日々の音色とことば

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「ポップの予感」第七回 ポスト・マローンと、インターネットが希望だった時代によせてのララバイ

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「無知が至福だというなら、もう放っといてくれ」


 ポスト・マローンは「インターネット」でこう歌っている。

 

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 この曲が収録された彼のニューアルバム『ハリウッズ・ブリーディング』は、2019年もっともセールスをあげたアルバムのうちの一枚だ。その中でも「インターネットなんてファックだ」と言い放ち、インターネットがいかに自分たちのライフスタイルをろくでもないものにしているかを歌い上げるこの曲は、どこか、2010年代という一つのディケイドが終わろうとしている今の時代を象徴しているように思える。

 

 9年前、世の中には、もっと希望に満ちたムードがあった。

 

 インターネットによって、ソーシャルメディアによって、何かが変わるかもしれない。これまでになかった、現実社会を変える大きな力が生まれつつあるのかもしれない。そんなことを、いろんな人が思っていた。たとえば2012年に刊行された津田大介『動員の革命 - ソーシャルメディアは何を変えたのか』は、そんな気分に満ちた一冊だ。本の中には、当時、中東や北アフリカで起こった民主化運動「アラブの春」を肯定的に描いた一節がある。たしかにあの時点では革命の熱狂があった。しかし、その後数年で、地域は再び混沌と暴力に包まれることになる。

 

 

動員の革命 - ソーシャルメディアは何を変えたのか (中公新書ラクレ)

動員の革命 - ソーシャルメディアは何を変えたのか (中公新書ラクレ)

  • 作者:津田 大介
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2012/04/07
  • メディア: 新書
 

 

 2010年代は、スマートフォンとソーシャルメディアのディケイドだった。新たな情報技術と、それによってもたらされた人々の紐帯が、最初は興奮をもって、そして次第に幻滅と共に語られるようになった。そういう10年だった。

 

 もちろん、インターネットによってエンパワーメントされた人は沢山いる。この連載でも何度も触れてきたように、ここ数年で社会の価値観はずいぶん変わった。マイノリティの声は少しずつ世を揺るがす力を得るようになってきている。


 それでも、その裏側にはダークサイドがある。


 デイビット・パトリカラコス『140字の戦争』は、ソーシャルメディアが戦場においてどんな役割を果たしたかを克明にドキュメントしたルポルタージュだ。そこでは、戦車や爆撃機といった武力ではなく、ソーシャルメディアを通じた言葉とナラティブによって勝者が決まる二十一世紀の戦争のさまが描かれる。イスラエルとパレスチナで、ロシアとウクライナで、シリアとISで、どんなデジタル・コミュニケーションが人々を駆り立てたのかを詳細に描いている。なかでも印象的なのは、サンクトペテルブルクの「トロール工場」で相場以上の月収をもらい日々フェイクニュースの執筆に勤しんでいたヴィターリ・ベスパロフの述懐だ。彼は毎日、自分がまるでジョージ・オーウェルが『1984』に描いた「真理省」に勤めているようだと感じ、次第に心を病んでいったという。

 

140字の戦争 SNSが戦場を変えた

140字の戦争 SNSが戦場を変えた

 

 
 ファック・ザ・インターネット。


 ポスト・マローンの歌声には、どこか「心地よい虚無感」のようなものが宿っている。そして、それは彼自身の厭世的なキャラクターとも結びついている。右眉毛の上に「Stay Away」(俺に近づくな)、両眼の下に「Always Tired」(いつもぐったり)というタトゥーを入れたポスティ。この二つの言葉は、彼のスタンスの象徴と言ってもいいかもしれない。

 

 DJだった父親のもとで育ち、ゲーム「ギターヒーロー」をきっかけにギターに夢中になったテキサス州の少年オースティン・リチャード・ポストは、高校を卒業し、LAに移住する。2015年、デビューシングル「White Iverson」で一躍注目を集めた彼を後押ししたのも、インターネット・カルチャーだった。

 

 無類のゲーム好きでもあり、実況サイトTwitch にも自身のチャンネルを持つ彼は、2019年、ハリウッドからユタ州ソルトレイクシティに引っ越している。メタル界の大御所オジー・オズボーンとトラヴィス・スコットを一曲で共にフィーチャリングするほどのスーパースターとなった彼が、ハリウッドの喧騒を離れて求めたのが、「1人っきりでビールを飲んでビデオゲームをやるための豪邸」だった。

