日々の音色とことば

usual tones and words

2021年の10曲(国内編)

すっかり年末になっちゃいました。すっかり慌ただしい年の瀬。個人的には「年間ベスト」みたいなことはあまりやりたくない性分なのですが、自分の記憶を記録に定着させるという意味でも、今年聴いてハッとした曲を書きとめておこうと思います。

STUTS & 松たか子 with 3exes 「Presence Remix feat. T-Pablow, Daichi Yamamoto, NENE, BIM, KID FRESINO」


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まずは『大豆田とわ子と三人の元夫』主題歌のこの曲。2021年を振り返ってもダントツのドラマタイアップだと思います。ラップ・ミュージックとJ-POPをこういう回路で接続できるんだという発見もあった。シリーズたくさんあるので、1曲選ぶなら全員集合のこのバージョンを。STUTSのインタビューやりましたので下記に。

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millennium parade × Belleの映画『竜とそばかすの姫』劇中歌。メインテーマの「U」よりも、こちらの「歌よ」のほうが中村佳穂という人の思想が入っていて好きです。映画も観ましたが、これ、正直、最後まで中村佳穂がキャスティングに決まってなかったと聞いて唖然としました。どうやってあれを成り立たせようとしていたのかと。インタビューは以下。

 

A_o「BLUE SOULS」


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ROTH BART BARON三船雅也とアイナ・ジ・エンドのユニットによるポカリスエットCMソング。これもCMタイアップということでは2021年のダントツ。僕としては、こういう予算が大きく動くCMという場所で、ちゃんとアーティストのクリエイティブをプラスに引き出していくようなプロジェクトが動いているというのは、とてもよいなと思う。ROTH BART BARONの『無限のHAKU』もよかった。これも取材やりました。

 

news.yahoo.co.jp

 


宝鐘マリン「Unison」(produced by Yunomi)

 


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VTuberとしての宝鐘マリンのことは殆ど知らなかったんだけど、この曲はすごかった。ビートもかなりエキセントリックだし、何よりサビで一気にドライになるボーカルの処理がビビッド。電音部周辺もおもしろい曲たくさんありました。

 

TOKYO SKA PARADISE ORCHESTRA「会いたいね。゚(゚´ω`゚)゚。 feat.長谷川白紙」


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スカパラと長谷川白紙のコラボというのは全然予想してなかったな。最初に聞いたときには腰が抜けたけど、なんだか繰り返し聴きたくなるエモーションもあって、ピュアにいい曲だなあと思う。「たとえいなくなったとしても音楽の中でもう一度会える」というモチーフも。2021年はSOPHIEが亡くなってしまった年だったけれど、音楽におけるクィアネスはいろんな人によってアップデートされていくような希望もあった。

HIROBA「透明稼業 (feat. 最果タヒ, 崎山蒼志 & 長谷川白紙)」


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水野良樹による「HIROBA」というプロジェクトの1曲。「OTOGIBANASHI」という、作家と歌い手と作曲家がコラボして小説と詩と歌を生み出すというアルバムがリリースされて、その中に収録された曲。クレジットは「作詞:最果タヒ 唄:崎山蒼志 編曲:長谷川白紙 作曲:水野良樹」。この結びつき自体がスペシャルだし、最果タヒの言葉のセンスと崎山蒼志の声質もすごく合うように思う。長谷川白紙のサウンドプロデュースもさすが。

Kabanagu + 諭吉佳作/men「すなばピクニック」


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諭吉佳作/menの『からだポータブル』『放るアソート』もすごくよかった。個人的には書き下ろしのほうの『からだポータブル』よりもコラボの『放るアソート』のほうが好き。なかでもKabanaguとのコラボのこの曲はリズムとメロディの関係性が何度聴いても斬新で心地いい。Kabanagu『泳ぐ真似』もとてもよかった。

