日々の音色とことば

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ウィキペディアにのってないロックヒストリー 書評『ダンス・ドラッグ・ロックンロール』【追記あり】

久保憲司さん著、鈴木喜之さん監修の一冊。出版社より献本いただきました。ありがとうございます。

まずは目次から。

第1章:ストーン・ローゼズ/プライマル・スクリーム/オアシス

ストーン・ローゼズは何がスゴかったのか?
エクスタシーというドラッグ
ローゼズが初期のプライマルから受け継いだもの
オアシスが成し遂げたこと

第2章:パンクの終焉からセカンド・サマー・オブ・ラヴまでを繋ぐ者たち

ロック暗黒時代と言われた80年代中盤
『C86』の悲喜劇/ジーザス&メリー・チェインが起こした“暴動"の真実
新たな才能と先代からの恩恵の賜物『C81』
時代を代弁しながらも異端であり続けたザ・スミス
マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、ケヴィン・シールズの狂気

第3章:グランジの深層

ニルヴァーナとUK
グランジ夜明け前
グランジの中のパンクとハード・ロック
レディング92の目撃者
カートの思い出
グランジあれこれ

第4章:エレクトロニック・ダンス・ミュージック史概略

UKエレクトロニック・ミュージック黎明期
舞台はアメリカ中西部へ
US←→UK←→ベルギー、そしてジュリアナ東京
ロックをもってロックを制したビッグ・ビート
テクノあれこれと、その頃のオリジナル・パンク世代
ダンス・ミュージックのピークと終焉

補章:僕から見たヒップホップの歴史

エピローグ:ロックンロールの未来

この本は、一言でいうなら80年代から90年代のアメリカやイギリスのロックヒストリーの「現場からの証言」からなる一冊。クボケンさんは80年代にロンドンでカメラマンとしてのキャリアをスタートさせた人で、当時から『NME』など現地の音楽誌で活動していた人で、なので、一つ一つのエピソードが生々しい。

ジーザス&メリー・チェインの暴動の現場にはいたし、ストーン・ローゼズのスパイク・アイランドにもいた。1988年のイビザにもいた。オアシスが初めてグラストンベリーで大合唱になった時も、レディング・フェスティバルのニルヴァーナも、僕は本当にあの場にいたのだ。

それを繋ぎ合わせて、“みんなが知っている”ロック史を書いてみたいとずっと思っていた。(まえがきより)


題名にも、帯にもドラッグのことは取り沙汰されているけれど、別にそれをテーマにした本というわけではない。というか、その現場にいたら、普通にあったんだろうね、というくらいの話。むしろ、面白いのはクボケンさんの「ほんと、それ?」と思ってしまうようなエピソードの数々。


クリエイションのオフィスでボビーに初めて会ったとき、彼が何か歌っていて、それティアドロップ・エクスプローズの「タイニー・チルドレン」でしょ? って言ったら、ボビーがそうだよって喜んで、微笑んでくれたのが第一印象

あるときケヴィンがツアー・バスの中で、むっちゃ僕に話しかけてきたことがあった。いきなり「クレジットカードの会社に増額を頼んでたのに、やつら何もしてくれなかった! だから、俺は日本に来てエフェクターを買いまくろうと思ってたのに、買えないんだ!」って訴えてきて。(中略)。結局「そうなん?」としか答えなかった。あの時に僕が投資してあげたら、その後のマイブラの歴史は変わっていたかもね(笑)。

僕が着ていたモヘアのセーターを、カートに「それカッコいいね、ちょうだい」って言われて。まあ向こうだと、ライヴ後のTシャツ交換とか普通にあるんで、お返しに彼からは少年ナイフのTシャツを貰った。だけど本当に汚くって、それでも捨てるに捨てられないし、結局ソニー・マガジンズが発行していた『ポップギア』という雑誌の読者プレゼントとして提供しちゃった。

マジかよ。思わずそう思ってしまうロックスターたちとの距離の近さ。ボビー・ギレスピーも、ケヴィン・シールズも、カート・コバーンも、クボケンさんの目と語り口調を通すと、みんな「気がよくてちょっとネジが外れた兄ちゃん」に見えてくるから不思議だ。文章だけだと半信半疑に思えてしまうようなことも、ところどころに挟まれる写真のリアリティが、その説得力を増している。特にカートとコートニーのツーショットの写真は、すごく美しい1枚になっている。

ただ、その一方で、思いっきりハズしたことをそのまま隠さず書いてたりもするのも、この本の面白さ。

その時イギリスでプッシュされてたのは、スウェードとアドラブルとオアシスで、僕はアドラブルがいちばん売れるだろう、逆にオアシスは絶対売れないだろうと思って、ライヴに呼ばれても行くのを断ったりとかしていた。(略)超満員のクアトロでやったオアシスの初来日公演は、もはや伝説になっている。じつは正直に言うと、僕はその時もまだあまりピンと来てなくて、このバンドはスゴいって初めて実感できたのは、1994年のグラストンベリーで観客が大合唱してる光景を見た時だった。

……遅い! 遅いよ!っていう。(笑)

渋谷の「Li-Po」というお店で行われた「クボケン’s Rock Bar」というトーク・イベントの内容をまとめたのが本書。そんなわけで、基本的にはロックオヤジの昔語りって感じで話は進んでいくのだけれど、決して「エラそう」じゃないというのが、この本の面白さかな、と思います。クボケンさんの関西人らしい愛嬌たっぷりの語り口と自由な発想力、ロックヒストリーの文脈にそってそれをきっちりとまとめる鈴木喜之さんのシュアな筆力が、うまい具合にミックスされている本だと思います。