 

 つまり、ポスト・マローンは一貫して「デタッチメント」を象徴するポップアイコンなのだ。退却主義と言ってもいい。この連載でスポットをあててきたビヨンセやTHE1975が「コミットメント」の象徴であるのとは対照的だ。60年代や70年代のロックミュージシャンのライフスタイルを称揚した「ロックスター」で世を席巻しスターダムを上り詰めた彼。そこから一貫して、享楽性と虚脱感が背中合わせになったようなムードを音楽の中に表現している。それがポップな魅力として人々を惹きつけ続けている。

 

「退屈した者たちの王国では、片手で操作する無法者が王である」

 

 ニコラス・G・カーは『ウェブに夢見るバカ』(原題は『Utopia is Creepy』)にて、こう綴っている。「ツイッターは、哲学者のジョン・グレイの言葉を借りるなら、『無意味からの避難所』となり得る」と喝破している。2010年に刊行された『ネット・バカ』(原題は『The Shallows』)にて注目を集めた著述家である彼は、インターネットというテクノロジーが人々の知性と集中力を削ぎ落とすように巧みに設計されたインターフェースとして機能していることを繰り返し述べている。

 

ウェブに夢見るバカ ネットで頭がいっぱいの人のための96章

ウェブに夢見るバカ ネットで頭がいっぱいの人のための96章

 

 

 2010年代の後半に入り、同様の主張は増えている。

 たとえば、行動経済学の専門家であるアダム・オルターは、著書『僕らはそれに抵抗できない 「依存症ビジネス」のつくられかた』の中で、スマートフォンとソーシャルメディアがもたらした新たな「行動嗜癖」の発生と広がりを分析している。

 

 

僕らはそれに抵抗できない 「依存症ビジネス」のつくられかた

僕らはそれに抵抗できない 「依存症ビジネス」のつくられかた

  • 作者:アダム・オルター
  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2019/07/11
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

 コンピュータ科学の専門家であるカル・ニューポートが記した『デジタル・ミニマリスト』にも、スマートフォンが人々の生活を侵食し重度の情報依存をもたらしている理由の一端を、フェイスブックの初代CEOショーン・パーカーの言葉の引用と共に解説されている。

 

「フェイスブックを先駆とするこういったアプリケーションの開発者の思考プロセスは……要するに〝どうしたらユーザーの時間や注意関心を最大限に奪えるか〟だ。自分の写真や投稿や何やらに〝いいね〟やコメントがつくと、ユーザーの脳内にわずかながらドーパミンが分泌される。これが一番手っ取り早い」 

 

デジタル・ミニマリスト: 本当に大切なことに集中する

デジタル・ミニマリスト: 本当に大切なことに集中する

  • 作者:カル・ニューポート
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2019/10/03
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 
 間歇強化、つまりランダムな報酬によって引き起こされる心理的な影響がユーザーの注意を引きつける。それがユーザーにとっては行動嗜癖の、テクノロジー企業にとっては成功のトリガーになる。「アテンション・エコノミー」という言葉が示す通り、人々の関心を集めることはそのまま経済的な成功に結びつく。そうやってテクノロジー企業は訴求力を高め、それを利益の源泉にしている。

 

 アンドリュー・キーン『インターネットは自由を奪う』(原題『Internet is not the Answer』)には、北京航空航天大学が2013年に起こった調査から、ソーシャルメディア上での拡散速度がもっとも速かった感情は怒りで、次点だった喜びを大きく引き離していたという記述がある。人々はソーシャルメディア上で喜びよりも怒りをわかちあう傾向にある。

 

インターネットは自由を奪う――〈無料〉という落とし穴

インターネットは自由を奪う――〈無料〉という落とし穴

 

 

 ファック・ザ・インターネット。

 

 ポスト・マローンの「インターネット」は、カニエ・ウェストがプロデュースした楽曲だ。2018年9月、そして2019年5月に、「ファック・ザ・インターネット」と題された、両者のコラボレーションによる未発表バージョンの音源がリークされた。

 

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そしてそのカニエ・ウェストは2019年10月、再三に渡る延期を経て、アルバム『ジーザス・イズ・キング』をリリースする。全編ゴスペルをベースにした、しかしこれまでの黒人教会の伝統に連なるオープンネスとは違う、とてもスピリチュアルで密室感のある曲調を展開する一枚だ。