Kitri「パルテノン銀座通り」


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これ、カバー曲なんですよ。原曲はたまの1997年に発表されたアルバム『パルテノン銀座通り』の表題曲。これをピアノ2台で歌おうという発想、どこから生まれたんだろう。歌詞がとてもいい。

THE SPELLBOUND「なにもかも」


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これも歌詞がとてもよかった。THE SPELLBOUNDというユニットが始まってから何故この曲がブレイクスルーになったのか、中野さんと小林さんに話を聞いて納得した。

natalie.mu


Tempalay「あびばのんのん」


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Tempalayは『ゴーストアルバム』もとてもよかったけど、曲で選ぶならば「あびばのんのん」だな。ドラマ『サ道』主題歌。「ととのう」という言葉が広まってからの日本におけるサウナブームは、変性意識状態を楽しむという意味で、ある種の合法ドラッグ的なものと通じ合うようなものだと思っていて。だからこそサイケデリックな音楽がぴったり合うわけで、そこの勝負で無類の強さ。AAAMYYYのソロアルバムもよかった。

Vaundy「踊り子」


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Vaundyは「花占い」とか「Tokimeki」とか2021年いろんな曲を出してきたけど、この「踊り子」がダントツ。これサウンドメイキングもすごく新しくて、ちゃんとしたスピーカーとかヘッドホンで聴くとベースが妙に大きくて声が奥のほうでぐぐもっているようなミックスになってる。8ビートのドラムの小気味よい感じも新鮮。あまり前例のない仕上がりなんだけど、聴くと心地よくてハマってしまう。発明だと思う。

 

 

 

 

『平成のヒット曲』の「はじめに」

平成のヒット曲(新潮新書)

新刊『平成のヒット曲』が、11月17日に発売されました。その「はじめに」と「目次」を、横書きで読みやすいよう少し修正を加えて公開します。

 

 平成とは、どんな時代だったのか――。

 

 本書は、それを30のヒット曲から探る一冊だ。

 

 1989年の美空ひばり「川の流れのように」から、2018年の米津玄師「Lemon」まで。ヒットソングがどのような思いをもとに作られ、それがどんな現象を生み出し、結果として社会に何をもたらしたのか。そのことを読み解くことで、時代の実像を浮かび上がらせる試みだ。

 

 悲惨な戦争から高度経済成長に至る〝激動の昭和〟に対して、平成という時代の全体像は、どこか茫漠としているように見える。焦土から豊かな生活を目指してがむしゃらに進んでいった戦後史の大きな物語に比べると、どんな価値観が時代を駆動する力学になっていたのか、一言では言い切れないように感じられる。

 

 しかし、30年という時間は、日本という国を、静かに、しかし確実に変えてきた。長い経済停滞を引きずり、沢山のものが失われていく一方で、インターネットを筆頭にした数々のテクノロジーの登場が人々の暮らしを塗り替えていった。多くの人たちを駆り立て縛り付けてきた昭和の常識が、ゆっくりとほどけていった。少しずつ、新たな価値観が根付いていった。

 

 ヒットソングはその変化に寄り添い、あるときは予兆のように響いてきた。本書はそれを点と点のようにつないで紡いでいく物語である。

 

 選んだのは、1年に1曲。語る対象にしたのは、必ずしも、年間ランキングのトップを飾った曲だけではない。特に平成の後半は、ヒットチャートという枠組み自体が瓦解し、世の中からヒットが見えづらくなっていった時代でもある。売上枚数の数字と、その曲が巻き起こした現象の大きさは、決して一致するわけではない。

 

 それでも、一つ一つの歌を紐解いていけば、ヒット曲が「時代を映す鏡」であることが、きっと伝わるのではないかと思っている。

 

 本書では平成という時代を3つの期間に区切っている。

 

 最初の10年は「ミリオンセラーの時代」。それまでの歌謡曲にかわってJ-POPという言葉が生まれ、CDセールスが右肩上がりで拡大していった、音楽産業の黄金期だ。

 

