日々の音色とことば

usual tones and words

アノーニ『ホープレスネス』が告発する「新しい戦争」

ホープレスネス

 

アノーニのアルバム『ホープレスネス』を聴いた。久しぶりに、身震いするような感覚を得る一枚。素晴らしい。

itun.es

 

まずはサウンド。ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーとハドソン・モホークがプロデュースしている。つまりは今のエレクトロニック・ミュージックの最先鋭を支える才能がタッグを組んだわけで、そりゃすごくないわけがない。ヒリヒリするような緊迫感と不思議なカタルシスが同居するような音が鳴っている。


そして歌声。すごく深くて、どこかスピリチュアルな崇高さを持った声の響きに心を揺らされる。ジェイムス・ブレイクとか、ボン・イヴェールとか、そのあたりの人たちに近い感触。

 

「アノーニ」というのはアントニー・アンド・ザ・ジョンソンズとして活動してきたアントニー・ヘガティの新しい名前で、その中性的な響きはトランスジェンダーであることを公言している彼女のアイデンティと密接に結びついている。そういうバックグラウンドとも関係しているような気もする。


歌われていることのテーマもかなり刺激的。


リード曲「Drone Bomb Me」は、曲名通りドローン爆撃による悲劇を、被害者の目線からありありと描くリリックが歌う。

 

私の上にドローン爆弾を落として
山の向こうに吹き飛ばしてほしい
山の向こうの海の中へ
私をこの山腹から吹き飛ばして
頭をこっぱみじんにして
ガラスの内臓を爆破して
血まみれの私を草の上に横たえてほしいの

私の目がきらっとしてるのが見えるでしょう
私は死にたいんだと思う
あなたの目に留まりたいの 

 

 

しかしアルバム後半の「Crisis」で、同じ悲劇を今度は加害者の側から描く。

 

 クライシス

もし私があなたの父親を
ドローン爆弾で殺したら
あなたはどう思う?

 

 

「4 Degrees」は気候変動に対しての歌。これも加害者の視点だ。

 

私は見たい
この世界が煮えるさまを
気温が4度上がるだけでしょう

犬が水を欲しがって吠えるのを聞きたい
魚が腹を見せて海に浮かぶのを見たい
キツネザルやああいう小さな生き物たちが
灼けて死んでいくのを見たいの

たった4度上がるだけ!

 


ANOHNI - 4 DEGREES (Official Preview)


で、最後の「Hopelessness」から「Marrow」では、この絶望的な状況に、結局、一人のアメリカ人である自分自身も少しずつ加担しているという嘆きを歌う。


まさに「ホープレスネス」。気が滅入るような現実を歌い上げている。だけど、音楽の美しさと、彼女の歌声の響きがそれを浄化している。

 

今の時代の一番新しい形のブルーズだと思う。

BABYMETALと「第3次ブリティッシュ・インヴェイジョン」の時代

今日はBABYMETALの話。ニューアルバムの『METAL RESISTANCE』がいよいよすごいことになってきている。

 

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聴いた瞬間「名盤!」と直感するクオリティだったけれど、おそらく今年を代表する一枚になると思います。今出てる『ミュージック・マガジン』にはここに至るまでの道程を解説した原稿を書きました。

 

ミュージックマガジン 2016年 04 月号

ミュージックマガジン 2016年 04 月号

 

 

が、ここで書くのはそこからの話。

 

www.asahi.com

 

ニュースにもなっていた。アメリカのビルボード・アルバム・チャートで39位。ハード・ロック部門では2位、ロック部門では5位になっている。日本人アーティストがトップ40位以内に入ったのは「坂本九以来の快挙」だという。

 

各国チャートの結果はこんな感じ。

 

日本:2位
アメリカ:39位
イギリス:15位
ドイツ:36位
フランス:145位
オーストラリア:7位

 

各国で着実に広まりつつある。

 

■イギリスがBABYMETALの「第2の故郷」となった理由

 

ただ、ここで改めてちゃんと指摘しておきたいのは、BABYMETALの巻き起こしている現象は、他の日本人アーティストの海外進出とはちょっとタイプが違う、ということ。何が違うかと言うと、現地のJ-POPや日本のポップカルチャーのファンというよりも、むしろコアなメタルファンが盛り上がっているのです。そして、イギリスという国がその発火点になっている。

 

1万2千人を集めたロンドンのウェンブリー・アリーナの現地レポを書かれた方(行きたかった!)もこう書いている。

日本人のバンドが海外公演を行う時、現地の日本人コミュニティや日本文化好きの現地人が主な観客となることが多いと思っていたが、BABYMETALにはそれは該当しない。