昨今では何かと、やれデータの細かい部分が間違ってると揚げ足をとられたり、極端な意見はいさめられがちだったりするような状況で、そのせいか、なんとなく防御的で杓子定規な文章ばかりが既存の音楽メディアを覆っているように感じるのですが、そんな中、一味違うものを世に問うことができたのではないでしょうか。(鈴木喜之さんの「あとがき」より)

まさに「ウィキペディアには乗ってないロックヒストリー」。眉唾上等!みたいな一冊です。


あと、一つだけ僕から追加したいところが。本書の最後で

たいして根拠のないような話だから、今のところはなんとも言えないんだけど、イギリスでは6とか7の年に何か新しいことが起きると言われていて……1977年のパンク、1986年のセカンド・サマー・オブ・ラヴ、1997年のドラムンベース、2007年は今から考えるとダブステップ……かな? だんだんショボくなってるような気もしなくはないけど、2016〜7年には何かあるかもしれない。

ってあるんだけど、これは僕としては違う見立てを挟みたいところ。ダブステップも確かにあのあたりだけど、もはや音楽のムーヴメントとかアートフォームで語れないのが00年代のシーンなんじゃないんじゃないかな?と、個人的には思っている。この直前まで00年代の音楽シーンの変化をインターネットの潮流と絡めて語っていた章があるんだけれど、そこはやっぱり、80年代や90年代の生々しさに比べてずいぶん駆け足の距離感ですまされているなあ、という印象がある。特に語りから漏れているものがあって、それがYouTube。

こないだアニマル・コレクティヴに取材したんだけれど、様々なインターネット・サービスの中でも、00年代の音楽シーンに最大の影響を与えたのはYouTubeだって、エイヴィ―もジオロジストも声を揃えて言っていた。

ローリングストーン日本版WEB限定インタヴュー|アニマル・コレクティヴhttp://www.rollingstonejapan.com/music/animal-collective/

——ご自身としてはこの10年の音楽シーンをどう見ていますか。

エイヴィー・テア「どう言えばいいのか難しいな。人によって見方は違うだろうし。僕は90年代に育って、90年代終わりくらいから自分で音楽を作るようになって、2000年代を経て今の場所にいるわけだけど、振り返った時に、例えば今大衆に支持されている音楽でも、もし90年代に出ていたらここまで認知されなかったんじゃないかって思うんだ。やっぱりインターネットの存在は大きいよ。当時と比べて信じられないくらい幅広い音楽へのアクセスが今はある。だから、何が支持されるかは単純に人々が何を聴くかを選んだ結果で決まる。90年代はそうじゃなかったと思う。もっと不揃いだったような気がする。だから、そこに大きな変革を感じるね」

ジオロジスト「インターネットのせいで、実際よりも話題になっているように見えることもあるけどね」

エイヴィー・テア「でも、やっぱり2000年代の一番大きな変化は、聴きたいものへのアクセスがずっと容易になったことだと思う。90年代は、パンク・ミュージックやアンダーグラウンド・ミュージック、実験的な音楽は今よりもずっと少ないオーディエンスにしか届かなかった。それがインターネットのおかげでより幅広い人にも浸透するようになった。2000年から2010年代にかけての若者は、かつて入手困難な音源とされていたニッチな音楽もネットで検索すればすぐに聴くことができる。それがより多くの若者や多くの人たちに、既成概念に捕われない自由な音楽を作る刺激になった。それが、この10年で特筆すべきことだと思う」

——インターネットにここ10年で生まれたサービスで言うと、myspace やYouTube、twitter、facebookなどいろいろありますが、どれが一番大きな影響を音楽に与えたと思いますか?

エイヴィー・テア「僕たちにとってはYouTubeじゃないかな。ぶっ飛んだニッチな音楽が発掘できるってだけじゃなくて、音楽的な部分以外でも刺激を受けるものがたくさんある。今回のアルバムは変なラジオ番組やCM、古いジングルみたいなのにもインスピレーションを受けたしね」

ジオロジスト「去年うちのツアー・マネージャーが『もしかしたらYouTubeは今の時代におけるレコード店なんじゃないか』って言ってて、なるほどって思ったな。動画を見てるっていうよりも、アルバムのジャケットを眺めながら音楽を聴いてる感覚なんだよね。レコード屋の試聴で、気に入ったジャケットのアルバムを片っ端から聴きまくったのと同じ感覚で、今はYouTubeが新しい音楽と出会う場所になっているんだ」

カルチャーの20年周期説というのがある。それは、1967年にヒッピー・ムーヴメントの「サマー・オブ・ラヴ」があり、そしてその再来として1986年のダンス・ムーヴメント「セカンド・サマー・オブ・ラヴ」があったという見立てだ。

これは単なる思いつきなんだけど、ひょっとしたら、1967年、1986年に続いて、誰も言ってなかったんだけど、2005年に実は「サード・サマー・オブ・ラヴ」が起こっていたんじゃないか?というのが、僕の見立てだ。もちろん、それはYouTubeのスタートを指す。ヘイトアシュベリーでもイビザ島でもなく、世界中のコンピューターの画面上でそれは起こっていた。ネットワークを通して、今までになかった形の音楽の自由が生まれていた。そして、前にも書いたことだけれど、2007年には、USTREAMとSoundcloudが生まれている。その一連の変革が「6とか7の年に起こる何か新しいこと」だったんじゃないか、という。

まあ、これも眉唾の話のひとつだけどね。

【追記】

久保憲司さん、鈴木喜之さんから反応いただきました。僕が上で書いていた話、本には載っていないけれど実はイベントや別の場所ではしていた、とのことでした。

2017年に何が起こるか。正直、まだ想像もつきません!(笑)。


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(2012/07/27)
久保憲司

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