日々の音色とことば

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「ポップの予感」第六回 THE1975と『天気の子』が立ち向かう、気候変動の未来

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「頼むから聞いてくれないか。耳を傾けてくれないか?」

 

 マシュー・ヒーリーは、鬼気迫る顔でそう歌った。ステージを降り、カメラに向かって叫び、客席に飛び込み、オーディエンスの上に馬乗りになり、「I Like America & America Likes Me」のこんな一節を歌った。

 

「子供たちにはライフルなんて必要ない。Supremeの方が欲しいんだ。銃なんて一切必要ない。これで少しは眠れるようになるかな」

 

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 2019年のサマーソニックの個人的ハイライトはTHE1975のライブだった。ちょっと、泣いてしまうくらい素晴らしかった。ロックバンドが、今の時代に真っ向から立ち向かうというのは、どういうことか。それをまざまざと見せてくれるようなステージだった。


 昨年にリリースした傑作アルバム『ネット上の人間関係についての簡単な調査』を引っさげてのライブ。序盤にあったのは、とてもチアフルで高揚感に満ちたムードだ。映像を多用し、バンドメンバーに加えてサックス奏者や黒人女性ダンサーもパフォーマンスを繰り広げる華やかなステージ。僕はスタンドから、スタジアムをぎっしりと埋めるオーディエンスを見下ろしていた。すごい熱狂だった。

 

でも、途中から、バンドとオーディエンスの化学反応は「楽しい」とか「盛り上がる」だけじゃないところに向かっていった。美しさと、悲しさと、不安と、怒りと、だからこその愛しさと、いろんな喜怒哀楽が混ざりあった感情のレッドゾーンのようなところまで連れていかれる感じがあった。日本酒をラッパ呑みしながらステージに立つマシュー・ヒーリー自身にも、それを導く危うい魅力があった。

 

 終盤、バンドは「Love It If You Made It」をプレイした。

 

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これも、オンラインコミュニケーションをテーマの主軸にした昨年のアルバムの重要曲。トランプ大統領のツイートや、リル・ピープの名前や、いろんな引用を散りばめつつ、洪水のように氾濫する情報の中で真実を見失う2010年代後半の社会の実相をなかば分裂症気味に歌う曲だ。


「近代は失敗した」「そう、僕らが成し遂げられたら最高だね」。マシュー・ヒーリーは右手を高く掲げながら歌った。

 

 ポップは力だと思う。

 

 この連載の中でも、そういうことを繰り返し書いてきた。音楽は時代の切っ先に漂う空気を切り取るもので、だからメインストリームのポップソングこそ、むしろ、ジャーナリスティックに時代の姿を反映している。THE1975はそのことにとても自覚的なバンドだ。


 バンドは来年2月に新作『ノーツ・オン・ア・コンディショナル・フォーム』のリリースを予定している。7月にはその冒頭を飾るオープニングトラックの「The 1975」も発表された。

 

 

そこにフィーチャーされたのは、現在16歳の環境活動家、グレタ・トゥーンベリのスピーチだ。同曲の収益はすべて気候変動に抗議する運動「エクスティンクション・レベリオン」に寄付されることが発表されている。

 

「私たちは今、気候や環境の危機の始まりに足を踏み入れています」 

 

 グレタ・トゥーンベリは同曲で、こう語り始める。気候変動の問題の解決は、ホモ・サピエンスがこれまでに直面してきた中で最も大きく最も複雑な問題だということ。解決策はシンプルで、温室効果ガスの排出を止める必要があるということ。しかし、上の世代による現状のあらゆる政策が失敗に終わっていること。まずはそれを認めなきゃいけないということ。それでも、ホモサピエンスとしてはまだできることがある。まだ状況を変えるだけの時間はある、ということ。そういうことを、滔々と語っていく。

 

「今こそが、市民が立ち向かう時。今が反逆の時です」

 

 スピーチは、こんな言葉で締めくくられる。

 

 続けて8月19日に発表されたのは、きたる新作アルバムの2曲目に収録される予定の「People」。今までのバンドの音楽性とは全く違う、尖ったギターと激しいシャウトに満ちたパンキッシュな曲だ。

 

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マリリン・マンソンやナイン・インチ・ネイルズあたりを彷彿とさせるサウンドに乗せ、冒頭からマシューが「ウェイク・アップ!」と叫ぶ。アルバムではグレタ・トゥーンベリのスピーチから間を置かずにこの曲が始まることを考えると、そこに込められた意志の強さにわくわくする。

 

 アニメーション映画『天気の子』も、明確に気候変動をテーマに打ち出した作品だった。

 