会場内には日本人もいたが、ほとんどは普通の現地人だった。BABYMETALは一バンドとして着実に英国で浸透している。 

 

sauce3.hatenablog.com

 

BABYMETALにとって、ロンドンは特別な場所なのです。特にここ最近では、グループの物語の新しい扉を開く場所は、いつもロンドンになっている。今回のアルバムの1曲目「Road of Resistance」も、O2ブリクストン・アカデミー・ロンドンのワンマンライブで初披露された曲だった。

 

www.youtube.com

 

当然、現地のファンもそれを知っている。ウェンブリー・アリーナの熱狂はその成果だと思う。

 

僕が担当したビルボード・ジャパンのインタビューでも「イギリスは第2の故郷」と語っていた。

 

SU-METAL:私たちは今、イギリスを“第2の故郷”と呼んでいるんですけれど。それくらい大きな存在だと思っています。イギリスのファンの方はすごくあたたかいんですよ。2年前の【Sonisphere Festival UK】というフェスも私たちにとってすごく大きなターニングポイントになったし、その後にも、きっかけを与えてくれる場所になっているんですよね。イギリスのファンの方が私たちの心を強くしてくれる気がします。

 

www.billboard-japan.com

 

SU−METALが言うとおり、2014年の「ソニスフィア・フェスティバル」出演は大きなきっかけになった。メタリカがヘッドライナーをつとめる世界最大級のメタルフェスで6万人を前に圧倒的なパフォーマンスを見せたことで、状況が大きく変わった。

 

プロデューサーのKOBAMETAL氏は「音楽主義」掲載のインタビューで、当時のことをこんな風に振り返っている。

 

いやー、本当に僕も人生初ぐらいの衝撃で。最初はセカンドステージで別の日だったんですけど、問い合わせがすごく来たらしくて。それでメインステージのほうに変更してくれたんですけど、僕らも最初、これ大丈夫ですかね?っていってて。(中略)セッティングしてるときは全然人がいなかったんですけど、1曲目が始まったらぞろぞろ集まってきて、気がついたら全部埋まってて。びっくりしましたね。主催の人もいってましたけど、BABYMETALは実質2番目で、昼の12時からこんなに埋まってるのは初めてだって。その年のソニスフィアのベストアクトのトップ10にも選ばれて。いや、あれは本当びっくりでした。

http://www.nexus-web.net/ongakusyugi/pdf/068.pdf

 

そして翌年。BABYMETALは40年以上の歴史がある都市型ロックフェス「レディング&リーズ・フェスティバル」に出演する。『別冊カドカワ Direct』のインタビューでSU−METALがその体験を「久しぶりのアウェイなフェス」と語っていたのが印象的だった。

 

「フェスって、やっぱり最初はアウェイなんですよ。去年にレディング&リーズ・フェスティバルに出させていただいたときに、それをすごく感じたんです。他のフェスはそうでもなかったんですけれど、レディング&リーズ(・フェスティバル)は、久しぶりのアウェイなフェスでした。しかもトップバッターだったので、最初はあんまりお客さんもいないし、そのお客さんも本当にポカーンとした顔をしていて。みんなが『この子たち、誰だろう?』って思ってるような状態からライヴが始まったんです。でも、曲を披露していくうちに、だんだんその様子が変わっていった。特に海外のお客さんは反応がすごくリアルなので、その場のリアルタイムで『あ、この人は私たちのことをおもしろいと思ってくれたんだな』っていうことが表情でわかるんですよ。そのときのステージは30分くらいだったので5曲くらいしかできなかったんですけれど、でもそのなかで、ちゃんと会場のお客さんにBABYMETALの魅力を伝えることができたのを実感しました。私たちのことを初めて観るような人にもちゃんと影響を与えられる存在なんだって、フェスに出るたびに実感します」

 

別冊カドカワ DirecT04 BABYMETAL (カドカワムック)

別冊カドカワ DirecT04 BABYMETAL (カドカワムック)

 

 

 でもこれって、逆に言うと、もはや2015年時点で、ほとんどのフェスでBABYMETALはすでに“ホーム”の状況を作り上げていたと言えるわけで。SU−METALが語っているとおりに、たった30分のステージで、未見の人をがっつりとファンに変えていった成果を積み重ねてきたわけだ。

 

そうやってフェスの現場で見せたパフォーマンスの説得力で、その地のメタルファンをノックアウトしてきた。それが、BABYMETALにとってのイギリスが「第2の故郷」になった理由だと思う。

 

■ソーシャルメディアの発信力とMOAMETALの功績

 