 ドラマ主題歌やCMソングのタイアップがヒットの火付け役になった。通信カラオケのブームと8cmシングルCD市場の拡大によって、音楽が流行の中心になった。100万枚、200万枚を売り上げるミリオンセラーが相次いだ。90年代初頭にバブルが崩壊し日本経済は不況に向かっていったが、1998年に史上最高の生産金額を記録するまでCDバブルは拡大の一途にあった。

 

 次の10年は「スタンダードソングの時代」。00年代初頭には、SMAP「世界に一つだけの花」とサザンオールスターズ「TSUNAMI」という二つの国民的ヒット曲が生まれている。流行と共に消費されるものから、時代を超えて歌い継がれるものへと、ヒットソングのあり方は徐々に変わっていった。カラオケで歌われる楽曲の傾向の変化はそのことを如実に示していた。

 

 インターネットの普及と配信の登場によって、音楽業界の風向きが大きく変わったのもこの頃だ。栄華は長くは続かなかった。CD市場は徐々に縮小し、00年代後半には音楽不況が誰の目にも顕になっていた。

 

 最後の10年は「ソーシャルの時代」。YouTubeとソーシャルメディアの登場によって、流行を巡る力学は大きく変わった。それまでのマスメディアと違って誰もが情報の発信側に立つことができるようになった。話題性が局地的に生じるようになり、参加型のヒットが生まれるようになっていった。

 CDの時代はいよいよ終焉を告げようとしていた。10年代前半にはAKB48を筆頭にしたアイドルグループが特典商法を導入し、一人のファンが複数枚を購入することが当たり前になり、楽曲の話題性や知名度とCDセールスの数字が乖離していった。10年代後半にはストリーミングサービスが徐々に主流となり、CDの売上枚数に依拠しないヒットチャートの再構築も進んでいった。

 
 2019年4月、平成という時代は幕を下ろした。

 

 そして、2020年初頭から本格化した新型コロナウイルスのパンデミックは、文字通り世界を一変させてしまった。

 

 音楽産業も大きな打撃を受けた。10年代はライブ市場が拡大し、大規模な演出を用いたコンサートやライブが各地で活況を呈していた時代でもある。しかし、数千人、数万人が一つの場に集まり共に大きな声をあげて歌うようなライブやフェスティバルは、コロナ禍に入ってからの日本では1年半以上にわたって開催されていない。

 

 平成という時代は〝コロナ前〟の記憶と共に、誰にとっても遠い過去のものとなった。

 

 だからこそ、今、その30年を振り返ることで見えてくるものが沢山ある。

 

 ヒットソングが社会の中でどんな役割を果たし、一人ひとりの胸の内にどう根を下ろしていったかを知ることが、現在進行形で大きく変貌を遂げつつある世界のこの先を見通すための手がかりの一つにもなるのではないかと思っている。

 

 歌は世につれ、世は歌につれ。

 

 改めて、この言葉の意味を実感できるような30曲の物語になっているはずだ。

 

●目次

はじめに
第一部 ミリオンセラーの時代
――1989(平成元)年〜1998(平成10)年

1.昭和の幕を閉じた曲【1989(平成元)年の「川の流れのように」(美空ひばり)】
昭和が終わった翌日に/秋元康と美空ひばり/歴史の転換点と「思い出の目次」

2.さくらももこが受け継いだバトン【1990(平成2)年の「おどるポンポコリン」(B.B.クィーンズ)】
植木等と『ちびまる子ちゃん』/ビーイング系とは何だったのか/大瀧詠一の果たした役割

3.月9とミリオンセラー【1991(平成3)年の「ラブ・ストーリーは突然に」(小田和正)】
「月9」とは何だったのか/タイアップの本質/3連符の魔法

4.昭和の「オバさん」と令和の「女性」【1992(平成4)年の「私がオバさんになっても」(森高千里)】
平成を経て「女性」はどう変わったのか/「アイドル」と「アーティスト」の境目で/20年越しのメッセージ

