日々の音色とことば

usual tones and words

Mura Masaの新作と「もはやチルってる場合じゃない」という時代の空気について

Mura Masaのニューアルバム『R.Y.C.』がめちゃめちゃ格好いい

 

 

R.Y.C

R.Y.C

  • アーティスト:Mura Masa
  • 出版社/メーカー: Polydor UK
  • 発売日: 2020/01/17
  • メディア: CD
 

 

 

『MUSICA』の今月号のディスクレビューでも書いたんだけど、脚光を浴びた2017年のデビューアルバム『Mura Masa』からサウンドは一転してる。一言でいうとパンク・ロック・アルバム。音に本気の切迫感が宿っている。

 

全編にフィーチャーされているのはギターサウンド。歪んだギターと縦ノリの直情的なビートが駆け抜ける。特にラッパーのslowthaiを迎えた「Deal Wiv It」がアルバムのトーンの象徴になっている。

 

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slowthaiは昨年にデビューアルバム『Noghing Great About Britain』をリリースしたUKのラッパーで、Mura Masaはその収録曲「Doorman」でもコラボレーションしていた。そこでも、ヒリヒリした衝動に満ちたサウンドとラップが繰り広げられていた。

 

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で、『Noghing Great About Britain』というタイトルから容易に思い浮かぶように、アルバムはピストルズ以来の伝統の「イギリスをこき下ろす」政治性を持つ一枚。去年のマーキュリー賞のパフォーマンスでは、ブレグジットを推し進める英首相のボリス・ジョンソンの”生首”を持ってパフォーマンスを繰り広げてた。


ジェイムス・ブレイクとの出会いからエレクトロニック・ミュージックに傾倒する以前の少年時代はパンク・ロックに憧れていたというMura Masaも、きっと、彼のスタンスに触発されたのだと思う。

 

『R.Y.C』というのは『Raw Youth Collage』、すなわち「生々しい若者たちのコラージュ」という意味。「No Hope Generation」という曲も象徴的だ。すなわち「何の希望もない世代」ということ。

 

Everybody do the no hope generation.

(誰もが希望のない世代を生きてる)

Gimme a bottle and a gun

And I'll show you how it's done

(火炎瓶と銃をくれ どうなるか見せてやる)

 

今のUKにはラッパーとトラックメイカーによるパンクロックの「再定義」が起こっていて、そのことをありありと感じさせてくれるのが、Mura Masaの新作なのだと思う。

 

そして、当然、その背景には今の社会情勢がある。端的に言うとブレグジットが決定的になり分断が進む今のUKで、ゆったりと心地よくリラックスしている余裕なんてないってこと。

 

「もうチルってる場合じゃない」

 

ということだ。

 

そういえば。

 

昨年、そう語っていたbetcover!!の言葉が心に引っかかっていた。

 

mikiki.tokyo.jp


「日本っていろいろ問題があるくせに、みんなラヴソングにしか共感しないですからね。あとはチル最高、波に乗っていこうぜみたいなのしかないっていう(笑)。いまの日本、メチャクチャ問題あるじゃないですか。チルってる場合じゃないんだけど、音楽が社会問題とかの空気感を音で示すのがタブーみたいになってる。それが音楽の廃れている理由じゃないかと思って。ただの音でしかなくて、メッセージがなさすぎて求められていない」

 

香港の民主化を求めるデモがどんどん拡大していくのも、ずっと見ていた。

 

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上記の記事の通り、そこにあったのは自分たちのアイデンティティと自由が奪われることへの「怒り」と「絶望」で、それでも不服従を貫く若者たちは今も闘い続けている。

 

ひるがえって、日本は――。

 

状況は、まあ、全然違う。殺伐としている感じは、ほとんどない。でも、ひょっとしたらそれは多くの人が気付いていないだけで、水面下で沸々と起こっている変化があるのかもしれない。

 

「チルから暴力へ」

 

ただし、この場合の「暴力」というのは「誰かを屈服させ、支配するために力を振るう」ということを意味しない。むしろその逆だ。

 