ちなみに。BABYMETALのフェス出演の際には、バックステージでの写真撮影が恒例になっている。メタリカ、ジューダス・プリースト、スレイヤー、アンスラックスなどなど、そうそうたるミュージシャンとの記念撮影が行われる。それがSNSで発信される。これもBABYMETALが海外のメタルファンに伝わっていった一つの経路になっている。

 

natalie.mu

 

ソーシャルメディアを通して人気に火がついて活動範囲が広がっているというのは所属事務所アミューズの担当者も語っていること。

 

特にPerfumeやBABYMETALの場合、ソーシャルメディアで人気に火が付いているのが特徴ですね。また、彼女達のYouTube公式チャンネルでコメントや反応を見てみたら、米国や欧州でも人気があるということが見えてきましたので、実際に現地でライブを開催しました。BABYMETALはまさにそんな形で活動範囲が広がっています。

 

equitystory.jp

 

ちなみに、こういう時、海外のスタッフやメンバーにも物怖じせずに話しかける役割を担うのが、3人の中で最も人懐っこい性格のMOAMETALだとか。

 

前出の『別冊カドカワ Direct』のインタビューではこんなやり取りもある。

 

SU−METAL「MOAMETALは、結構人懐っこいんですよ。スタッフさんや、初めて会う人にも、まずMOAMETALが気軽に話しかける。その後で私たちが話しかけることが多いんです。そういう意味では、すごく助かっています。あと、MOAMETALはムードメーカーで、いつも明るくて――」
MOAMETAL「見るなー(笑)」
SU−METAL「ふふふ(笑)。私たちがいつも明るくいられるのはMOAMETALのおかげなのかなと思うし。あとライヴ中にもときどき変顔をしてきたりとかもするんですよ(笑)。そういう風に、MOAMETALといると楽しくなれるんです。あと、すごく人を見てるところもある。だからちょっとした変化にすぐ気づくタイプです。誰かがちょっとツラそうにしてるときに、それをいち早く感じ取ってくれるようなところもあります」

 

さらにMOAMETALいわく、メタル界の大物はみんな優しくて、自分たちをあたたかく受け入れてくれるとか。

 

MOAMETAL:実は、相手のみなさんの方から「一緒に写真を撮ろうよ」って言ってくださることが多いんですよ。たぶん、海外の人から見たら、日本人の女の子って小さく見えるじゃないですか。だから、私たちなんて子供みたいに思ってるんだろうなって思うんですけど(笑)。ジューダス・プリーストの楽屋に行ったときもロブ・ハルフォードさんが「待ってたよ」って言ってくださったり。メタリカのカーク・ハメットさんにも何度もお会いしてるんですけど、すごく優しいんですよ。嫌な顔をする方は誰もいなくて、あたたかく受け入れてくれる。それがすごく嬉しいですね。

 

BABYMETAL インタビュー | Special | Billboard JAPAN

 

そういうわけで、BABYMETALは「第2の故郷」イギリスを発火点に、フェスの現場とソーシャルメディアの伝播力で人気を拡大していったのだ、という話でした。

 

■アデルとサム・スミスとBABYMETAL

 

で、ここからはもうちょっとグローバルな音楽シーン全体を俯瞰で見渡した話。ポップ・ミュージックの歴史の縦軸と横軸を考えると、どうやら、2010年代は「第3次ブリティッシュ・インヴェイジョンの時代」と位置付けられるであろうことがほぼ確実で、BABYMETALの人気もそこにからめて語ることができるんじゃないの?という見立ての話です。

 

まず「ブリティッシュ・インヴェイジョン」(=イギリスの侵略)とは何か。イギリス出身のアーティストがアメリカに上陸し世界中でヒットを放ってブームを巻き起こしたという現象のこと。詳しくはウィキペディアを参照。

 

ブリティッシュ・インヴェイジョン - Wikipedia

 

最初にその言葉が生まれたのは1960年代のこと。代表はビートルズとローリング・ストーンズ。ザ・フーやキンクスも同時代。これらのアーティストが世界中を席巻してロックの時代を形作る。

 

そして80年代前半。ニューウェイヴの旋風が巻き起こり、デュラン・デュランやカルチャー・クラブなどのバンドがアメリカで巻き起こしたブームが「第2次ブリティッシュ・インヴェイジョン」と称されるようになる。

 

そして現在。2010年代の「第3次ブリティッシュ・インヴェイジョン」の主役は間違いなくアデルだ。

 

昨年11月にリリースされた3枚目のアルバム『25』はアメリカの初週セールスで史上最高の338万枚を記録した。リリースから半年近く経った今もチャート上位に君臨し記録的なヒットとなっている。

 

