日々の音色とことば

usual tones and words

BABYMETALと「第3次ブリティッシュ・インヴェイジョン」の時代

今日はBABYMETALの話。ニューアルバムの『METAL RESISTANCE』がいよいよすごいことになってきている。

 

【早期購入特典あり】METAL RESISTANCE(EU盤)(防水カラーステッカー Toy's Factory 輸入盤ver.)

 

聴いた瞬間「名盤!」と直感するクオリティだったけれど、おそらく今年を代表する一枚になると思います。今出てる『ミュージック・マガジン』にはここに至るまでの道程を解説した原稿を書きました。

 

ミュージックマガジン 2016年 04 月号

ミュージックマガジン 2016年 04 月号

 

 

が、ここで書くのはそこからの話。

 

www.asahi.com

 

ニュースにもなっていた。アメリカのビルボード・アルバム・チャートで39位。ハード・ロック部門では2位、ロック部門では5位になっている。日本人アーティストがトップ40位以内に入ったのは「坂本九以来の快挙」だという。

 

各国チャートの結果はこんな感じ。

 

日本:2位
アメリカ:39位
イギリス:15位
ドイツ:36位
フランス:145位
オーストラリア:7位

 

各国で着実に広まりつつある。

 

■イギリスがBABYMETALの「第2の故郷」となった理由

 

ただ、ここで改めてちゃんと指摘しておきたいのは、BABYMETALの巻き起こしている現象は、他の日本人アーティストの海外進出とはちょっとタイプが違う、ということ。何が違うかと言うと、現地のJ-POPや日本のポップカルチャーのファンというよりも、むしろコアなメタルファンが盛り上がっているのです。そして、イギリスという国がその発火点になっている。

 

1万2千人を集めたロンドンのウェンブリー・アリーナの現地レポを書かれた方(行きたかった!)もこう書いている。

日本人のバンドが海外公演を行う時、現地の日本人コミュニティや日本文化好きの現地人が主な観客となることが多いと思っていたが、BABYMETALにはそれは該当しない。

会場内には日本人もいたが、ほとんどは普通の現地人だった。BABYMETALは一バンドとして着実に英国で浸透している。 

 

sauce3.hatenablog.com

 

BABYMETALにとって、ロンドンは特別な場所なのです。特にここ最近では、グループの物語の新しい扉を開く場所は、いつもロンドンになっている。今回のアルバムの1曲目「Road of Resistance」も、O2ブリクストン・アカデミー・ロンドンのワンマンライブで初披露された曲だった。

 

www.youtube.com

 

当然、現地のファンもそれを知っている。ウェンブリー・アリーナの熱狂はその成果だと思う。

 

僕が担当したビルボード・ジャパンのインタビューでも「イギリスは第2の故郷」と語っていた。

 

SU-METAL:私たちは今、イギリスを“第2の故郷”と呼んでいるんですけれど。それくらい大きな存在だと思っています。イギリスのファンの方はすごくあたたかいんですよ。2年前の【Sonisphere Festival UK】というフェスも私たちにとってすごく大きなターニングポイントになったし、その後にも、きっかけを与えてくれる場所になっているんですよね。イギリスのファンの方が私たちの心を強くしてくれる気がします。

 

www.billboard-japan.com

 

SU−METALが言うとおり、2014年の「ソニスフィア・フェスティバル」出演は大きなきっかけになった。メタリカがヘッドライナーをつとめる世界最大級のメタルフェスで6万人を前に圧倒的なパフォーマンスを見せたことで、状況が大きく変わった。

 

プロデューサーのKOBAMETAL氏は「音楽主義」掲載のインタビューで、当時のことをこんな風に振り返っている。

 

いやー、本当に僕も人生初ぐらいの衝撃で。最初はセカンドステージで別の日だったんですけど、問い合わせがすごく来たらしくて。それでメインステージのほうに変更してくれたんですけど、僕らも最初、これ大丈夫ですかね?っていってて。(中略)セッティングしてるときは全然人がいなかったんですけど、1曲目が始まったらぞろぞろ集まってきて、気がついたら全部埋まってて。びっくりしましたね。主催の人もいってましたけど、BABYMETALは実質2番目で、昼の12時からこんなに埋まってるのは初めてだって。その年のソニスフィアのベストアクトのトップ10にも選ばれて。いや、あれは本当びっくりでした。

http://www.nexus-web.net/ongakusyugi/pdf/068.pdf

 