そんなことを思って『MUSICA』でのMura Masaのレビューを「チルから暴力へ」というタイトルで書いたんだけれど、李氏さん(@BLUEPANOPTICON)という方が、まさにこの言葉で2019年を総括してた。

 

 

blue-panopticon.hatenablog.com

 

読んで思った。そうそう、たしかにそういう空気を僕も感じる。そういうことをテーマにした音楽ZINE『痙攣』刊行を予定しているとのことで、すごく楽しみにしてます。

 

そして、たぶん、1月29日にリリースされるGEZANのアルバム『狂(KLUE)』が、ざわざわと波紋のように広がって時代に大きな作用をもたらしそうな予感がしている。これについては、またこんど。

 

(追記)

 

imdkmさんによる批判記事で言及いただく。こちらも合わせてご一読を。

 

imdkm.com

 

たしかに「チルってる場合じゃない」のだが、同時に「チルするほかない」のだ、主人公は。

 

今年もありがとうございました。/2019年の総括

例年通り、紅白歌合戦を見ながら書いてます。

 

2019年はどんな年だったのか。

 

そのテーマについては、タワーレコード40周年記念特設サイトの連載コラム「ポップの予感」に書きました。

 

tr40.jp

 

ディケイドの終わりには、変革が訪れる。時間の流れは連続で途切れないものだけれど、人々はそこに意味と物語を求める。十年ごとの区切りで時代を語ろうとする。そのムードが積み重なって、やがて、社会そのものの色合いを変えていく。

 

2010年代は、とてもダイナミックなディケイドだったと思い。社会がありありと変わっていって、そこに、カルチャーが密接に絡み合っていた。そのうねりのようなものをまざまざと感じられたという意味では、とてもいい時代だった。

 

個人的にも、いろんな転機のあったディケイドだった。すごく充実していたと思う。

 

年々、どんどん時間がすぎるのが早くなっていって、一年があっという間に経ってしまう。それは自分の年齢のせいなのか、情報があふれ濁流のように行き交うのがデフォルトになった時代環境のせいなのかは、わからないけれど。

 

そのうえで、2019年は、個人的にも印象深い仕事をいくつか形にできたと思っています。書籍のようなパッケージにはできなかったけれど、前述したタワレコ40周年の連載とか、田中宗一郎さんと三原勇希さんがホストの「POPLIFE: The Podcast」のゲストに出てインターネットについて語った回とか、音楽と社会についての話、アイデンティティの話を深めていくことができたような気がする。

 

それでも、自分としては頑張っているつもりでも、追いつけないくらい社会の意識のほうが変わっていて。振り落とされないように必死だったという気もする。

 

今年はもうちょっとブログを書きたかったな。忙しさにかまけていると忘れてしまうけれど、自分が考えたこと、書いたことが、「置き石」になってくれる。そういうことを、2020年はもう少し気に留めておいてもいい気がする。

 

最後に、自分がよく聴いたアルバムを並べておきます。

 

 