 

 

 2010年代の終わりと共に、「インターネットが希望だった時代」も終わりゆく予感がしている。

 

 でも、そのさきの希望がどこにあるのかは、まだ、見えていない。

 

(初出:タワーレコード40周年サイト「音は世につれ」2019年11月11日 公開)

 

tr40.jp

嵐「Turning Up」/ J-POPを背負う、ということ

Turning Up

 

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嵐の新曲「Turrning Up」。いい曲よね。

11月3日、デビュー20周年の記念日に記者会見を行い、公式のTwitter、Facebook、Instagram、TikTok、Weiboのアカウント開設、全シングル65曲のデジタル配信を開始。それに合わせて公開されたのがこの曲。

というわけで、「嵐のネット解禁」はいろんな社会的インパクトを持って受け止められている。僕もいろんな媒体に『ヒットの崩壊』著者の音楽ジャーナリストとして取材を受けました。音楽産業にあたえるインパクトとか、海外への波及効果への影響とか。

まあ、でもそんなことはさておいて。経済的な影響だとかジャニーズのネット戦略とか、そういうのはおいておいて「いい曲よね」というのがグッド・ニュースだなあと思う。ただ過去曲が解禁になるのよりも、新曲が配信されて、そこに意志とメッセージが読み解けるものになっているのが大きい。

というのも、これ、シングルとしては本当に久々の「嵐が嵐のことを歌ったポップソング」だから。

ここ何年もずっと、嵐のシングル曲というのは、メンバー主演のドラマや映画の主題歌だったり、大きなスポーツイベントのテーマソングだったり、ナショナルクライアントのCMソングだったりした。要はタイアップありきで制作された楽曲ということで、それはまあ国民的グループとしては当たり前の事実でもあった。

でも、この「Turrning Up」に関しては、「Theme of ARASHI」や「COOL & SOUL」に通じる、グループがグループのことを真っ向から歌ったノンタイアップの曲。ラップのリリックに「山 風 (嵐)と ほら朝まで」とグループ名をことを綴っているのも象徴的。

作曲はAndreas CarlssonとErik Lidbom。曲調はコンテンポラリーなブラック・ミュージックをベースにしている。そういう意味でも「ファンクをどうJ-POP化するかを考えて作られた曲」であるデビューシングル『A・RA・SHI』の20年後の正統的なアップデートという感じもする。

で、ポイントは、いわゆる海外のポップミュージックの動向とJ-POPの要素の絶妙なブレンドにあると思う。サウンド自体は、いわゆるブルーノ・マーズ以降の今のR&Bを意識しているもの。だけど、Aメロ、Bメロ、サビという曲の構造も、曲後半のヴァースでラップが入るという構成も、すごくJ-POP的。この「サウンドは洗練されているけれど構造はJ-POP」というのは、実はこの曲のメッセージ性ともリンクしてる。

曲を聴いて耳に残るのはサビの「Turrning Up With The J-POP」という一節。ここでの「Turn Up」は「音量を上げる」という意味だと思うので、直訳すれば「でっかい音でJ-POP聴こうぜ!」みたいなことを歌ってる。つまりそれがこの曲の持つメッセージ性ということになる。「嵐=J-POPの代表」ということをこの曲で打ち出してるわけだ。

 

 

 

ツイッターの発信が明らかに英語圏を意識していることや、中国語圏のSNSであるweiboのアカウントを開設していることを含めて、全てのアクションと曲に込められた意図が合致してる。

嵐については活動をつぶさに追っているわけではないのだけれど、ここぞというタイミングで意志の強い楽曲を放ってくるところが、わりと好きなのです。

 

(ちなみに数年前の対談はこちら)

realsound.jp

 

 

 

小沢健二が「彗星」で1995年と2020年の「今」を歌う理由

彗星

すごいの来た。小沢健二の新曲「彗星」。これを待ってた、という感じ。11月13日にリリースされる13年ぶりのニューアルバム『So kakkoii 宇宙』の収録曲とのこと。きっとアルバム全体を聴いたらまた捉え方も変わってしまうというので、今の時点でのファーストインプレッションを書きとめておこう。

 

 

歌詞はこちら。

 

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曲はオルガンから始まる。いきなり歌が始まる。

そして時は2020
全力疾走してきたよね 

 

