日々の音色とことば

usual tones and words

2012年の「シーンの垣根を壊した5曲」(その3:ryo(supercell)feat.初音ミク“ODDS&ENDS”)

2012年の「シーンの垣根を壊した5曲」(その1:米津玄師“vivi”/livetune feat. 初音ミク“Tell Your World”)
http://shiba710.blog34.fc2.com/blog-entry-512.html
2012年の「シーンの垣根を壊した5曲」(その2:ナノウ”文学少年の憂鬱”)
http://shiba710.blog34.fc2.com/blog-entry-515.html
の続きです。

■「状況」に対してのアンサーソング

前回の記事で

ナノウ=コヤマヒデカズ少年が10代半ばの頃に感じていた「これは自分の歌なんじゃないか」という、魂を揺さぶられるような共感の磁場を、今、ボーカロイドやインターネットミュージックシーン発の楽曲たちの一部が生み出しているんじゃないか――と、書いた。

今回は、じゃあそういう曲は一体どんな曲か?という話。まずは再び引用から。

「ニルヴァーナとかシロップ16gは、当時の自分にとって、自分がなかなか言えないことを、代わりに言ってくれるような存在だという気になっていたんです。これは自分の歌なんじゃないかって思ってた。人付き合いが苦手で、友達が少なくて、鬱屈した高校時代を送っていて。周りの人達が聴いてるようなJ-POPの曲には全然共感できなかった。でも、この人だけはわかってくれている。音楽を聴いて、そう思ってたんです。そういう音楽によって救われた気がした。そういう経験が多々あったんです」(ナノウ『UNSUNG』オフィシャルインタビューより)


「これは自分の歌なんじゃないか」と思わず感じてしまうような音楽。「この人だけはわかってくれている」、そう思わせてくれる音楽。それが、ボーカロイドのシーンから今、生まれているんじゃないか、と僕はなんとなく予感していた。それが確信に変わったのが、この曲を聴いた時。

ryo(supercell)feat.初音ミク“ODDS&ENDS”。


この記事のシリーズでは、“2012年の「シーンの垣根を壊した5曲」”と題して、ボーカロイドやインターネットミュージック発の楽曲を紹介してきた。その括りでとらえると、実はこの“ODDS&ENDS”は、ちょっと位相が違う。米津玄師『diolama』やナノウ『UNSUNG』が、ボカロP自らが歌い手となることでボカロ・カルチャーとバンド・カルチャーの壁を打ち破り、橋を渡すような作品になっているのと対照的に、この曲はボーカロイドであるからこそ、初音ミクが歌っているからこそ輝くタイプの曲になっている。そして、黎明期からボーカロイドのシーンを支えてきたオリジネーターの一人であるryo(supercell)が作ったからこそ、強い説得力を持つ曲だ。

この曲では、キャラクターである「初音ミク」の声で、こんな歌詞が歌われる。

きっと君の力になれる
だからあたしを歌わせてみて
そう君の 君だけの言葉でさ

綴って 連ねて
あたしがその思想(コトバ)を叫ぶから
描いて 理想を
その思いは誰にも 触れさせない

クリエイターとボーカロイドの関係性を歌ったこの曲。これは、前の記事で紹介したlivetune feat. 初音ミク“Tell Your World”(彼もシーンのオリジネーターの一人だ)へのアンサーソングになっている。ツールとしてのボーカロイドをきっかけに、クリエイター同士の才能が繋がり点と点が結ばれることを表現した「インターネット讃歌」の“Tell Your World”に対し、キャラクターとしての初音ミクの視点からの言葉が綴られている。ryo(supercell)自身もこう語っている。

ちょうどこの曲を作るタイミングで、livetuneのkzさんが久しぶりに新曲を切るっていうので、聴いてみたらその曲がすごく良かったんです。それを聴いてて昔の雰囲気を思い出したんですね。

自分としてもボカロPでデビューさせていただいてから結構経ちましたし。5年も経てば、さすがにいろいろ言えることもあるんですよ(笑)。例えば昔はこういう「私は存在しないけど、みんなの歌姫だよ」みたいな悲哀を歌うボーカロイドの曲はすごく多かったですよね。だけど自分はその頃、こういう曲は作らなかったし作れなかったんですよ。それもやっぱり、時間が経ったからできるんでしょうね。

ナタリー - [Power Push] スプリットシングル「ODDS & ENDS」ryo&じん(自然の敵P)インタビューhttp://natalie.mu/music/pp/ryo_jin

そして、この曲は、数多くのボカロPがメジャーデビューを果たし、歌い手として活躍したり、女性ヴォーカリストを迎えて楽曲を発表するようになった今の状況に対してのアンサーソングにもなっている。

いつからか君は人気者だ
たくさんの人にもてはやされ
あたしも鼻が高い
でもいつからか君は変わった
冷たくなって だけど寂しそうだった

もう 機械の声なんてたくさんだ
僕は僕自身なんだよって
つい君は抑えきれなくなって

あたしを嫌った
君の後ろで誰かが言う
「虎の威を狩る狐のくせに」
って君は
一人で 泣いてたんだね

聴こえる? この声
あたしがその言葉を
掻き消すから
解ってる 本当は
君が誰より優しいってことを

メジャーデビューを果たし、傍目には華々しい成功を収めているように見える数々のボカロP。一見、状況を謳歌しているようにも見える。しかし、だからこそ彼らが抱えている葛藤や悩みにも踏み込んだ楽曲になっている。初音ミクの登場当初にも“みっくみくにしてあげる”など自己言及の曲は人気を博していたが、確かにこの曲は2012年の状況を経たことでリアリティが生まれるものだろう。上記のインタヴューでも、彼はこう語っている。