 『君の名は。』から3年ぶりとなる新海誠監督の新作。予告編のキャッチコピーには、こんな言葉があった。

 

「あの日、私たちは世界の形を決定的に変えてしまったんだ」 

 

 最初は単なる情緒的な宣伝文句だと思った。けれど、作品を見た後では、その言葉の意味が全然違って伝わってきた。たしかに筋書きはボーイ・ミーツ・ガールだ。アニメーションの絵は美麗で、東京の街並みはとてもリアルで、老若男女が楽しめるストーリーだと思う。でも、そこには同時に大きな問いかけも内包されていた。


 果たして「私たち」とは、映画の主人公の陽菜と帆高のこと、だけなのだろうか。

 

 物語の中では、神秘的な力を得て「天気の巫女」となった陽菜と、犠牲になった彼女を救おうと大人や権威と対立し奔走した帆高の選択の結果が描かれる。その終盤のシーンで重要なキーワードが登場する。それが「アントロポセン(人新世)」。


 映画の序盤では帆高愛読書としてサリンジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』が登場するが、終盤には「アントロポセン(人新世)」をテーマにした記事を読んでいる場面が描かれる。


「アントロポセン(人新世)」とは「人類の時代」という意味の新たな地質年代の名。人類の活動が地質学的な変化を地球にもたらしているという認識から、「完新世」に続く新しい区切りとして提唱されている。


 新海誠監督も、数々のインタビューで気候変動が本作のテーマにあることを明かしている。天気というものが四季の情緒を示すものからある種の脅威として人々の前に立ち現れるようになってきたという変化の実感から構想の根幹が生まれたと語っている。


 つまり、『天気の子』の「私たちは世界の形を決定的に変えてしまった」というキャッチコピーからは、物語においてそれは「陽菜と帆高」のことかもしれないけれど、現実世界においてその「私たち」とは、人類そのもののことではないか、という問いかけを見出すことができるのだ。

 

 主題歌を依頼される前、脚本の初稿を新海誠監督から受け取ったRADWIMPSの野田洋次郎は、それに対してのアンサーのように「愛にできることはまだあるかい」という曲を書き下ろし、送ったという。

 

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結果としてこの曲を含む計5曲が同作の主題歌となった。それだけでなく、前作『君の名は。』に続き映画の劇伴もRADWIMPSが手掛けることになった。野田洋次郎は毎日同じ時間に新海にメールをし、完成直前まで一緒に映像と音楽を直したという。タイアップの手法で主題歌の制作が進むことが多い映画においては、とても異例な手法だ。しかし、『天気の子』は両者がタッグを組み、刺激を与え合う関係性だったからこそ生まれた作品だ。

 

 「愛にできることはまだあるかい」では、こんな言葉が歌われる。

 

「世界が背中を 向けてもまだなお 立ち向かう君が 今もここにいる」

 

 

 僕がこのフレーズを聴いたときに、ふと思い浮かんだのが「The 1975」で繰り広げられたグレタ・トゥーンベリのスピーチだった。


 もちろん、両者の立っている場所も、投げかけているメッセージの射程と深度も全然違う。


 でも、THE1975も、RADWIMPSも、それぞれUKと日本から「今の時代だからこそロックバンドがやれること」を更新し続けている、だからこそトップの地位に立っているバンドだと僕は思っている。だから、そこに何らかの共通点を見出すこともできるのではないかと思う。

 

『天気の子』はアカデミー賞国際長編映画賞部門の日本代表の出品作品にも決まった。英題は「Weathering with You」。動詞の「Weather」には「(嵐や困難を)乗り越える」という意味がある。きっと、映画が持つ「立ち向かう」というムードが、この先、より大きく広まっていくだろう。そんな予感がする。

 

(初出:タワーレコード40周年サイト「音は世につれ」2019年9月3日 公開)

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東方Projectの同人CDをサンプリングした「Omae Wa Mou」がTikTok経由で世界中でバイラルを巻き起こしている謎現象について

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ツイッターにも書いたんだけど、あまりに意味がわからないミームの拡大を目の当たりにしたので、こちらにもちゃんと書き残しておこう。

 

簡単に言うと、2013年に作られた東方Projectのアレンジ曲が、なぜか2019年の夏になって英語圏を中心に世界中で巨大なバイラルを巻き起こしてしまっている、という現象だ。

それがdeadman死人「Omae Wa Mou」という曲。

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これが、英語圏で謎のミームとなり、バイラル現象を起こしている。

アニメ絵の女の子がジャケットで、歌詞は日本語。これがSpotifyのアメリカのバイラルチャートで1位(8月25日時点)。グローバルのバイラルチャートでも2位(同)となっている。

 

spotifycharts.com

聴いてみると、柔らかなアコースティックギターの響きから曲は始まる。ボサノヴァの曲調だ。そして唐突に「お前はもう死んでいる」のセリフ。北斗の拳だ。誰がどう聞いてもケンシロウである。

続いて、キュートな女性ヴォーカルで「♪ うつむいたこのおでこトントン叩いたのは 君なのかな? 違うのかな?」と歌が始まる。

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一体これは何なのか? 何が起こってるのか?