そして翌年。BABYMETALは40年以上の歴史がある都市型ロックフェス「レディング&リーズ・フェスティバル」に出演する。『別冊カドカワ Direct』のインタビューでSU−METALがその体験を「久しぶりのアウェイなフェス」と語っていたのが印象的だった。

 

「フェスって、やっぱり最初はアウェイなんですよ。去年にレディング&リーズ・フェスティバルに出させていただいたときに、それをすごく感じたんです。他のフェスはそうでもなかったんですけれど、レディング&リーズ(・フェスティバル)は、久しぶりのアウェイなフェスでした。しかもトップバッターだったので、最初はあんまりお客さんもいないし、そのお客さんも本当にポカーンとした顔をしていて。みんなが『この子たち、誰だろう?』って思ってるような状態からライヴが始まったんです。でも、曲を披露していくうちに、だんだんその様子が変わっていった。特に海外のお客さんは反応がすごくリアルなので、その場のリアルタイムで『あ、この人は私たちのことをおもしろいと思ってくれたんだな』っていうことが表情でわかるんですよ。そのときのステージは30分くらいだったので5曲くらいしかできなかったんですけれど、でもそのなかで、ちゃんと会場のお客さんにBABYMETALの魅力を伝えることができたのを実感しました。私たちのことを初めて観るような人にもちゃんと影響を与えられる存在なんだって、フェスに出るたびに実感します」

 

別冊カドカワ DirecT04 BABYMETAL (カドカワムック)

別冊カドカワ DirecT04 BABYMETAL (カドカワムック)

 

 

 でもこれって、逆に言うと、もはや2015年時点で、ほとんどのフェスでBABYMETALはすでに“ホーム”の状況を作り上げていたと言えるわけで。SU−METALが語っているとおりに、たった30分のステージで、未見の人をがっつりとファンに変えていった成果を積み重ねてきたわけだ。

 

そうやってフェスの現場で見せたパフォーマンスの説得力で、その地のメタルファンをノックアウトしてきた。それが、BABYMETALにとってのイギリスが「第2の故郷」になった理由だと思う。

 

■ソーシャルメディアの発信力とMOAMETALの功績

 

ちなみに。BABYMETALのフェス出演の際には、バックステージでの写真撮影が恒例になっている。メタリカ、ジューダス・プリースト、スレイヤー、アンスラックスなどなど、そうそうたるミュージシャンとの記念撮影が行われる。それがSNSで発信される。これもBABYMETALが海外のメタルファンに伝わっていった一つの経路になっている。

 

natalie.mu

 

ソーシャルメディアを通して人気に火がついて活動範囲が広がっているというのは所属事務所アミューズの担当者も語っていること。

 

特にPerfumeやBABYMETALの場合、ソーシャルメディアで人気に火が付いているのが特徴ですね。また、彼女達のYouTube公式チャンネルでコメントや反応を見てみたら、米国や欧州でも人気があるということが見えてきましたので、実際に現地でライブを開催しました。BABYMETALはまさにそんな形で活動範囲が広がっています。

 

equitystory.jp

 

ちなみに、こういう時、海外のスタッフやメンバーにも物怖じせずに話しかける役割を担うのが、3人の中で最も人懐っこい性格のMOAMETALだとか。

 

前出の『別冊カドカワ Direct』のインタビューではこんなやり取りもある。

 

SU−METAL「MOAMETALは、結構人懐っこいんですよ。スタッフさんや、初めて会う人にも、まずMOAMETALが気軽に話しかける。その後で私たちが話しかけることが多いんです。そういう意味では、すごく助かっています。あと、MOAMETALはムードメーカーで、いつも明るくて――」
MOAMETAL「見るなー(笑)」
SU−METAL「ふふふ(笑)。私たちがいつも明るくいられるのはMOAMETALのおかげなのかなと思うし。あとライヴ中にもときどき変顔をしてきたりとかもするんですよ(笑)。そういう風に、MOAMETALといると楽しくなれるんです。あと、すごく人を見てるところもある。だからちょっとした変化にすぐ気づくタイプです。誰かがちょっとツラそうにしてるときに、それをいち早く感じ取ってくれるようなところもあります」

