ここ数年、繰り返し繰り返し「CDが売れない」とか「音楽不況だ」とか悲観的な物言いをしてもしょうがないと言ってきたわけだけど、ようや日本でも状況が変わりつつある気がします。音楽がようやくCDというプラスチックの円盤から解き放たれつつある。そんな気がします。今日はその話の現状報告。
■音楽は“所有するもの”から“アクセスするもの”へ
おそらく2015年は、後から振り返って「長らく遅れていた日本の音楽業界の構造にようやく変化の端緒が訪れた年」ということになりそうな気がします。というか、そうじゃないとヤバいよな!という危機感もある。テクノロジーの進化で音楽の聴かれ方がここまで抜本的に変わりつつあり、それがリスナーにとってもアーティストにとっても当たり前の選択肢になりつつある以上、それに適応していった方が正解だろうという、当たり前の感覚です。
一体どういう変化なのか。
一言で言えば、それは「音楽の消費のされ方が“所有”から“アクセス”へと変化している」ということ。これは僕が考えた言葉じゃなくて、もっとエラい人が言ってることです。
こう言ってるのは、国際レコード産業連盟(IFPI)のフランシス・ムーアCEOという人。IFPIは今年4月、2014年に世界の音楽市場でデジタル(ダウンロードおよびストリーミング)の売り上げが初めて物理メディア(レコードおよびCD)の売り上げを上回ったことを発表しました。
(元記事)
IFPI publishes Digital Music Report 2015
デジタルの分野でも、明らかにダウンロード配信から定額制ストリーミング配信へと趨勢が変わってきています。
IFPI発表の内訳を見ると、「iTunes Store」などのダウンロード配信は売り上げを落とし、その一方で「Spotify」などのサブスクリプションのストリーミング配信が大きく収益を伸ばしている。今年5月にはワーナーミュージック・グループが2015年第一四半期の売り上げで初めてストリーミングがダウンロードを上回ったことを発表してました。
それを受けて
「消費者の要望が音楽を所有することから音楽にアクセスすることへと変化する中、音楽産業のデジタル革命は新たな段階に入った」
と、フランシス・ムーアCEOは言っているわけです。
ただし。
こういうことを書くと「とは言ってもやっぱりモノとしての魅力が大事で――」と言う人が必ずいるので、もう一つの趨勢についても、ちゃんと書いておきます。
ストリーミング配信の普及の一方、世界の音楽市場ではアナログレコードの売り上げも前年比で50%以上という大きな伸びを示している。2010年からの5年間では3倍以上という大幅な売上増。僕が昨年に訪れたNYのレコードショップでも、もはや棚の8割以上にアナログ盤が並び、CDは申し訳程度に隅の方に置かれている店がほとんどでした。
つまり、ちゃんと「モノとしての魅力」や「所有する喜び」に特化したアナログレコードは、ストリーミング配信の普及に駆逐されることなく、むしろ需要を増しているわけです。
■AWAとLINE MUSICは何を変えるのか。そしてappleは
一方、日本では。
ソニーの「music unlimited」は3年も経たずに終了してしまった。レコチョク Bestが元気だという話は聞かないし、アジアではすでにデファクトスタンダードのレベルになっている国もある台湾発のKKBOXも、本国に比べて普及は途上。サブスクリプションは「まだまだ……」でした。
理由は単純で、曲が揃わないから。特にこの手のサービスは「聴きたい曲を今聴ける」ということがとても大事なので、人気アーティストの新曲がないということが大きなマイナス要因になる。「日本人はモノに対する愛着が強いからサブスクリプション型の音楽サービスは根付かない」ということを訳知り顔で言う人もいましたが、たぶんそんなことはないと思います(だったらレンタルCDはこんなに普及してない)。それが2012年から2014年までの状況。
でも、2015年には、いくつかの新しい定額音楽配信サービスがローンチしようとしている。
まずはサイバーエージェントとエイベックスが手掛ける「AWA」。