調べてみたら、原曲は2013年に同人頒布された東方ボサノバアレンジCD 『TOHO BOSSA NOVA 2』に収録された楽曲「タイニーリトル・アジアンタム」。作曲は、同人音楽サークル「Shibayan Records」の代表shibayanさんだ。

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Shibayan Recordsによる「TOHO BOSSA NOVA2」公式ページとクロスフェードはこちら。

shibayan.la.coocan.jp

soundcloud.com

「東方アレンジ」というのは、ちゃんと話すととても長くなってしまうのだけれど、ざっくり言うと、「東方Project」という同人界隈で大きな人気を持つシューティングゲームのBGMに端を発する音楽の二次創作のカテゴリのこと。つまり、00年代から2010年代に至る日本のオタクカルチャー、同人文化のかなりど真ん中にある音楽。

で、なんで、これが2019年になって英語圏でバズっているのか?

それを解説した記事がこれ。

www.rollingstone.com

上記のRolling Stone.comの記事によると、どうやら曲を作った「deadman死人」とは、18歳のトラックメイカー、Noah Ryan Murphyのことだという。

彼が曲を作って発表したのは2017年9月。まだ16歳のときのことだ。

曲を作った動機は「Type beatを作って、それを売って小遣い稼ぎをしたかった」ことらしい。Type beatについてはちゃんとした解説が必要だと思うので、以下の記事を参照。

note.mu

Type Beatとは、ざっくり言うと「有名なラッパーの曲調を真似て作られた販売用トラック」のこと。日本語に訳すなら「○○っぽいビート」ということになるかな。ラッパーがヒット曲を出すと、それっぽい感じのトラックをトラックメーカーが作って、主にYouTubeで公開する。

そして、デビューしていなかったり金がなかったりしてプロデューサーにトラックを発注できない若いラッパーは、YouTubeでたとえば「Chance the Rapper type beat」とか「Travis Scott type beat」みたいに検索して、気に入ったビートを見つけたら、その動画の説明欄に記載されているリンクからBeatStarsやAirbitといった販売サイトで楽曲をダウンロード購入する。大抵は安値なので気軽に買える。それに乗せてラップを発表する。

有名どころで言うと、2019年最大のヒットになったLil Nas Xの「Old Town Road」も、もともとはType Beatにラップを乗せて作られた曲だった。

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このトラックを作ったのは、19歳のオランダのビートメーカー/プロデューサーYoung Kio。 Nine Inch Nails の「Ghost IV – 34」のバンジョーをサンプリングしたビートを販売サイト「beatstars」で売っていて、それを見つけたLil Nas Xがラップを乗せて作ったのが「Old Town Road」のそもそもの成り立ち。ちなみにYoung Kioは今でもbeatstarsにアカウントを持っている。

www.beatstars.com

Type Beatについて詳しくは、以下の記事も参照。

 

Type Beat(タイプビート)とは?mcknsy.wordpress.com

ototoy.jp

というわけで、話を戻すと「deadman死人」こと当時16歳のトラックメイカーNoah Ryan Murphyは、2017年、どっかから見つけてきた東方アレンジ曲「タイニーリトル・アジアンタム」と、『北斗の拳』の「お前はもう死んでいる」というセリフをサンプリングして、「Lil Boom × anime Type Beat」として販売した。つまりは「Lil Boomがアニメっぽいトラックでラップしてる風のビート」ということ。

