戦いの火蓋が切って落とされた。それがBrexitと大統領に起こった二つの番狂わせの理由なのかもしれない。

 

そして、おそらく日本においてもそれは同じなのだろう。静かな内戦が少しずつ始まっている。