5月にサービスがスタートしたので、さっそく使ってみました。アプリの起動から90日間は無料。印象的なのは、一切の情報登録なしで、いきなり音楽を聴けるところ。これ、意外に重要。
たとえ「初回3ヶ月無料」とか言われても、最初にクレジットカード番号の入力を求められたらその時点で躊躇する人はとても多いと思う。クレジットカードを持ってない若いユーザーはもとより、いろんなウェブサービスを定額で使っている自分のような人間ですら「お、おう…」って思うことがある。そういう意味では、アカウントを取得せずに使えるハードルの低さはいい設計だと思う。
ニュース記事によると、オンデマンド再生が可能な「Premiumプラン」、プレイリストの再生に機能が絞られた「Liteプラン」、機能が限定された「Freeプラン」が用意されるという。フリーミアムとまではいかないまでも「無料ユーザーにサービス自体をシャットアウトする」みたいな仕打ちはないようなので安心。
使い勝手は、プレイリストを元に聴いてる分には、なかなかよさげ。デザインは格好いい。曲数は足りないし、表記とか検索とかはまだまだ改善の余地は沢山あると思うけれど、これは時間と共にブラッシュアップされていくでしょう。
あとは、「聴く」仕組みよりも「聴かせる」仕組みをどれだけスマートに実装されるかがポイントだと思います。友達との間の「この曲知ってる?」というコミュニケーションをどれだけ誘発できるか。この問題意識は2年前に書いたこのコラムから変わってません。
どれだけ沢山の曲が揃っていても、それを見つけられなかったら何の意味もない。好きなアーティストの最新リリースや、往年の名曲や、とにかく「魅力的な音楽とどう出会うか」という発想がサービスの中に直感的に内包されていないと、ただ「沢山の曲が聴ける」と言われても、どうそれを見つけたらいいのかわからないのだ。
着うたは、音楽コンテンツとしてではなく、コミュニケーションツールとして、買われてきた。
そう見立てると、サブスクリプション型音楽ストリーミングサービスが持つ本当の可能性が見えてくる。つまりそれは、アプリやスタンプに奪われた「コミュニケーションツールとしての音楽」の地位を取り戻すこと。
日経ビジネスオンラインに掲載されたエイベックスの松浦勝人社長とサイバーエージェントの藤田晋社長のインタビューを読む限りでは、このあたりにもだいぶ力を入れているようなので期待。
検索機能はもちろんありますが、音楽と出会うための「リコメンド(おすすめ)」機能を充実させました。好みのジャンルや視聴傾向から、その人が好きであろう音楽を提示していく機能がどうしても必要だろうと。プラス、ユーザーが参加できる仕組みも必要じゃないかということで、「プレイリスト」機能にもこだわりました。
そして、ティザーサイトが公開され、近日中のサービス開始が予告されている「LINE MUSIC」。
個人的にはこれが本命だと思っています。これも2年前に書いた記事。ずいぶん時間が経ってしまったな……。
LINE MUSICのキモは「コミュニケーションと音楽の融合」である、という僕の考え自体は、変わってない。ただ、少し認識が変わったところがあるとすると、「着うた」のようなライトユーザー層だけじゃなく、コアな音楽ファンもコミュニケーションを欲しているということ。聴取だけでなく共有が文化を作っていく、ということ。「レコード・ストア・デイ」の盛り上がりを見ていてもそう思う。
そう思っていたら、もうひとつの本命に関するニュースが飛び込んできた。「Apple Music(仮称)」だ。
「Apple Music」は、Appleがヘッドホンメーカー「Beats」を約3000億円で正式に買収してから長らく囁かれてきたAppleの音楽ストリーミングサービス。まだ噂段階だけど、6月8日からサンフランシスコで開催予定のAppleのWWDCで発表されるとか。月額10ドルで、Spotifyのような広告モデルのサービス提供は避ける見込みとのこと。
