日々の音色とことば

usual tones and words

6G呪術飛蝗

 

 情報技術の発達によって、誰しもがカジュアルに祟りをなすことが可能になった。


 僕がそのことに気付いたのはおよそ10年ほど前のことだけれど、今では、そのことはもはや常識のようになっているのではないかと思う。クラウドに顕在化した呪いの力について、ソーシャルメディアがもたらした新しいアニミズムの時代について、ずっと考え続けてきた。でも、デジタルネイティブな世代であれば、もはやそんなことは前提として意識に刷り込まれているのではないかと思う。


 2022年1月17日、株式会社NTTドコモはネットワーク技術を用いて人間の感覚を拡張する「人間拡張」を実現する基盤を開発したと報道発表した。同社の公式サイトからダウンロードすることのできる「ドコモ6Gホワイトペーパー」には2030年を目処に実用化を想定している通信技術6Gのコンセプトが数十ページにわたる資料と共に解説されている。


 同資料には、6Gの超低遅延性によって通信速度が人体における神経の反応速度を上回ると書かれている。すなわち、脳や身体の情報をネットワークに接続することによって感覚を拡張することが可能になる。

「人体に装着されたマイクロデバイスにより、人の思考や行動をサイバー空間がリアルタイムにサポートするようなユースケースが考えられる」

「考える・思うだけで特定の動作が可能になるテレキネシス、思考や感情の共有、テレパシーといった究極のコミュニケーションも実現することが期待できる」

ドコモ6Gホワイトペーパー4.0版より引用

 5Gと新型コロナウイルス感染症を関連付ける陰謀論がニュースを賑わせたのは、パンデミックが始まった当初の2020年4月頃のことだ。英国やオランダなどヨーロッパ各国では携帯電話基地局が放火される被害が多発した。偽情報はアメリカにも伝わり、米国土安全保障省が基地局の襲撃を防ぐために対策強化を発する事態となった。mRNAワクチンの開発が進み2021年に接種が本格化すると「ワクチンにはマイクロチップが仕込まれ、接種すると5Gで監視され操作される」というデマが広まった。


 なんでこんな荒唐無稽なことを信じるんだろうと、多くの人は思ったはずだ。ソーシャルメディアにはニュースに対して鼻で笑うような論調のコメントも見受けられた。

 

 しかし現実は違った。

 

 こうした統合失調的なアイディアの数々は、5Gにおいてはまだ陰謀論の範疇にあった。しかし6Gにおいてはそれは技術的なロードマップに記される事項となっている。通信最大手企業が実現を期して開発を進めるユースケースの一つとなっている。

 

 とてもワクワクする、鳥肌の立つような話。

 

 僕はここ最近のテクノロジーとカルチャーと社会の動向を「最適化の罠」「ミームの魔法」「わくわくディストピア」「うんざりアディクション」といういくつかのモチーフで考えているのだけれど、6Gはまさに「わくわくディストピア」のど真ん中を射抜くようなホットトピックであった。

 

 

「バチが当たる」という言葉がある。

 

 悪いことをすると天罰がくだる。そういう素朴な道徳観を持って暮らしてきた日本人は古来から少なくないと思う。「お天道様が見ている」というような言い方もある。

 

 この場合において「バチ」を成す主体は、神仏であり、天である。ひょっとしたら怨霊かもしれない。いずれにしても超自然的な存在である。

 

 けれど、デジタル技術の発達による情報発信の分散化は、市井に暮らす個人に超自然的な力を与えた。ソーシャルメディアによる情報の奔流に最適化した人々は、言葉や画像や動画に宿るエネルギーを瞬時に察知し、雪崩や津波のように押し寄せる集合的無意識の一角を成すことで、不適当な行いや言動をなした誰かに「バチを当てる」ことを可能にした。

 

 たとえば、スカスカのおせち料理を作った料理店に。たとえば、冷蔵庫の中に入って遊んだアルバイトに。たとえば、不倫を働いた芸能人に。

 

 炎上やキャンセルカルチャーという言葉で括られる事象については、いつも、「燃える側」や「キャンセルされる」側が語られる対象となる。しかしその行為の主体はいつも炎の側にある。観客席に座っているつもりの「あなた」が祟り神となる。

 

 ジェームズ・スロウィッキーは2004年に『The Wisdom of Crowds(「みんなの意見」は案外正しい)』という書籍を上梓している。「Web2.0」という言葉が希望的観測と共に喧伝されていた00年代半ば、集団の叡智は素朴に信じられていた。しかし、そのわずか10年後にはケンブリッジ・アナリティカ社の跋扈と共にポスト・トゥルースの時代が訪れることになる。


 2021年には「Web3」という言葉がバズワードとなった。ブロックチェーンと分散型台帳技術がビッグテックの支配を脱し非中央集権的なインターネットをもたらすという言説が溢れかえった。そのうちのいくつかにはスーパーボウルのTV中継にCMを出稿するほどの市場規模となりつつある暗号資産関連企業による、ある種のディスインフォメーションも含まれているはずだ。そうしたことを加味して考えると、およそ10年後、30年代初頭あたりには政府や中央銀行の担保によらない非中央集権的な信用創造が当たり前になると同時に、人と社会との信頼関係が相対的なものとなる「ポスト・トラスト」の時代が訪れることが容易に想像できる。

 

 

「愛ほど歪んだ呪いはないよ」

 

『呪術廻戦』の劇中で、五条悟は乙骨憂太にこう持論を告げる。

 

 シリーズ累計発行部数6千万部を突破し現代日本をヒットコンテンツとなった同作は「呪い」をこう定義している。

「辛酸・後悔・恥辱――人間が生む負の感情は呪いと化し日常に潜む」

(TVアニメ『呪術廻戦』公式サイト)