そしてここ数年も、サム・スミスやエド・シーランなど、イギリス発のソウルフルな歌を聴かせるタイプのアーティストが世界的な成功をおさめる例が続いている。

 

デビュー前からアデルやサム・スミスをいち早くフックアップしたBBCの新人賞「BBC Sound of 〜」や「Brit Award」の批評家賞が注目を集めるようになり、今年はその二つをダブル受賞したジャック・ガラットがそれに続くと言われている。

 

www.youtube.com

 

この曲とかめちゃ素晴らしいです。歌声の情感と卓越したサウンドセンスの両方を持っている。ピアノやギターやドラムなどの演奏を一人でこなすマルチプレイヤーらしく、ライブも素晴らしいとか。フジロックでの来日がとても楽しみ。


ちょっと脇道にそれたので、話を戻すと。

 

デュラン・デュランやカルチャー・クラブやハワード・ジョーンズが「第2次ブリティッシュ・インヴェイジョン」を巻き起こしていた80年代初頭、メタルの世界には何が起こっていたのか。やっぱりそこにあったのはイギリス発の世界的なムーブメントだったわけなのです。

 

それが「NWOBHM(=ニューウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル)」。代表的なアーティストは80年にデビューアルバムをリリースしたアイアン・メイデン。その数年前にデビューしたジューダス・プリーストと共に彼らがHR/HM(ハード・ロック/ヘヴィ・メタル)の新たなムーブメントを巻き起こす。

 

メタルというのは良くも悪くも閉じたジャンルなのでこの同時代性が語られることはあまりないのだけれど、「第2次ブリティッシュ・インヴェイジョン」と「NWOBHM」の間には当然、関連性がある。そのネーミングの由来自体が、ポスト・パンク〜ニューウェイヴの時代だった70年代後半から80年代にかけての音楽シーンの動きに呼応したものだ。

 

で、そのことを踏まえて、今BABYMETALが巻き起こしている現象を考えると、とても面白い状況を見立てることができるのです。

 

アイアン・メイデンやジューダス・プリーストが変わらずトップに君臨しているメタルの世界において、BABYMETALの存在は明らかに新しい波(=ニューウェイヴ)。イギリスを「第2の故郷」という日本の10代の女の子3人が、その現象を世界中に広げている。

 

ということは、アデルやサム・スミスが世界中の音楽シーンを牽引する「第3次ブリティッシュ・インヴェイジョン」の時代において、BABYMETALが起こしているのは、やはりイギリスを発信源にした「NWOJHM」(ニューウェイヴ・オブ・ジャパニーズ・ヘヴィ・メタル)のムーブメントなのではないかと思うわけです。

 

そう考えるとなかなかワクワクする話ですね。


ちなみに。

 

80年代初頭のNWOBHMを象徴するロックフェス「モンスターズ・オブ・ロック」の第1回が行われたのはロンドン近郊のドニントン・パーク。その後も数々のフェスが行われ、この地はいわば「メタルフェスの聖地」となっている。

 

で、同地で開催された2002年の「オズフェスト」で、メインステージにアジア勢初のバンドとして出演したのがザ・マッド・カプセル・マーケッツ。2005年には同じくドニントンパークで行われた「ダウンロード・フェスティバル」にも出演している。

 

そのメンバーだった上田剛士(現AA=)が手掛けた曲が、BABYMETALのブレイクのきっかけになった「ギミチョコ!!」。先日、ウェンブリー・アリーナでの1万2千人の熱狂の直後に米CBSの人気番組『ザ・レイト・ショー』への初出演を果たした彼女たちが披露したのもこの曲だった。

 

www.youtube.com

 

『METAL RESISTANCE』に収録された上田剛士作曲の「あわだまフィーバー」も、THE MAD CAPSULE MARKETSの名曲「MIDI SURF」をアップデートしたようなナンバー。聴き比べてみるといろいろ腑に落ちるんじゃないかと思います。


The Mad Capsule Markets - MIDI SURF 

itun.es

BABYMETAL - あわだまフィーバー 

itun.es

 

というわけで。9月のワールドツアー最終日、東京ドーム凱旋公演も、とっても楽しみにしております。

lyrical school「RUN and RUN」の縦型MVは何が革新的だったのか

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今日の話は、lyrical schoolのメジャーデビュー曲「RUN and RUN」のミュージック・ビデオについて。スマートフォンでの再生を前提に「再生するとスマホがジャックされる」というギミックを込めた映像。こいつが素晴らしい。

 

というわけで、まずは動画を。

 

vimeo.com

 

最高ですね。これがSNSでぶわーっと拡散されて、ハフィントン・ポストとかKAI-YOUでも紹介されて、話題を呼んでいる。

 

www.huffingtonpost.jp

  

kai-you.net

 