5.ダンスの時代の幕開け【1993(平成5)年の「EZ DO DANCE」(trf)】
小室哲哉と「プロデューサーの時代」/カルチャーを作るということ/エイベックスの挑戦/ダンサーの地位を変えた曲/誰もがダンスする時代へ

6.自己犠牲から自分探しへ【1994(平成6)年の「innocent world」(Mr.Children)】
桜井和寿と小林武史/切ないが、前に進むのだ/サッカーとミスチルの「国民的物語」/根性から自分らしさへ

7.空洞化する時代と「生の肯定」【1995(平成7)年の「強い気持ち・強い愛」(小沢健二)】
時代の曲がり角へ/「生命の最大の肯定」/2つの「今」に挟まれた25年

8.不安に向かう社会、取り戻した自由と青春【1996(平成8)年の「イージュー★ライダー」(奥田民生)】
カウンターとしての「脱力」/30代の“自由”と“青春”/バンドブームの狂騒と、その後に訪れた充実

9.人生の転機に寄り添う歌【1997(平成9)年の「CAN YOU CELEBRATE?」(安室奈美恵)】
人気絶頂での結婚発表/山口百恵と安室奈美恵/笑顔で終わりたい/30歳で更新した「カッコいい女性像」/人生の荒波を超えていく

10.hideが残した最後の予言【1998(平成10)年の「ピンク スパイダー」(hide)】
音楽シーンの特別な1年/最後の121日間/初のインターネット・アンセム


第二部 スタンダードソングの時代
――1999(平成11)年〜2008(平成20)年

11.台風の目としての孤独【1999(平成11)年の「First Love」(宇多田ヒカル)】
800万人と1人/孤独から生まれた祈り/「First Love」と「初恋」

12.失われた時代へのレクイエム【2000(平成12)年の「TSUNAMI」(サザンオールスターズ)】
ミレニアムの狂騒の中で/大衆音楽のバトンを受け取る/過ぎ去った輝きの時へ

13.21世紀はこうして始まった【2001(平成13)年の「小さな恋のうた」(MONGOL800)】
9・11と不意のブレイク/道を作ったハイスタ/変わらない日本、変わらない沖縄

14.SMAPが与えた「赦し」【2002(平成14)年の「世界に一つだけの花」(SMAP)】
社会が揺らぐとき、歌にはどんな力があるのか/“平成のクレージーキャッツ”に/大衆の心の負荷を取り除く

15.「新しさ」から「懐かしさ」へ【2003(平成15)年の「さくら(独唱)」(森山直太朗)】
会議室で歌うことから始まった遅咲きのブレイク/「涙そうそう」と森山良子/カバーブームはどのようにして生まれたか/「桜ソング」の功罪/混沌としての平成

16.「平和への祈り」と日本とアメリカ【2004(平成16)年の「ハナミズキ」(一青窈)】
ミリオンセラー時代の終わりと、平成で最も歌われた曲の誕生/9・11が生んだ2つのヒット曲

17.消えゆくヒットと不屈のドリカム【2005(平成17)年の「何度でも」(DREAMS COME TRUE)】
「ヒットの崩壊」のはじまり/苦悩の中で明日が見える曲を

18.歌い継がれた理由【2006(平成18)年の「粉雪」(レミオロメン)】
YouTubeとSNSが勃興した時代/『1リットルの涙』から生まれた2つのヒット/ユーザー参加型のヒット曲

19.テクノロジーとポップカルチャーの未来【2007(平成19)年の「ポリリズム」(Perfume)】
時代の転換点でのブレイク/クリエイティブへの誠実な姿勢/幻になった「これからの日本らしさ」

20.ガラケーの中の青春【2008(平成20)年の「キセキ」(GReeeeN)】
着うたとは何だったのか

 

第三部 ソーシャルの時代
――2009(平成21)年〜2019(平成31)年

21.国民的アイドルグループの2つの謎【2009(平成21)年の「Believe」(嵐)】
嵐の「国民的ヒット曲」とは何か/嵐と日本のヒップホップとのミッシングリンク/嵐とアジアのポピュラー音楽の勢力図