 

さらにMOAMETALいわく、メタル界の大物はみんな優しくて、自分たちをあたたかく受け入れてくれるとか。

 

MOAMETAL:実は、相手のみなさんの方から「一緒に写真を撮ろうよ」って言ってくださることが多いんですよ。たぶん、海外の人から見たら、日本人の女の子って小さく見えるじゃないですか。だから、私たちなんて子供みたいに思ってるんだろうなって思うんですけど(笑)。ジューダス・プリーストの楽屋に行ったときもロブ・ハルフォードさんが「待ってたよ」って言ってくださったり。メタリカのカーク・ハメットさんにも何度もお会いしてるんですけど、すごく優しいんですよ。嫌な顔をする方は誰もいなくて、あたたかく受け入れてくれる。それがすごく嬉しいですね。

 

BABYMETAL インタビュー | Special | Billboard JAPAN

 

そういうわけで、BABYMETALは「第2の故郷」イギリスを発火点に、フェスの現場とソーシャルメディアの伝播力で人気を拡大していったのだ、という話でした。

 

■アデルとサム・スミスとBABYMETAL

 

で、ここからはもうちょっとグローバルな音楽シーン全体を俯瞰で見渡した話。ポップ・ミュージックの歴史の縦軸と横軸を考えると、どうやら、2010年代は「第3次ブリティッシュ・インヴェイジョンの時代」と位置付けられるであろうことがほぼ確実で、BABYMETALの人気もそこにからめて語ることができるんじゃないの?という見立ての話です。

 

まず「ブリティッシュ・インヴェイジョン」(=イギリスの侵略)とは何か。イギリス出身のアーティストがアメリカに上陸し世界中でヒットを放ってブームを巻き起こしたという現象のこと。詳しくはウィキペディアを参照。

 

ブリティッシュ・インヴェイジョン - Wikipedia

 

最初にその言葉が生まれたのは1960年代のこと。代表はビートルズとローリング・ストーンズ。ザ・フーやキンクスも同時代。これらのアーティストが世界中を席巻してロックの時代を形作る。

 

そして80年代前半。ニューウェイヴの旋風が巻き起こり、デュラン・デュランやカルチャー・クラブなどのバンドがアメリカで巻き起こしたブームが「第2次ブリティッシュ・インヴェイジョン」と称されるようになる。

 

そして現在。2010年代の「第3次ブリティッシュ・インヴェイジョン」の主役は間違いなくアデルだ。

 

昨年11月にリリースされた3枚目のアルバム『25』はアメリカの初週セールスで史上最高の338万枚を記録した。リリースから半年近く経った今もチャート上位に君臨し記録的なヒットとなっている。

 

そしてここ数年も、サム・スミスやエド・シーランなど、イギリス発のソウルフルな歌を聴かせるタイプのアーティストが世界的な成功をおさめる例が続いている。

 

デビュー前からアデルやサム・スミスをいち早くフックアップしたBBCの新人賞「BBC Sound of 〜」や「Brit Award」の批評家賞が注目を集めるようになり、今年はその二つをダブル受賞したジャック・ガラットがそれに続くと言われている。

 

www.youtube.com

 

この曲とかめちゃ素晴らしいです。歌声の情感と卓越したサウンドセンスの両方を持っている。ピアノやギターやドラムなどの演奏を一人でこなすマルチプレイヤーらしく、ライブも素晴らしいとか。フジロックでの来日がとても楽しみ。


ちょっと脇道にそれたので、話を戻すと。

 

デュラン・デュランやカルチャー・クラブやハワード・ジョーンズが「第2次ブリティッシュ・インヴェイジョン」を巻き起こしていた80年代初頭、メタルの世界には何が起こっていたのか。やっぱりそこにあったのはイギリス発の世界的なムーブメントだったわけなのです。

 