そしたら、ラッパーのLil Boom本人がこれを買ってラップを乗せた。それが「Already Dead」という曲。

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と言っても、別にLil Boomは全然メジャーデビューしてる大物ってわけでもない。アメリカの無名のアニメ好きラッパーで(ちなみにLil Uzi Vertを筆頭に今のアメリカのアフリカ系アメリカンのラッパーにはアニメ好きがかなり増えてきている)、自分の曲とアニメのマッシュアップをInstagramに投稿したりもしている。

www.instagram.com

で、ここからが最大の謎。

このLil Boom「Already Dead」が、なぜかTikTokでバイラルを起こし始めた。「#uwuchallenge」というハッシュタグと共に、ダンスチャレンジのBGMになった。

www.youtube.com

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TikTokの公式サイトで「#uwuchallenge」を検索しても、かなりの動画が投稿されている。

www.tiktok.com

それこそLil Nas Xの「Old Town Road」がそうだったように、TikTokはグローバルなミーム発火装置になっている。大物プロデューサーの後ろ盾があったわけでもなく大々的なプロモーションもなかった無名の新人をいきなりメインストリームに押し上げ記録的なヒットを成し遂げる原動力を果たしている。そのあたりを辰巳JUNKさんが解説した記事がこれ。

www.cinra.net

リアクション動画シェアに特化したTikTokは、それ自体が「ミームソング量産機」と言える。若者が中心のため斬新でアクティブなダンスやユーモア動画の需要が高く、みんなで同じテーマに挑戦するハッシュタグチャレンジが流行しやすい。そこでBGMに用いられるミームソングがバイラルヒットとなる仕組みが形成されているのだ。

ちなみに僕もこれについての記事を書いています。TikTok Adsの鈴木瑛さんへのインタビュー取材。

www.cinra.net

機械学習のアルゴリズムにより、ユーザーが今最も興味を持っているコンテンツを提供することができます。我々は「ソーシャルグラフからコンテンツグラフへ」という言い方をしています。

ソーシャルグラフというのは従来のSNSのような、友人や親しい間柄のつながりをもとにした関係。コンテンツグラフは、友人関係ではなく、ユーザーがどんなコンテンツを作り、消費してきたかということに基づくレコメンデーションによるつながりです。

ソーシャルグラフからコンテンツグラフに移行すると、クリエイターとしては、面白いコンテンツを投稿すれば、もともとのフォロワー数は関係なく視聴者を獲得することができるようになるんです。ユーザーとしては、楽しいコンテンツが自然に集まってくるようになり、そういうレコメンデーションが我々の大きな強みになっています。

 

上記のように鈴木さんは語っている。重要なのは、TikTokが機械学習のアルゴリズムを用いて「面白いコンテンツを投稿すれば、もともとのフォロワー数は関係なく視聴者を獲得することができる」というレコメンデーションを実現していることで、つまりはすでに多くのフォロワーを持つインフルエンサーでなくてもミームを生むことができる、というプラットフォームになっている。

上記の記事の末尾で、僕はこんなふうに書いた。

TikTokがここ数年で証明しているのは、ひとつのプラットフォームの勃興が新しい形のコミュニケーションを生み、それが今までにないヒットに結びつき、新しいカルチャーを定着させていくという潮流だ。とても興味深いことが起こっていると思う。

そしたら、まさにその直後に、今までにないヒットが生まれつつある瞬間を目撃してしまった。

 

これは冒頭の僕のツイートに対しての、「タイニーリトル・アジアンタム」の作曲者shibayanさんのコメント。

マジで意味わかんないことが起こってると思います。完全に新時代。

「ポップの予感」第五回 リル・ナズ・Xと、ミーガン・ラピノーと、開いた扉の向こう側

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「ここまで来て、自分がやりたいことをしない人生を送ることは嫌だったんだ。それに、これがもっと多くの人にとって、扉を開くことになると思った」

 7月5日。リル・ナズ・Xは、BBCのニュース番組『BBC Breakfast』に出演し、「自分はゲイだ」と告げた。そして、カミングアウトの真意をそう語った。

 

 2019年上半期、ヒットチャートの頂点に君臨し続けたのは彼だった。デビュー曲「Old Town Road」が全米13週連続1位(7月5日時点)と空前の大ヒットを記録し、まさにスターダムを駆け上がったさなかの発言だ。世界中でセンセーションを巻き起こし、子供たちにまで熱狂的な支持を広めつつある一方で、「一発屋」と揶揄するような声も増えてきたタイミングでもある。慣れないはずのテレビ出演の場で、しかし、そんな風に語る彼の表情は、どこか落ち着いて理知的に見えた。

 

 リル・ナズ・Xとは何者か? そして、どのようにして彼はブレイクを果たしたのか。

 彼は現在20歳、アトランタ出身の新鋭ラッパーだ。とは言っても昨年まではまったくの無名な存在だった。現地のライブハウスやクラブで叩き上げのキャリアを積んできたわけでも、大物プロデューサーやラッパーの後ろ盾があってデビューしたわけでもない。自作の曲をネットに発表している、大学をドロップアウトした一人の若者に過ぎなかった。