22.ヒットの実感とは何か【2010(平成22)年の「ありがとう」(いきものがかり)】
ヒットの基準があやふやになっていく時代/誰かの日常の暮らしの中に息づく歌を

23.震災とソーシャルメディアが変えたもの【2011(平成23)年の「ボーン・ディス・ウェイ」(レディー・ガガ)】
音楽の力が問い直された1年/マイノリティを名指しで肯定する

24.ネットカルチャーと日本の“復古”【2012(平成24)年の「千本桜」(黒うさP feat. 初音ミク)】
初音ミクが巻き起こした創作の連鎖/和のテイストがネットカルチャーの外側に波及した

25.踊るヒット曲の誕生【2013(平成25)年の「恋するフォーチュンクッキー」(AKB48)】
AKB48の“本当のヒット曲”/『あまちゃん』と「アイドル戦国時代」/平成というモラトリアム

26.社会を変えた号砲【2014(平成26)年の「レット・イット・ゴー 〜ありのままで〜」】
“ありのまま”の魔法

27.ダンスの時代の結実【2015(平成27)年の「R.Y.U.S.E.I.」(三代目 J Soul Brothers from EXILE TRIBE)】
ストリーミングに乗り遅れた日本/拡大するEXILEとHIROのリベンジ

28.ヒットの力学の転換点【2016(平成28)年の「ペンパイナッポーアッポーペン」(ピコ太郎)】
天皇とSMAPが示した平成の終わり/古坂大魔王はピコ太郎をどう生み出したのか/バイラルヒットと感染症

29.新しい時代への架け橋【2017(平成29)年の「恋」(星野源)】
物語とダンスの相乗効果/イエロー・ミュージックの矜持/植木等と星野源

30.平成最後の金字塔【2018(平成30)年/2019(平成31)年の「Lemon」(米津玄師)】
死と悲しみを見つめて/ヒットの復権/インターネットの遊び場から時代の真ん中へ/300万の“ひとり”

おわりに

 

 

 

 

 

 

 

 

ターミナル/ストリーム

 

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ミームは呪術、アルゴリズムは魔術。


そのことに気付いている人は多いと思う。オカルティックな言葉を聞くと眉に唾をつけたくなるタイプの人でも、よくわからないこと、説明のつかないことが起きているという実感のようなものを持っている人はかなりいるんじゃないかと思う。


僕が勘付いたのは2019年頃のこと。ポップ・ミュージックの領域で仕事をしている人間なもんで、きっかけはやっぱりリル・ナズ・Xの「オールド・タウン・ロード」だった。全米シングル・チャート19週連続1位。歴代最長ナンバーワンとなったこの曲がなんでヒットしたのかを探る原稿を書いてるときのことだった。

 

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「TikTok発のヒット」みたいな、もっともらしい説明や能書きは調べれば確かに出てくる。カウボーイの格好をして踊るダンスチャレンジが流行ったとか、カントリーとラップを融合した曲調が斬新だったとか、カントリーチャートから除外されて物議を醸していたところに大御所ビリー・レイ・サイラスが乗っかったことで話題が広がったとか、ストーリーはいくらでも出てくる。でも、結局のところ、そのブームの最初の発火点を見つけようとすると不思議な煙にまかれてしまう。

 

楽曲は、リル・ナズ・Xがビート購入サイトを通じて当時19歳のオランダのトラックメイカー、ヤング・キオから30ドルで購入したビートにラップを乗せたもの。途中からメジャーレーベルのソニーが乗り出してきたが、最初は完全に自主配信。なんらかの予算を使った仕掛けのようなものは皆無。それでも巨大な現象を巻き起こすドミノの最初の一コマが倒れたわけだ。