それが「NWOBHM(=ニューウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル)」。代表的なアーティストは80年にデビューアルバムをリリースしたアイアン・メイデン。その数年前にデビューしたジューダス・プリーストと共に彼らがHR/HM(ハード・ロック/ヘヴィ・メタル)の新たなムーブメントを巻き起こす。

 

メタルというのは良くも悪くも閉じたジャンルなのでこの同時代性が語られることはあまりないのだけれど、「第2次ブリティッシュ・インヴェイジョン」と「NWOBHM」の間には当然、関連性がある。そのネーミングの由来自体が、ポスト・パンク〜ニューウェイヴの時代だった70年代後半から80年代にかけての音楽シーンの動きに呼応したものだ。

 

で、そのことを踏まえて、今BABYMETALが巻き起こしている現象を考えると、とても面白い状況を見立てることができるのです。

 

アイアン・メイデンやジューダス・プリーストが変わらずトップに君臨しているメタルの世界において、BABYMETALの存在は明らかに新しい波(=ニューウェイヴ)。イギリスを「第2の故郷」という日本の10代の女の子3人が、その現象を世界中に広げている。

 

ということは、アデルやサム・スミスが世界中の音楽シーンを牽引する「第3次ブリティッシュ・インヴェイジョン」の時代において、BABYMETALが起こしているのは、やはりイギリスを発信源にした「NWOJHM」(ニューウェイヴ・オブ・ジャパニーズ・ヘヴィ・メタル)のムーブメントなのではないかと思うわけです。

 

そう考えるとなかなかワクワクする話ですね。


ちなみに。

 

80年代初頭のNWOBHMを象徴するロックフェス「モンスターズ・オブ・ロック」の第1回が行われたのはロンドン近郊のドニントン・パーク。その後も数々のフェスが行われ、この地はいわば「メタルフェスの聖地」となっている。

 

で、同地で開催された2002年の「オズフェスト」で、メインステージにアジア勢初のバンドとして出演したのがザ・マッド・カプセル・マーケッツ。2005年には同じくドニントンパークで行われた「ダウンロード・フェスティバル」にも出演している。

 

そのメンバーだった上田剛士(現AA=)が手掛けた曲が、BABYMETALのブレイクのきっかけになった「ギミチョコ!!」。先日、ウェンブリー・アリーナでの1万2千人の熱狂の直後に米CBSの人気番組『ザ・レイト・ショー』への初出演を果たした彼女たちが披露したのもこの曲だった。

 

www.youtube.com

 

『METAL RESISTANCE』に収録された上田剛士作曲の「あわだまフィーバー」も、THE MAD CAPSULE MARKETSの名曲「MIDI SURF」をアップデートしたようなナンバー。聴き比べてみるといろいろ腑に落ちるんじゃないかと思います。


The Mad Capsule Markets - MIDI SURF 

itun.es

BABYMETAL - あわだまフィーバー 

itun.es

 

というわけで。9月のワールドツアー最終日、東京ドーム凱旋公演も、とっても楽しみにしております。

lyrical school「RUN and RUN」の縦型MVは何が革新的だったのか

f:id:shiba-710:20160406231448p:plain

 

今日の話は、lyrical schoolのメジャーデビュー曲「RUN and RUN」のミュージック・ビデオについて。スマートフォンでの再生を前提に「再生するとスマホがジャックされる」というギミックを込めた映像。こいつが素晴らしい。

 

というわけで、まずは動画を。

 

vimeo.com

 

最高ですね。これがSNSでぶわーっと拡散されて、ハフィントン・ポストとかKAI-YOUでも紹介されて、話題を呼んでいる。

 

www.huffingtonpost.jp

  

kai-you.net

 

アイドルファンとか、彼女たちの名前を知らない人にも届いてる。海外の有名動画メディア「The Verge」にも紹介されて、あっという間に国境を超えてしまった。

 

www.theverge.com

 

いろんな紆余曲折があったグループだけど、メジャーデビューのタイミングでこれだけの反響を巻き起こしたのは、ほんとアイディアの勝利、クリエイティブの勝利だな、と思う。

 

■「スマホ向けMV」だから革新的なわけじゃない

 