  1. Billie Eilish「WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO」
  2. Post Malone「Hollywood Bleedeng」
  3. 長谷川白紙「エアにに」
  4. 小沢健二「So Kakkoii 宇宙」
  5. Dave「PSYCHODRAMA」
  6. Ariana Grande「Thank you next」
  7. FKA Twigs「MAGDALENE」
  8. カネコアヤノ「燦々」
  9. Nick Cave & The Bad Seeds「Ghosteen」
  10. ドレスコーズ「ジャズ」
  11. OGRE YOU ASSHOLE「新しい人」
  12. テイラー・スウィフト「Lover」
  13. LANA DEL RAY「Norman Fucking Rockwell」
  14. Vampire Weekend「Father of the Bride」
  15. KOHH「Untitled」
  16. ヨルシカ「エルマ」
  17. King Gnu「Sympa」
  18. Clairo「IMMUNITY」
  19. KIRINJI「Cherish」
  20. Kanye West「Jesus is King」
  21. ROTH BART BARON「けものたちのなまえ」
  22. 星野源「Same Thing」
  23. Official髭男dism「TRAVELER」
  24. BABYMETAL「METAL GALAXY」
  25. 佐々木亮介「Rainbow Pizza」
  26. あいみょん「瞬間的シックスセンス」
  27. Tyler, the Creator「IGOR」
  28. James Blake「Assume Form」
  29. Juice WRLD「Death Rave For Love」
  30. Cashmere Cat「Princess CATGIRL」
  31. RADWIMPS「天気の子」
  32. THE BLUE HARB「TBHR」
  33. Tuvaband「I Enterd the Void」
  34. PEOPLE IN THE BOX「Tabula Rasa」
  35. Gesaffelstein「Hyperion」
  36. RY X「Unfurl」
  37. LIL NAS X 「7」
  38. BLACKPINK「KILL THIS LOVE」
  39. のろしレコード「OOPTH」
  40. BiSH「Carrots And Sticks」
  41. Eve「おとぎ」
  42. JPEGMAFIA「All My Heroes Are Cornballs」
  43. Tones and I 「The Kids are Coming」
  44. Khruangbin「全てが君に微笑む」
  45. Bon Iver「I,I」
  46. 花澤香菜「ココベース」
  47. Akeboshi「a little boy」
  48. BUMP OF CHICKEN「aurora arc」
  49. ヒトリエ「HOWLS」
  50. 崎山蒼志「並む踊り」

 

 今年もありがとうございました。来年も素敵な一年になることを願っています。

「ポップの予感」第八回 2019年とはどんな年だったのか

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 2019年はどんな年だったのだろうか。

 

 それを振り返るためには、まず「9の年」が持つ、因縁めいた符合について語らなければならない。


ディケイドの終わりには、変革が訪れる。時間の流れは連続で途切れないものだけれど、人々はそこに意味と物語を求める。十年ごとの区切りで時代を語ろうとする。そのムードが積み重なって、やがて、社会そのものの色合いを変えていく。


そしてもちろん、音楽はそこに密接にからみあっている。


たとえば、アメリカのポルノグラフィ業界を描いた映画『ブギーナイツ』には、1979年の大晦日に行われたパーティの模様が映し出されている。「グッド・バイ70s、ハロー80s」。きらびやかで騒々しいそのムードは、時代の空気の一つの象徴だ。1979年と言えば、マイケル・ジャクソンが『オフ・ザ・ウォール』をリリースし、トレヴァー・ホーン率いるバグルズが「ラジオスターの悲劇」で一世を風靡した年。

 

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「もう巻き戻せない。こんなにも遠くまで来てしまったのだから」。

 

そう歌った「ラジオスターの悲劇」では、その後の80年代に起こることが、すでに予言されていた


たとえば、今年を代表する映画の一つであるクエンティン・タランティーノ監督の最新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』には、1969年がどんな年だったかが色鮮やかに刻み込まれている。

 

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ウッドストック・フェスティバルからオルタモントの悲劇へ――ヒッピーたちが謳歌した60年代後半のピースフルで牧歌的な空気が大きく変質していく分岐点の一つに、映画が描いたシャロン・テート殺害事件があった。


1989年はもっとはっきりと、世界全体の枠組みが大きく変わった一年だった。北京の天安門広場で暴動が起き、ベルリンの壁が崩壊し、マルタ会談で冷戦の終結が宣言された年。ストーン・ローゼズやニルヴァーナがファーストアルバムをリリースし、フランシス・フクヤマが『歴史の終わり?』と題した論文を発表した年だ。


そんな風に、2019年も、きっと後から振り返れば沢山のことが思い出される一年になるだろう。少なくとも、人々の価値観は、目に見えて、大きく変わっている。家族や友人、仕事仲間との何気ない会話の中でも、そのことに触れることが多くあった。


そして、敏い人はもう気付いているだろう。2020年代への胎動はすでに始まっている。

 

たとえば、リゾがデビュー作『コズ・アイ・ラヴ・ユー』でブレイクを果たしたこと、グラミー賞で主要4部門を含む最多8部門にノミネートされるなどアーティストとして大きな成功を得たことは、「すでに2020年代が始まっている」ことの一つの象徴と言えるだろう。