もちろんミームが現象化するのはそれ以前にもあった。2016年にはピコ太郎の「PPAP」があったし、2013年にはPSYの「江南スタイル」があった。音楽以外で言うとアイス・バケツ・チャレンジが広がったのが2014年。僕はわりとそういうのを興味深く観察するほうで、いろいろ謎な現象が起こったらその尻尾を手繰り寄せるようなことを調べたりしていた。ソーシャルメディアとYouTubeがそれに起因しているということが可視化されたのが、ここ10年の動きだったと思う。

 

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「バイラル」とか「バズ」という単語が人々の口端に登るようになったのも2010年代に入ってからのこと。ひょっとしたら、マーケティング界隈の人はそれよりも前に使っていたのかな。でも、自分にとって目眩ましになっていたのは、当たり前に「バイラル」を「口コミ」の意味合いでイメージしていたことだった。辞書にもそうあるから油断していた。

 

goo国語辞書(デジタル大辞泉)で「バイラル」を検索するとこうある。

 

1 ウイルス性であること。「バイラルインフェクション(=ウイルス感染)」
2 口コミによるもの。「バイラルメディア」「バイラルマーケティング」

 viral(バイラル)の意味 - goo国語辞書

 

その類推で「バイラル」というものを捉えようとすると、「波紋」のようなイメージで考えることになる。最初に数人とか数十人の小さな、けれど感度が高くて熱量を持った人々の集まりがある。そういう人の間で評判になっていた最初の「バズ」を、周囲の数百人が話題として聞きつける。「踊ってみた」みたいにムーブメントに乗っかって、参加することがメディアになって、それが数千人、数万人と広がっていく。いわば同心円状にドミノ倒しが広がっていくイメージだ。


もちろんその見立てが間違ってるわけじゃない。ただ、ここ最近に起こっているバイラルのムーブメントを見ていくと、起こっていることはもっとカオス現象に近い気がする。非線形で、予測できない。バタフライ・エフェクトがそこら中で起こっているようなもので、まったくもって再現性がない。


その理由は、ここ数年、バイラルというのが、口コミだけではなく、むしろアルゴリズムによって強力に駆動するようになったからだと思う。たとえばYouTubeの関連動画。たとえばTikTokのタイムライン。アルゴリズムがやっていることは、ユーザー一人ひとりがその動画を最後まで観たかそれとも飛ばしたか、「評価」や「お気に入り」のマークをタップしたか、チャンネル登録したりフォローしたりしたか、その行動履歴をつぶさに分析して次のオススメを提示するということに過ぎない。基本的にはパーソナライズドされたレコメンデーションシステムなわけで、それがバイラルに寄与するとは考えにくい。


が、ポイントはアルゴリズムと人間との相互作用のフィードバックループが起きることにある。たとえば、最初はそのユーザー自身と嗜好や指向に基づいて判断していた「お気に入り」に、アルゴリズムによってもたらされたザイオンス効果(単純接触効果)が発火する。たとえば、ハッシュタグに乗っかってミームに参加することで感情の焦点が変化する。一人ひとりの行動がデータとして食われることで可視化されたトレンドが提示され、それによって行動が変容する。「口コミ」とは全く別の力学が「ミーム」として人を突き動かす。


どうやら、オンラインの世界ではすでに非科学的な領域に属することが物事を動かしているようだ。「充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない」とアーサー・C・クラークは言っていたけれど、それは僕が子供の頃に思い描いていたSF的な未来とは全く別の形で具現化している。

 

いつ頃からこんなふうになったのか。

 

たぶん、ターニングポイントは2017年だと思っている。

 

これも僕がこういう仕事をしているもんで、その考えに至ったきっかけは、竹内まりやの「Plastic Love」だった。これについても沢山原稿を書いたし、新聞記者に取材を受けてもっともらしいことを喋ったりもした。海外でシティポップがブームになっている。再評価されている。その背景にはインターネット発のムーブメント「ヴェイパーウェイヴ」と「フューチャー・ファンク」があるのだとか、あとはヨット・ロック以降のAOR再評価だとか、消費社会への郷愁だとか、ストーリーはいくらでも出てくる。でも、ちゃんと現象の端緒をたどっていくと2017年7月に「plasticlover」というユーザーが非公式に投稿したYouTubeの動画が2000万回以上も再生されたことに行き着く。