 

 しかし、「呪い」というのは決して負の感情が顕現したものだけを指すのではない。物語の中では「呪い」という言葉にもう一つの意味を与えている。主人公の虎杖悠仁は、作品の冒頭で病室で亡くなる直前の祖父に「オマエは強いから人を助けろ」「オマエは大勢に囲まれて死ね」と声をかけられる。ひょんなことから呪霊との戦いという過酷な日々を送ることになった虎杖は、逃げずに戦うことを選んだ自らの行動の理由に、その祖父の言葉を回想し「こっちはこっちで面倒くせえ呪いがかかってんだわ」と述懐する。

 

 その後、虎杖と戦いを共にする呪術師の七海健人は、満身創痍の死に際に「言ってはいけない」「それは彼にとって“呪い”になる」――と躊躇いつつ、虎杖に「後は頼みます」と告げる。


 人は言葉に縛られる。虎杖だけでなく、他の登場人物たちもそういう意味での「呪い」を内面化している。遺された側が最後に託された言葉。血筋や家柄、ジェンダーによる抑圧。家族や友人に日常的に繰り返しかけられてきた期待や失望の言葉。それが呪縛となり自由を奪う。


 人を言葉によってコントロールしようという意志はすべからく「呪い」として機能する。『呪術廻戦』が画期的なのは、日本古来より連綿と続く呪術というモチーフを題材としつつ、オンライン化による社会の再魔術化が進行しつつある現代に則してそのイメージをアップデートしていることにある。


 神仏の力を借りずとも、藁人形や五寸釘といった古典的な呪法に頼らずとも、人は人を呪うことができるようになった。誰もが小さな災厄をもたらすことができるようになった。そのことはすでに常識となり、多くの人は注意深く、慎重に暮らすようになった。


 その一方で、相互に影響を与え合う興味や関心の波は、それ自体が電流のような力を持つようになった。意図的に不安を掻き立て、恐怖と憎悪を巻き起こすことによって利得を獲得する勢力が蠢くようになった。

 

 

 飛蝗は相変異によって発現する。


 餌が豊富な通常の環境で育ったサバクトビバッタは、緑色の体色で互いを避け大人しい性格の「孤独相」となる。しかし、餌が乏しく高頻度で他の個体とぶつかり合う混み合った環境で育ったサバクトビバッタは黒色の「群生相」となる。大量発生したトビバッタが群れをなし植物や農作物を食い尽くしながら移動する現象は飛蝗と呼ばれ、世界各地で多大な被害をもたらしてきた。


 内気な孤独相のバッタがひとたび巨大な群れを成す群生相に相変異すると筋肉も増強し体色も変異し数十億匹の大集団となって数百キロメートルの距離を飛ぶ。その相転移を引き起こす原因が脳内の神経伝達物質セロトニンであることが研究によって明らかになっている。群生相のバッタのセロトニン水準は孤独相のバッタよりおよそ3倍高いという。


 一方、セロトニンの欠乏は鬱病の原因とされ、現在、日本で抗うつ剤として広く処方されているSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)は神経細胞と神経細胞の間のセロトニンの量を増やし、情報伝達を増強して抗うつ効果を発揮すると考えられている。

 

 こうした飛蝗という現象をヒントに2010年代半ばから米海軍研究事務所が研究を進めてきたのが「LOCUST」と名付けられた軍事ドローンシステムだ。バッタを意味する「LOCUST」は「低コスト無人飛行機群技術(Low-Cost UAV Swarming Technology)の略。戦略対象地域に大量に発射された軽量かつ高性能な小型ドローンが、他のドローンと自律的に群れを形成し攻撃任務などをこなす。


 こうした技術をもとに米国防総省の国防高等研究計画庁(DARPA)は「攻撃型群集可能戦術(OFFSET:OFFensive Swarm-Enabled Tactics)」プログラムを進めてきた。数百台の自律型ドローンと地上ロボットが連携し、複雑で入り組んだ都市環境の中で戦術的な任務を遂行することを目指したプログラムだ。


 「OFFSET」という略語は、50年代のアイゼンハワー政権がソ連に対抗して核抑止力の構築を打ち出した第一次オフセット戦略、ステルス戦闘機や精密誘導兵器の導入による70年代の第二次オフセット戦略に続いて2010年代半ば以降の米国が推し進める第3次オフセット戦略を指し示す言葉でもある。


 2021年2月初頭、米国防総省は14の重要技術分野のイノベーションを推進することを目的とした新しい優先事項を発表した。米国研究・工学担当国防次官のハイディ・シューはロシアや中国との戦闘を想定した際に必要となる自律システムについて議会にて答弁している。3Dプリントされた群体型の超小型ドローンを飛行機から大量に展開する作戦もすでに米軍によって実証されている。


 自律型致死兵器システム(LAWS: Lethal Autonomous Weapons Systems)が駆動する新しい戦争の時代はすでに始まっている。

 

 そして、その先には、ネットワークを介して常時接続し相互に情報を交換することで、人が群知能(=Swarm Intelligence)の端末の一つとなる未来が、妄想でも陰謀でもなく、すぐそこにまで迫ってきている。


 神経の反応速度を上回る速度でネットワークに接続され、思考や感情を互いに共有し、自律的に群れを形成するようになった群生相の人間の脳内には正気を逸脱させるほどの多量のセロトニンが分泌される。過剰な原色に埋め尽くされたその視界の先には、何が見えるだろうか。

 

(『ウィッチンケア第12号』に寄稿した文章に加筆修正しました)