ただし。ここで指摘しておきたいのは、この動画が新しいのは、単に「スマホ向けMV」だからじゃない、ということ。

 

sirabee.com

 

「斬新」とか「革新的」と言われてるけど、先例は沢山ある。

 

たとえば、秦 基博『聖なる夜の贈り物』のMV。こちらは昨年12月にC CHANNELで公開された。

 

www.cchan.tv

 

倖田來未の「On And On」もスマホ向けのタテ型動画になっている。こちらは今年1月の公開。

 

www.youtube.com

 

自撮りっぽいアングルが多用されているのは、FaceTimeやSkypeっぽい演出と言える。手の中で映像や写真を見るというスマホのアーキテクチャを活かしたものだと思う。

 

(横向きだけど)「スマホのUIを模する」というアイディアも、KOHHの「Fuck Swag (REMIX) feat. ANARCHY, 般若」で、すでに披露されている。これは2014年10月の公開。

 

www.youtube.com

 

また、ケイティー・ペリーの「Roar」のリリック・ビデオでは、歌詞がメッセージアプリ「What's Up」上の会話のように表示される。これは2013年。

 

www.youtube.com

 

LINEのトーク画面を模したMVもある。たとえば、女性シンガーソングライター、あいみょんのデビュー曲「貴方解剖純愛歌 〜死ね〜」がそう。

 

www.youtube.com

 

 

■スマホはコンテンツへの没入を疎外する

 

「スマホ向けMV」に関しては、タテ型にしても、スマホUIを模した仕掛けにしても、先例が沢山あるわけなのである。では、今回リリスクの「RUN and RUN」のミュージックビデオは何が新しかったのか。何がバズに繋がったアイディアのクリティカルな部分だったのか。

 

それも、先行例とくらべるとわかってくる。というか、以下の記事がその先行事例を「没入型コンテンツ」とまとめていたので、「なるほど、そういうことか」とわかった感じ。

 

リスクの縦型ミュージックビデオで盛り上がる”没入型”コンテンツ

https://thebigparade.themedia.jp/posts/694671

 

秦基博や倖田來未などのMVになくて、リリスクのビデオにあるもの。それはインタラプト(割り込み)。画面上部にアプリ通知が出てきて、それをきっかけにどんどん別のアプリに移り変わっていく。いちいちiPhoneのホーム画面に戻ったりもする。そのアイディアをもとにした演出が、縦型ミュージック・ビデオを「没入型コンテンツ」として制作している他の動画との違いになっている。

 

スマートフォンで何かのコンテンツを見ているときは、それが機上でもないかぎり「没入」は難しい。映像を見ているときも、文章を呼んでいるときも、SNSやチャットアプリで誰かとコミュニケーションをとっているときもそう。別のアプリの通知によって、集中は常に疎外される。そういうアーキテクチャへの批評性がフックになっている。

 

つまり、これ、「スマホあるある」なわけである。

 

ネットからの情報収集が主になると、情報を右から左にさばく能力は発達するが、その一方で集中力は持続しなくなる。長文の読解能力が衰え、ものごとを深く考えることができなくなる。そう指摘したのはニコラス・G・カーだった。

 

ネット・バカ インターネットがわたしたちの脳にしていること

ネット・バカ インターネットがわたしたちの脳にしていること

 

 これは2010年の本なので、もう6年前の話。『ネット・バカ』というタイトルよりも、原題の『The Shallows』(浅瀬)という言葉の方が内容を象徴している。つまり、あふれかえる情報を処理するために思考や記憶が浅瀬にとどまり、深く沈潜することをやめてしまう傾向が生まれてきている、という話。

 

この本が出て数年が経過して、いよいよその傾向は加速している。スマートフォンを日常的に使っている以上、そこからはなかなか逃れられない。

 

どうやってコンテンツに「没入」させるか。それはスマートフォンの次の時代を見据えての、これから先の課題。

 

まあ、何はともあれ、そういう面倒くさいことをいろいろ考えなくても、楽しそうに歌って踊ってラップしてるリリスクの6人観てるだけで幸せですよね。

停滞をどう生きるかーー堀江貴文『君はどこにでも行ける』書評

君はどこにでも行ける

 