 

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そして、なんでその動画がいきなりそんな再生数を叩き出したのかについては、どれだけ調べても謎に包まれている。たとえばムーブメントの立役者でもある韓国のDJ・プロデューサーのNight Tempoも、海外を含めたいろんな人達も「沢山の人のYouTubeの関連動画のところにサジェクトされたから」という以上の理由はわからないという。


もっとわかりやすく言えばByteDance社がmusical.lyを買収し、TikTokのサービスをローンチしたのが2017年のことだ。いろんなことを振り返ると、やっぱりここが起点になっている。


TikTokの強みは機械学習のアルゴリズムにある。単なる「これを好きな人はこれも好き」という協調フィルタリングだけでなく、ユーザーの視聴行動を秒単位で分析することでレコメンデーションが強化されるような仕組みがある。僕が話を聞いたTikTokの中の人は、それを「ソーシャルグラフからコンテンツグラフへ」という言い方をしていた。つまりは従来のSNSのような友人や親しい間柄のつながりをもとにした関係に基づくリコメンデーション(=ソーシャルグラフ)ではなく、その人自身がどんなコンテンツを作り消費してきたかに基づくリコメンデーション(=コンテンツグラフ)が働いている、ということだ。なので、もともとフォロワー数が少ない人もアルゴリズムの波に乗ればミームを生むことができる、というプラットフォームになっている。


そうして2019年から2020年にかけては、東方Projectの同人CDをサンプリングした「Omae Wa Mou」が世界中でバイラルを巻き起こしていたり、2018年に公開されたお下品BLアニメ『ヤリチン☆ビッチ部』の主題歌「Touch You」が、なぜか2020年11月になって東南アジアからアメリカとイギリスにバイラルを巻き起こしたり、沢山の謎現象がTikTok経由で観測されるようになった。


僕はそのたびに首を捻っていたのだけれど、2020年代に入って痛感したのは、ひとたび何かが流行ってしまえば、世の中の人たちのほとんどはそれを「そういうもの」としてすんなり受け入れてしまう、ということだった。

 

自慢するわけじゃないけど、YOASOBIの「夜に駆ける」についての記事をメディアに書いたのは2020年1月のことで、たぶん僕はあの曲に最初に着目したうちの一人だと思う。瑛人の「香水」がチャートを駆け上がっていったときも、かなり初期から記事を作っていた自負がある。「うっせぇわ」についてもそうだ。

 

リル・ナズ・Xのときとは違って自分自身がムーブメントに寄与しているし、その当事者に取材して何が起こったのかをつぶさに聞くこともできた。だけど、やっぱり、何なのかわからない。これ以上は無理だ。そして、「そういうもの」でいいんだ。そう思い至ったのが、2020年を振り返った個人的な実感としては最も大きかった。


世界がウイルスによって一変してしまった2020年から2021年にかけても、僕はずっとバイラルのことを考えていた。そして今のところの結論は「どうやら世界は再魔術化しているんだ」ということ。

 

極端なことを言うと、アルゴリズムと人間が結託することで、最終的には人間から人間性が失われるかもしれない、という予感もある。ネットワークを介して常時接続し相互に情報を交換することで、人が群知能(=Swarm Intelligence)の端末の一つとなる未来が容易に予想できる。そして、こういう話をすると怖がったり眉をひそめたりする人も多いんだけれど、僕としては、基本的には楽観的なスタンスで物事を考えている。

 

というか、そういうことを「なんか怖い」と言うような人たちほど、いざ人間から人間性が失われようとしていくときに、きっとその状況を「そういうもの」としてすんなり受け入れるだろうという予感がある。

 

ミームは呪術、アルゴリズムは魔術。

 

(『ウィッチンケア第11号』に寄稿した文章に加筆修正しました)