ずいぶん久しぶりになっちゃった。今日はグラミー賞の話。そのことが象徴する、アメリカの社会の潮流が徐々に変化してきたってことと、じゃあそのへん、今の日本はどうなのよ?って話。
■マックルモア&ライアン・ルイスからサム・スミスへの流れが象徴するもの
こないだ第57回グラミー賞のノミネートが発表された。授賞式は来年の2月。ビヨンセやファレル・ウィリアムスも注目を浴びてるけれど、今年の注目はダントツでサム・スミスだと思う。主要4部門を含む最多の6部門にノミネートされている、イギリスはロンドン出身の22歳のシンガーソングライター。今年『イン・ザ・ロンリー・アワー』でアルバムデビューを果たしている。
僕は彼の音楽がほんとに大好きで、なんだか、聴いているとすごく胸が締め付けられるような心持ちがするのだ。
Sam Smith - Stay With Me - YouTube
シングル「Money On My Mind」などアップテンポな楽曲もあるけれど、アルバムはソウルフルなバラードが中心。しっとりと、でも力強く歌い上げる。伸びやかなファルセットが心を打つ。
Sam Smith - Leave Your Lover - YouTube
そして、彼の歌っていることは一貫している。「報われない恋」の孤独。こんなにも恋焦がれているのに、それが届かない、という悲しみだ。「Stay With Me」も「Leave Your Lover」もそう。そして「Leave Your Lover」のミュージックビデオを見れば、彼が思いを寄せる相手が男性であることがわかる。デビュー作のリリースと同時に、サム・スミスは自身がゲイであることをカムアウトしている。
で、話はグラミー賞に戻るわけなんだけど、去年に最優秀新人賞を受賞したのがマックルモア&ライアン・ルイス。披露した曲は「セイム・ラブ」。これも同性愛がテーマの曲だった。フィーチャリングで参加したメアリー・ランバートはレズビアンであることをカムアウトしている。
MACKLEMORE & RYAN LEWIS - SAME LOVE ...
マッチョな男性主義が中心だったヒップホップにおいて、堂々と同性愛を肯定した曲。リリックにはこんなことも歌われてる。
右派や保守派は同性愛を個人の意志だって考えてる
医者が治療したり宗教が救えるものだと思ってる
生まれついた性質を勝手に書き換えようとしてる
もういいよ、アメリカは勇気の国だって言ってるのに、まだ理解できないものを恐れてるんだ
The right wing conservatives think it's a decision
And you can be cured with some treatment and religion
Man-made rewiring of a predisposition
Playing God, aw nah here we go
America the brave still fears what we don't know
YouTubeのコメント欄を見たことあるかい?
「おい、それはゲイみたいだぜ」って毎日書かれてる。
何言ってるかどんどん無自覚になってるんだ。
(ヒップホップ自体が)抑圧から生まれた文化なのに、
今じゃ誰かを抑えつけてる
ネットが匿名なのをいいことに「ホモ野郎」ってヘイトが横行してる
Have you read the YouTube comments lately?
"Man, that's gay" gets dropped on the daily
We become so numb to what we're saying
A culture founded from oppression
Yet we don't have acceptance for 'em
Call each other faggots behind the keys of a message board
たしかに俺は同性愛者じゃないかもしれない。でもそんなこと重要じゃない。
俺たちが「イコール」にならなきゃ、自由はない。だから立ち上がるんだ。
I might not be the same, but that's not important
No freedom till we're equal, damn right I support it
この曲のグラミー賞授賞式でのパフォーマンスは、同性カップルも含む様々な人種の33組の合同結婚式と共に行われた。背景には2013年からカリフォルニア州で同姓による婚姻が合法化されたことがある。公式に結婚立会人の資格を持つクイーン・ラティファによって結婚が宣言され、曲の途中からはマドンナがサプライズ登場して「オープン・ユア・ハート」を歌う。すごい盛り上がりだった。
Macklemore & Ryan Lewis - 'Same Love" Grammy ...