アイドルファンとか、彼女たちの名前を知らない人にも届いてる。海外の有名動画メディア「The Verge」にも紹介されて、あっという間に国境を超えてしまった。

 

www.theverge.com

 

いろんな紆余曲折があったグループだけど、メジャーデビューのタイミングでこれだけの反響を巻き起こしたのは、ほんとアイディアの勝利、クリエイティブの勝利だな、と思う。

 

■「スマホ向けMV」だから革新的なわけじゃない

 

ただし。ここで指摘しておきたいのは、この動画が新しいのは、単に「スマホ向けMV」だからじゃない、ということ。

 

sirabee.com

 

「斬新」とか「革新的」と言われてるけど、先例は沢山ある。

 

たとえば、秦 基博『聖なる夜の贈り物』のMV。こちらは昨年12月にC CHANNELで公開された。

 

www.cchan.tv

 

倖田來未の「On And On」もスマホ向けのタテ型動画になっている。こちらは今年1月の公開。

 

www.youtube.com

 

自撮りっぽいアングルが多用されているのは、FaceTimeやSkypeっぽい演出と言える。手の中で映像や写真を見るというスマホのアーキテクチャを活かしたものだと思う。

 

(横向きだけど)「スマホのUIを模する」というアイディアも、KOHHの「Fuck Swag (REMIX) feat. ANARCHY, 般若」で、すでに披露されている。これは2014年10月の公開。

 

www.youtube.com

 

また、ケイティー・ペリーの「Roar」のリリック・ビデオでは、歌詞がメッセージアプリ「What's Up」上の会話のように表示される。これは2013年。

 

www.youtube.com

 

LINEのトーク画面を模したMVもある。たとえば、女性シンガーソングライター、あいみょんのデビュー曲「貴方解剖純愛歌 〜死ね〜」がそう。

 

www.youtube.com

 

 

■スマホはコンテンツへの没入を疎外する

 

「スマホ向けMV」に関しては、タテ型にしても、スマホUIを模した仕掛けにしても、先例が沢山あるわけなのである。では、今回リリスクの「RUN and RUN」のミュージックビデオは何が新しかったのか。何がバズに繋がったアイディアのクリティカルな部分だったのか。

 

それも、先行例とくらべるとわかってくる。というか、以下の記事がその先行事例を「没入型コンテンツ」とまとめていたので、「なるほど、そういうことか」とわかった感じ。

 

リスクの縦型ミュージックビデオで盛り上がる”没入型”コンテンツ

https://thebigparade.themedia.jp/posts/694671

 

秦基博や倖田來未などのMVになくて、リリスクのビデオにあるもの。それはインタラプト(割り込み)。画面上部にアプリ通知が出てきて、それをきっかけにどんどん別のアプリに移り変わっていく。いちいちiPhoneのホーム画面に戻ったりもする。そのアイディアをもとにした演出が、縦型ミュージック・ビデオを「没入型コンテンツ」として制作している他の動画との違いになっている。

 

スマートフォンで何かのコンテンツを見ているときは、それが機上でもないかぎり「没入」は難しい。映像を見ているときも、文章を呼んでいるときも、SNSやチャットアプリで誰かとコミュニケーションをとっているときもそう。別のアプリの通知によって、集中は常に疎外される。そういうアーキテクチャへの批評性がフックになっている。

 

つまり、これ、「スマホあるある」なわけである。

 

ネットからの情報収集が主になると、情報を右から左にさばく能力は発達するが、その一方で集中力は持続しなくなる。長文の読解能力が衰え、ものごとを深く考えることができなくなる。そう指摘したのはニコラス・G・カーだった。

 

ネット・バカ インターネットがわたしたちの脳にしていること

ネット・バカ インターネットがわたしたちの脳にしていること

 

 これは2010年の本なので、もう6年前の話。『ネット・バカ』というタイトルよりも、原題の『The Shallows』(浅瀬)という言葉の方が内容を象徴している。つまり、あふれかえる情報を処理するために思考や記憶が浅瀬にとどまり、深く沈潜することをやめてしまう傾向が生まれてきている、という話。

 

この本が出て数年が経過して、いよいよその傾向は加速している。スマートフォンを日常的に使っている以上、そこからはなかなか逃れられない。

 

どうやってコンテンツに「没入」させるか。それはスマートフォンの次の時代を見据えての、これから先の課題。

 

まあ、何はともあれ、そういう面倒くさいことをいろいろ考えなくても、楽しそうに歌って踊ってラップしてるリリスクの6人観てるだけで幸せですよね。