Spotifyが日本でなかなか始まらない理由はおそらく(広告ベースのフリーミアムモデルとはいえ)「音楽を無料で聴けてしまう」ことへの忌避感を権利者が抱えているからで、そうであれば「Apple Music」はその条件をクリアしたレコチョクBestやKKBOXと同じく、日本でもローンチする可能性は高いと僕は見ている。
まだどうなるかわからないけど、iTunes Storeの品揃えを元にした定額制聴き放題サービスとなれば、ジャニーズ系などいまだiTunesへの配信すら許諾していないものを除き、J-POPも洋楽も、大抵の楽曲は揃うことになる。「新譜が聴けない」「アーティストの名前で検索したらオルゴール音源ばかり並ぶ」という「サブスクリプションあるある」の問題はほぼクリアされるわけで、期待は相当大きい。
(6月10日追記)
WWDCでちゃんと発表されました。「Apple Music」が正式名称でした。
山口哲一さんも書いていた。これには僕も同感。
CD店の全国網が健在なうちに、音楽とユーザーの接点を増やせるストリーミングサービスが広まることは、日本の音楽業界にとって幸運なことで、アナログレコードやDVDなど含めて、パッケージ売上にはプラスに働く、ストリーミングサービスからの分配分と合わせて、レコード業界全体の売上にはプラスに働くというのが、僕の持論だ。
いまだタイトル決めれず: 日本にもやっと、ストリーミングサービスの夜明けが来たのかな?Apple Music開始!
ミュージシャンやクリエイターにとっては、Appleがサブスクリプションの課金システムの「中抜き」を30%から15%に下げることを検討している、というのも大きなことだと思う。
Apple、サブスクリプション課金システムの料率を30%→15%に下げることを検討中 - ITmedia eBook USER
■求められるのはヒットチャートの「更新」
結局、今の時代に何が起こっているかというと「CDは嗜好品になった」ということなんですよね。複数枚購入が当たり前になって、もう数年が経っている。握手会とか投票権のためにシングルCDを買うという行為も、すっかり定着した。音楽を聴くためというよりも、ある種のグッズとして、もしくはコミュニケーションへの参加チケットとして購入する人の方が目立つ状況になった。
その一方で、繰り返しになるけれど、音楽は「所有する」ものではなく「アクセスするもの」になりつつある。
そういう時代に必要なのは、シングルCDが売れてる枚数を上から並べたランキングというよりも、もっと説得力を持って「流行ってる曲」を示すヒットチャートなんだと思う。
たとえばビルボードジャパンは総合楽曲チャート「Billboard Japan Hot 100」を算出する際にYouTubeの再生回数を合算すると発表してる。これは6月3日スタート。
記事も出てました。
これまでBillboard JAPAN Hot 100は、パッケージ実売データをもとにした全国推定売上枚数、ダウンロード回数、ラジオ放送回数、PCでCDを読み込む際のLook Up回数、アーティスト名のツイート数の5指標により制作していた。
これに加え、YouTubeは、ニールセンを通じて国際標準コードであるISRCの登録された動画の再生回数のみを抽出し、国内における再生回数をカウント。ストリーミング数は、シンクパワーが運営する歌詞表示サービス「プチリリ」による歌詞表示回数を通じて国内のストリーミング数を推定する。
この「ISRC」というコードがキモらしくて、アーティストの許諾なく勝手に上げた違法のMVや音楽番組の録画、ライブの撮影、「歌ってみた」や「演奏してみた」動画は再生回数には合算されないよう。
「ザ・ベストテン」から「CDTV」までヒットチャート形式の音楽番組はいつの時代も人気があるわけで、今に求められてるのは、時代の変化に即した新たな形のヒットチャートの普及だと思う。「本当に流行っている曲」を示す説得力を持つランキングへの要望は高まっているはず。
いろいろあるけれど、ダウンロード違法化とか刑事罰化ですったもんだしていた2〜3年前から、僕は「衰退にはベットしない」と言い続けてきました。
ようやく少しずつマシな状況になりつつあるという実感です。