堀江貴文の新刊『君はどこにでも行ける』を読んだ。

 

とてもおもしろかった。ところどころで食い足りないところ、同意できないなあと思うところはあるけれど、ひとつの考え方として参考になる部分は沢山ある。

 

激変する世界、激安になる日本。
出所から2年半、世界28カ国58都市を訪れて、ホリエモンが考えた仕事論、人生論、国家論。

観光バスで銀座の街に乗り付け、〝爆買い〟する中国人観光客を横目で見た時、僕たちが感じる寂しさの正体は何だろう。アジア諸国の発展の中で、気づけば日本はいつの間にか「安い」国になってしまった。
日本人がアドバンテージをなくしていく中、どう生きるか、どう未来を描いていくべきか。刑務所出所後、世界中を巡りながら、改めて考える日本と日本人のこれから。
装画はヤマザキマリ。

〈目次〉
はじめに 世界は変わる、日本も変わる、君はどうする
1章 日本はいまどれくらい「安く」なってしまったのか
2章 堀江貴文が気づいた世界地図の変化〈アジア 編〉
3章 堀江貴文が気づいた世界地図の変化〈欧米その他 編〉
4章 それでも東京は世界最高レベルの都市である
5章 国境は君の中にある
特別章 ヤマザキマリ×堀江貴文[対談] 無職でお気楽なイタリア人も、ブラック労働で 辛い日本人も、みんなどこにでも行ける件
おわりに

 

 

上記が出版社の内容紹介。

 

ただ「世界中を巡りながら、改めて考える日本と日本人のこれから」ーーとは言っても、アジアやヨーロッパなど各国を旅した旅行記にあたる第2章と第3章あたりの部分は軽いエッセイみたいな内容で、あの国は女の子がかわいいとか、メシが美味いとか、富裕層向けのサービスがすごいとか、景気がいいとか悪いとか、そういうことが主に書いてある。

 

で、第1章と第4章と第5章は、めざましく経済が発展するアジア諸国を脇目にいつのまにか「安い」国になってしまった日本と、そこで暮らす人々の展望について書いてある。

 

もともとはアイドル誌の連載をもとに加筆して再構成したということで、社会批評かと思ったら旅エッセイが始まって、最終的には自己啓発に辿り着く、不思議なテイストの読み応えになっている。

 

ただ、それでもブレを感じないのは基本的にこの人の考え方とモノの見方にひとつの軸が通っているからだよなあ、とも思う。

 

■どうすれば「排外」に染まらずにいられるか

 

で、おもしろいと思ったのは、この本にある「成長」とか「衰退」をめぐるスタンス。

 

「はじめに」で、平田オリザさんがポリタスに寄稿した「三つの寂しさと向き合う」という論考が引用されている。

 

私たちはおそらく、いま、先を急ぐのではなく、ここに踏みとどまって、三つの種類の寂しさを、がっきと受け止め、受け入れなければならないのだと私は思っています。


一つは、日本は、もはや工業立国ではないということ。 


もう一つは、もはや、この国は、成長はせず、長い後退戦を戦っていかなければならないのだということ。 


そして最後の一つは、日本という国は、もはやアジア唯一の先進国ではないということ。
(中略)
私たちはこれから、「成熟」と呼べば聞こえはいいけれど、成長の止まった、長く緩やかな衰退の時間に耐えなければなりません。

  

こう書く平田オリザさんに対して、堀江貴文さんは、こう返す。

 

 なるほどと思った。グローバリズムが台頭するなか、日本人が向き合うべき問題が、ここに集約されている。

 でも、実は、これは暗い話ではないと思う。僕はこの事態をまったく悲観していない。一度、思い込みを取り払って考えよう。

 確かに経済の衰退は痛みを伴うことだろう。しかし、少子高齢化を迎えた国家が、経済力を失うのは、必然と言っていい。かつてヨーロッパは、日本より早く近代化し、その後、経済的に没落した。