この二年間の動きが象徴するのは、アメリカのエンタテインメント業界が大きく舵を切ったということなんだと思う。ゲイカルチャーがカウンターや徒花的なものとして取り沙汰されるのではなく、あくまで「イコール」なものとしてポップミュージックのメインストリームの真ん中にある、ということだ。
そしてそれは単に音楽だけの話じゃなくて、社会が変わってきたということなんだと思う。たとえば今年の10月にはアップルのCEOティム・クックが「私は同性愛者であることを誇りに思っている」と手記を発表している。レディー・ガガだって、ずっと性的少数者の側に立って社会的な活動を続けてきた。
少しずつ、人のあり方の多様性が認められるようになってきた。ジェンダーによって、迫害されたり、矯正するよう強いられたり、嘲笑されたり、そんな風な生きづらさを抱えたりすることが(まだまだあるにしても)減ってきた。逆にマイノリティを指さして笑ったり排除したりしようとする保守層の「古くささ」「格好悪さ」が浮かび上がるようになってきた。少なくともLGBTを巡るムードに関しては、そういう流れが見て取れる。
たとえば、今年の2月。ソチ五輪への開会式にはアメリカ、イギリス、ドイツ、フランスなどの首脳が出席を取りやめた。ロシアが法制化した同性愛宣伝禁止法への抗議のためだ。これ、かなりデカいことだと思う。だって、ロシアにとってみたら、輝かしい自国開催のオリンピックで世界中からハブにされたわけだから(ちなみに安部首相は出席した)。
■マイノリティーに不寛容化する日本
で、ひるがえって、日本ではどうか。ま、ソチ五輪のエピソードが象徴的だけど、状況は全然違うよね。
もちろん槇原敬之「MONSTER」のような「報われない恋」を歌った名曲もある。でも、少なくとも、アメリカのここ最近のグラミー賞から垣間見えるような潮流の変化はどこにもない。
そういえば、総選挙を前にして、こんなニュースがあった。
「同性愛者への人権施策は必要ない」自民 アンケートに回答 ― スポニチ Sponichi Annex 社会
詳しい回答はこちらのブログにも書かれている。
ということは、(内部にいろいろな考えの人はいるにしても)おそらく次の選挙で圧倒的な勝利を果たすであろう自民党の本部は、こう考えているということになる。
・性的少数者について人権問題として取り組まなくてよい
・性同一性障害者への施策は必要だが、同性愛者の人権を守る施策は必要ない
・結婚は異性間のものであるべきで同性婚は必要ない
こういう選挙期間のアンケート調査はどちらかと言えば口当たりのいい建前的な返答か(もしくは無回答)が並びそうなのだがに、それでもこうなっている。ということは、マイノリティの多様性を認めない不寛容な方針を積極的に打ち出していく考え方がある、ということになる。「保守」を自認するコアな支持層からの賛同が得られる自信がある、ということになる。
そっか。
ここまで書いてきたことを踏まえて考えると、個人的にはこれ、本当にがっかりすることだ。別に僕はLGBTの当事者じゃないし、「アメリカやヨーロッパに比べて日本は……」なんて、ことさらに言い立てるつもりもないけど。それでも、今の日本の社会が向かっているこういう風潮に、とても残念な気持ちがある。性的マイノリティーの問題だけじゃなく、「価値観の統一」を良しとする全体主義的な志向にはノーを言いたい気持ちがある。
なぜだろう。たぶん僕の奥底のところに強く願う気持ちがあるんだろうと思う。
それはLGBTにかぎらず、誰かが決めた「普通」というものに馴染めなくて、苦しんだり、笑われたり、混乱したり、とにかくいろいろ上手くいかなかった10代を過ごしてきた人に対してのものなんだと思う。
僕自身がそうだったかどうかは自分ではよくわからない。でも、そういう人がみんな救われてほしい、自分が「みんな」と違うことに悩んできた人が、それぞれに報われてほしいという気持ちがある。そういう音楽がグッとくる。だから深夜にサム・スミスを聴いて泣きそうになるときがある。
俺たちが「イコール」にならなきゃ、自由はない。だから立ち上がるんだ。
マックルモア&ライアン・ルイスはそう歌っている。
少しずつでも変わっていけばいいなと思う。