その言葉に応えるかのように、優しいストリングスがふわっと響く。

「♪ツー、タッタタ」というドラムのフィルを合図に、ベースラインがグルーヴのスイッチを入れる。ギターのカッティングとクラビネットがファンキーに跳ねる。そしてフレーズはこう続く。

 

1995年 冬は長くって寒くて
心凍えそうだったよね

 

その言葉に「♪パッパラッパ〜」とホーンセクションが合いの手のようなオブリガードを入れる。ここまで約30秒。完璧。このオープニングがほんとに最高で、ここばっかり繰り返して聴いちゃう。歌い出しから「1995年」と明示した歌詞も、軽快で多幸感に満ちたソウル・ミュージックのサウンドも、明らかにこの曲が「強い気持ち・強い愛」のアンサーソングであることを示している。

この「強い気持ち・強い愛」がリリースされたのが1995年。アルバム『LIFE』リリースの翌年だ。異例なハイペースでシングルをリリースし、音楽番組にもたびたび出演して軽妙なトークを繰り広げ、さらには紅白歌合戦にも初出場と、小沢健二のキャリアでは数少ないマスメディアを賑わせた狂騒の一年。

「強い気持ち・強い愛」はアルバム未収録曲なのだけれど(ベストアルバム『刹那』には収録)、今年に入って「強い気持ち・強い愛 (1995 DAT Mix)」という別バージョンも配信リリースされていた。

 

 

このジャケット写真を見ても、2曲が呼応しているのがわかる。

「強い気持ち・強い愛」にはこんな歌詞がある。

 

寒い夜に遠くの街からまっすぐに空を降ってきた
冷たく強い風 君と僕は笑う 

 

「寒い夜」に「冷たく強い風」。この曲では冬の情景が描かれている。

 

1995年の冬。それは阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件が起こった季節だ。前年夏に「ジュリアナ東京」が閉店した。バブルの残り香がたち消え、未曾有の天災と事件が世の中の空気と人々の価値観をがらりと塗り替えた季節。戦後日本のターニングポイント。

 

「強い気持ち・強い愛」は、そういう年に世に放たれた冬の曲だった。だから「彗星」ではこう歌われる。

 

1995年 冬は長くって寒くて
心凍えそうだったよね 

 

つまりこれは1995年と、おそらくやはり日本のターニングポイントとなるだろう2020年をつなぐ曲なわけだ。ちなみに、じゃあその途中の2000年代はどうなの?という問いにも、丁寧に歌詞の中で答えている。

 

2000年代を嘘が覆い イメージの偽装が横行する
みんな一緒に騙される 笑

 

そしてここからがポイント。

「強い気持ち・強い愛」と「彗星」には共通点がある。それはサビで歌われる「今」という言葉が大事なキーワードになっている、ということ。

 

今のこの気持ちほんとだよね  (「強い気持ち・強い愛」)

 

今ここにある この暮らしこそが 宇宙だよと
今も僕は思うよ なんて素敵なんだろう!と  (「彗星」)

 

どういうことか。

この2曲は、共に「長い人生の中で、ほんのわずかに訪れる完璧な瞬間」のようなものをモチーフにしている。まばゆい光に包まれるような、その記憶だけを抱えてずっと生きていけるような、すべてがむくわれるような瞬間。だから曲調は多幸感に満ちているし、ホーンは祝福の響きを高らかに鳴らすし、言葉は饒舌になる。この2曲に使われている「ほんと」と「真実」というキーワードがその象徴になっている。

で、「強い気持ち・強い愛」は、その「今」から未来を見通す曲で、「彗星」は、逆に「今」から過去を振り返る曲だ。

長い階段をのぼり 生きる日々が続く
大きく深い川 君と僕は渡る (「強い気持ち・強い愛」)

 

今遠くにいるあのひとを 時に思い出すよ
笑い声と音楽の青春の日々を(「彗星」)

 

そういう風に呼応していると考えると、この曲に1995年と2020年というキーワードが表れているのがハッキリすると思う。

ちなみに「彗星」の後半も相当やばい。転調して、最後の大サビをコーラスと共に高らかに歌い上げて、そこで3分ちょっと。そこで曲を終えても全くもって熱量たっぷりの大団円なのに、さらに掛け合いを畳み掛ける。

あふれる愛がやってくる 
その謎について考えてる
高まる波 近づいてる
感じる
ここ、控えめに言って狂ってると思う。素晴らしいです。