 まだなにかを諦めるほど、日本は貧しくない。過去に築いたインフラや文化資本の蓄積もある。日本の経済力は衰えても、世界規模で見ても珍しいほど好条件が揃っている。

 下り坂には下り坂のいいところがある。円安は是か非か。外国人観光客が増えることは是か非か。外国企業に買収されることは是か非か。 


 衰退の“寂しさ”に流されず、冷静に状況を観察したらいいだけのことだ。しかも、日本は驀進する中国の隣にいて、チャイナマネーを呼び込める地の利がある。

 

一見すると対立する物言いのように見えて、実は根っこの部分では共通したところがある。

 

それは何かと言うと、「長期停滞の時代をどう生きるか」という話。で、これはたぶん、日本だけじゃなくてアメリカもヨーロッパ各国も向き合わざるを得ない問題だよね、と思う。

 

新興国が台頭して、地球全体での富の平準化が進む。かつて先進国にもたらされた人口ボーナスによる高度成長の時代は再び戻らない。その結果として中産階級の解体が進む。移民の流入は増え、富裕層は富を蓄え、国内の格差は拡大する。

 

さて、どうするか。

 

わかりやすい兆候として表れるのは排外的な動きだと思う。アメリカのティーパーティーやトランプ現象も、フランスの国民戦線の拡大も、日本で起こっていることも、どこか共通している。「あいつらを叩きだせ」。

 

けれど、できれば憎しみで連帯したくない。

 

そうする人たちがいる、というのはわかる。これまで不利益を被っていたマイノリティー層が機会を得るというのは社会に多様性をもたらすけれど、それは同時に「すでに椅子に座っていた人」や「その椅子は自分のものだと思ってた人」にとっては舌打ちしたくなるようなことではある、とも思う。あと、社会の多様性それ自体を心の底では望んでいない人たちも沢山いるんだろうなあ、とも思う。同質性の高い集団で心地よく伸び伸びと暮らし、いわゆるカッコつきの「協調性」(日本の特に教育現場ではこの言葉と同調性を混用している人が本当に多い)を育んできた人ほど、異質な他者への攻撃性を持っていたりする。

 

でもまあ、普通に考えて排外主義というのは格好わるいよね、とは思う。

 

で、話を戻すと、平田オリザさんの「三つの寂しさと向き合う」も、堀江貴文さんの『君はどこにでも行ける』も、そうやって閉塞感が強まる中で排外的な風潮が社会の大勢を握るのはヤバいよね、ということで、そうならないための処方箋としての文章を書いているように思う。

 

というか、それがそのままタイトルに表れている。

 

平田オリザさんは「寂しさを受け入れ、長く緩やかな衰退の時間に耐えなければなりません」と言う。一方、堀江貴文さんは「頭のなかの国境を消そう。そうすれば、君はどこにでも行ける」と言う。

 

対極的な二つの解。つまり停滞をどう生きるかという問いに、身をすくめよと答えるのが平田オリザさんで、そこがイヤなら別の場所に行けばいいじゃん?と答えるのが堀江貴文さん、という風に受け取れる。この二つだったら、個人的には後者の考え方のほうが風通しがよくて好きかな。

 

■物好きであるということ
 

あとはもう一つ 、「停滞をどう生きるか」という問いに対する解として、「物好きであれ」というのもある、と思っている。本書の中でもちょっとそれは示唆されている。

 

「物好き」とはどういうことだろう。

 

ニシキゴイの文化は江戸時代後期に生まれた。始まりは越後の奇特な人たちの趣味だったという。

 

日本人は昔からコイを飼ってきた。(中略)たまに黒くないコイが生まれると、食べずに捨てた。それを「百数十年前の江戸時代、この地域の物好きな人たちが観賞用として育て始めた」と、東京大学東洋文化研究所の菅豊教授はニシキゴイの始まりを説明する。

 

www.nikkei.com

 

僕はわりとこのエピソードが好きで、江戸時代いいな、と思ってしまう。物好きな人は、それまで価値がないと思われていることに血道をあげたりする。微細な差異に情熱を燃やす。

 

で、アイドルやアニメやお笑いや音楽など、日本のサブカルチャーの中で目立つものがどうもそっち側に向かっているような気がする。『おそ松さん』に江戸化を感じたりする。

 

でもまあ、この話はまたどこかでいずれ。

 

 

 

君はどこにでも行ける

君はどこにでも行ける