最近、ニコ動でボーカロイドを使っていた人たちがどんどんCDデビューしたりして、すごく人気になってるんですよね。昨日も「ボカロP音楽界を席巻」みたいな新聞記事がありましたし(笑)。ただそうやって世に出ていった人たちは、一方で「ボカロを踏み台にしてメジャーになった」みたいなことも言われるんですよ。でも実際そんなドライな気持ちを持ってボカロに関わったりはしてないんですけどね。みんな、ちゃんと音楽が好きで、ボカロが好きで、キャラクターが好きで、真剣なんです。だけどそれをうまく口で説明できなかったりして、説明不足によってファンと齟齬が起きることもある。そうやってメジャーになった人たちでも、それに悩んでしまったり、葛藤することもあるんです。そういうことを曲にしようと思ったんです。

■1992年の“CREEP”と2012年の“ODDS & ENDS”

この曲が公開されてから、YouTubeやニコニコ動画のコメントには、沢山の人達からの「泣いた」という書き込みが並んでいる。日本だけでなく、海外からも同じような反響が集まっている。

海外もみっくみく: 「初音ミク:ODDS & ENDS」への海外の反応http://afiguchi.seesaa.net/article/289331176.html

【世界をつなげる声】初音ミクの新曲『ODDS&ENDS』が最高すぎて世界中のファンが大感動!! ロシア人「ミクは魂を持っている」
http://rocketnews24.com/2012/08/17/241343/

【動画に寄せられていた日本ユーザーのコメント】
「泣いた。感動した。もう手が震えててあまりコメントも打てないくらい感動した」

「ミクは世界を繋げてくれる。僕も頑張ります」

「感動した。生まれて初めて曲を聴いて泣きました。こんなに感動させてくれた曲に出会えて、本当に『生まれてきて良かった』と思った」

「一般人が見たら 『こんなのただの映像じゃん(笑)』 ってなるけど、私達がその映像に叫び、コールを送ることでミクさんはそこにいる!ってなる。何が言いたいかって? ミクさんは私たちの『好き』が詰まって、汗と涙、いろんなものの結晶つまり天使なんだよ!」

【動画に寄せられていた海外ユーザーのコメント】

「オーマイガー、自分泣いてる。これは本当に素晴らしい」(アメリカ)

「ロボットが宙に浮くシーンは、僕たちがボーカロイドのハートであり、そしてこの革命の一部であることを示しているんだと思う」(シンガポール)

(上記記事より抜粋)


何故、国境を超え、これだけ沢山の人たちが涙を流しているのか。それはきっと、最初に書いた「これは自分の歌なんじゃないか」という、魂を揺さぶられるような共感の磁場を、この曲が作り上げているからだと僕は思う。

そういう磁場を作り上げた曲を、僕は一つ知っている。およそ20年前のこと。

レディオヘッドの“CREEP”が、シングルとしてリリースされたのは1992年のことだ。まだデビューしたばかり、まったくの無名のロックバンドだった彼らは、まず本国イギリスよりも先にアメリカで火がついた。当時の映像が、YouTubeにある。

(トム・ヨーク、若い……)

この曲が予想以上のヒットを収めたことがバンドにとっては重荷となり、その後『OKコンピューター』『キッドA』から『イン・レインボウズ』へ、レディオヘッドは独自の思索と音楽性をどんどん深めていくことになるわけだけれど、それはここでは別の話。“CREEP”が、何故90年代初頭のアメリカのティーンの心を射抜いたか。それは、やはりそこに「あらかじめ疎外された者たち」の自意識が鮮やかに描かれていたからだ、と思う。

When you were here before
Couldn't look you in the eye
You're just like an angel
Your skin makes me cry
You float like a feather
In a beautiful world
I wish I was special
You're so fucking special

But I'm a creep
I'm a weirdo
What the hell am I doing here
I don't belong here

君がここにいた時
君の目を見つめるなんて出来なかった
君はまるで天使のようで
その肌に触れるだけで涙が出るくらい
君は羽のように舞っているのさ
美しい世界で
僕もそんな風に特別になりたいんだ
君はほんとうに特別な存在なんだ

だけど僕はつまらない奴なんだ
君とは違うおかしな野郎なんだ
こんなところで一体何をしてるんだろう
ここは僕の居場所じゃないのに


これが、レディオヘッド”CREEP”の歌詞。

そして、20年後の日本。“ODDS & ENDS”の歌詞が、以下だ。

いつもどおり君は嫌われ者だ
なんにもせずとも遠ざけられて
努力をしてみるけど
その理由なんて「なんとなく?」で
君は途方に暮れて悲しんでた

ならあたしの声を使えばいいよ
人によって理解不能で
なんて耳障り、ひどい声だって
言われるけど

きっと君の力になれる
だからあたしを歌わせてみて
そう君の 君だけの言葉でさ

もちろん、時代も国もカルチャーも違う。二つの曲を単純に並べてしまうことに違和感を持つ人もいるかもしれない。でも、「思わず泣いてしまった」とか「なんでだか涙が止まらない」みたいなコメントが国境を超えて集まっている状況を前にすると、僕にはまるで、二つの曲が時代を超えて呼応しあっているように思える。

「You're just like an angel」と「ミクさんマジ天使」、みたいなね。

そう考えると、この二つの曲のタイトルの意味も、とても示唆的だ。

“CREEP”は「蛆虫」。“ODDS & ENDS”は「ガラクタ、半端者」。


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