 

「ブラック・ライヴズ・マター」も「#ME TOO」も経て、誰もがコンプレックスに縛られず、ハラスメントの対象にならず、自分に誇りを持って生きていける時代が、ひょっとしたらこの先、本当に訪れるかもしれない。彼女の醸し出すポジティヴなエネルギーには、そんな希望を感じてしまう。


 ビリー・アイリッシュもが巻き起こしたセンセーションも二十年代への架け橋になるはずだ。18歳という年齢というよりも、僕は彼女の存在の重要性を「セルフ・アウェアネス」という切り口から見ている。つまり、自分自身と深く向き合うこと


スマートフォンとソーシャルメディアの普及を経て「人々が常時接続し、相互に作用しあうこと」が当たり前になった2010年代は、メンタルヘルスが大きな問題になった時代でもあった

 

様々な統計がアメリカで10代の自殺率が激増したことを示している。その要因をソーシャルメディアのせいだけにするのは早計かもしれないが、少なくとも、新しい情報技術が若者たちのメンタルに作用していることは明らかだ。XXXテンタシオン、リル・ピープ、そして先日夭折を遂げたジュース・ワールド。みな20歳か21歳で命を失った。

 

抗不安薬ザナックスの広まりと共に生まれた「エモ・ラップ」のムーヴメントと、そのシーンのヒーローとなるべき才能に溢れた若いラッパーたちの死は、苦悩に溢れたティーンエイジャーたちの心象の象徴でもあった。もともとダークで内向的なセンスの持ち主でもありXXXテンタシオンとも親交のあったビリー・アイリッシュが、ポップ・アイコンとして巨大なスケールの成功を経て眩しすぎるスポットライトを浴びた後に、どう歩みを進めていくか。それが次の時代の扉を開ける一つの鍵になる気がしている。


グレタ・トゥーンベリが一躍「時の人」になったのも、2019年を象徴するような現象だった。世界中の注目を浴びたきっかけは9月に行われた国連の地球温暖化サミットだったが、すでに彼女はそれ以前からアイコンになっていた。だからこそTHE1975は8月に発表した楽曲でそのスピーチをフィーチャーしたわけだし、ビリー・アイリッシュも支持を呼びかけたわけだ。気候変動にまつわる問題は、すでに危機的な状況に達している。そのことがようやくイシューとして前面化したということだ。


 一方で、グレタ・トゥーンベリの言動や存在に憤慨したり嘲笑したりしている多くの人間が、いわゆる「おっさん」だったことも、とても印象的だった。その中には、トランプ大統領を筆頭に権力者の人間、企業家やエスタブリッシュメント側の人間も少なくなかった。


 「toxic masculinity(有害な男らしさ)」という概念に注目が集まるようになったのも、2019年の兆候の一つだろう。強権的な態度や、暴力性や、他者を支配し屈服させることへの欲求は、これまで「男らしさ」の一つの側面として捉えられてきた。その背景には長らく続いてきた家父長制の影響もあったと思う。

 

けれど、その男らしさの呪縛こそが、女性を、LGBTQなどのマイノリティを、そして当の男性自身を苦しめ、生きづらくさせてきたのではないか。世界は、徐々にそのことに気付きはじめている。たとえばサム・フェンダーのデビュー作『Hypersonic Missiles』やレックス・オレンジ・カウンティの3作目『Pony』は、この「有害な男らしさ」をどう乗り越え、どう解毒していくかをテーマにした作品だ。

 

 


 ポップ・ミュージックは〝予感〟に満ちている。

 この連載では、ずっとそのことについて書いてきた。


 日本に暮らしていると、日々、うんざりするようなニュースを目にすることが多い。気が滅入るようなことも多い。取り繕って平気な顔をしているつもりはないけれど、それでも、基本的には僕は楽観的でいようと思っている。

 

(初出:タワーレコード40周年サイト「音は世につれ」2019年12月26日 公開)

 

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