 

 昨年12月、彼はナイン・インチ・ネイルズの「34 Ghosts IV」をサンプリングした「Old Town Road」を自主レーベルから発表する。

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 火がついたきっかけはTikTokだった。

 

 最初は彼の周囲から、そして徐々にアメリカの若者たちのあいだでこの曲をBGMにテンガロンハットを被ったカントリー・スタイルに変身する「Yeehaw Challenge」という動画が流行りはじめた。そのバイラルヒットがストリーミングサービスでの再生回数に結びつき、今年3月にヒットチャートに初登場した。

 

 トラップのスタイルを踏襲しつつ、バンジョーのフレーズや、カウボーイをモチーフにしたリリックは、あきらかにカントリーの音楽性をイメージさせるものだった。西部劇の世界を描いたゲーム『Red Dead Redemption2』の映像を用いたミュージックビデオの世界観もそうだろう。そうした背景もあり、この曲は「R&B/ヒップホップ」と「カントリー」の両チャートに登場する。その後、米ビルボードが「カントリー要素が十分ではない」とカントリーチャートから一時除外したことも物議をかもした。

 

 風向きを変えたのが、マイリー・サイラスの父親でもあるベテランカントリー歌手のビリー・レイ・サイラスだった。4月には彼がフィーチャリングに参加した同曲のリミックス・バージョンを発表し、一連の経緯が話題を呼んだこともあって本格的なブレイクに至る。4月9日にはついに全米1位となり「カントリー・ラップ」という新たなジャンルが大々的に喧伝されることとなった。

 

 その後も「Old Town Road」は異例のヒットを続けている。テイラー・スウィフトや、ポスト・マローンや、エド・シーラン&ジャスティン・ビーバーなど、数々の大物アーティストの新曲を押しのけ、連続で全米チャート1位を記録している。その勢いはとどまることなく、おそらく2019年最大のヒット曲となることは確実だろう。

 

 発端はインターネットミームだが、思わず口ずさんでしまうメロディや親しみやすい歌声、ジャンルを越境するセンスといった、彼の音楽家としての才能も間違いなくヒットの背景になっているはずだ。

 

 それを証明したのが6月21日にリリースされた初のEP『7』だ。

 

 

そもそも、今年3月になってからソニー傘下のコロムビア・レコードと契約した彼にとって、まともな環境でレコーディングされた初めての作品でもある。そこにはニルヴァーナの「In Bloom」のメロディを引用した「Panini」や、フィーチャリングにカーディ・Bを迎え印象的なギターリフと共に西部劇のモチーフをふんだんに用いた「Rodeo」など、一曲だけでは伺い知ることのできない彼の作風が刻み込まれていた。

 

 EP『7』を聴いて印象的だったのは、ロックのテイストが予想以上に強いこと。ブリンク 182のトラヴィス・バーカーが制作に参加した「F9mily (You & Me)」も、グランジなギターとエイトビートのドラムに乗せて歌う「Bring U Down」も、かなりストレートなロック・ナンバーだ。

 

 そして、中でも重要な一曲が、「C7osure (You Like)」だった。

 

 彼はLGBTプライドマンスでもある6月の終わりに、「じっくり耳を傾けてほしい」とレインボーマークの絵文字と共にこの曲のミュージックビデオをツイートしている。歌詞では「もう嘘を演じてはいられない」とある。

 

 そのツイートの意図を問われたときに、彼が答えたのが、冒頭の言葉だった。

 

「カントリーやヒップホップのコミュニティは、ゲイを受け入れていない」と彼は続けている。その後沢山の誹謗中傷を受けたことも、それに対してジョークで返していることも語っていた。

 

 繰り返すが、彼は、まだ20歳だ。

 

 リル・ナズ・Xのアーティストのキャリアがこの先どうなるかはわからない。ひょっとしたらワン・ヒット・ワンダーで終わるかもしれない。

 

 それでも、僕は、20歳の彼のことを「幼い」とはまったく思わない。もっと幼い同世代や年上の大人たちは沢山いる。

 

「私たちは、もっとできる。憎しみよりも愛を。しゃべることよりも、耳を傾けることを」

「世界をより良い場所にするのは私たち全員の責任だ」 

 

 7月10日。女子サッカー史上最多となる4度目のワールドカップ優勝を成し遂げたアメリカチームの主将をつとめたミーガン・ラピノー選手は、凱旋パレードと表彰セレモニーの場でそう語った。場所はニューヨーク市庁舎前。場は祝福のムードに包まれていた。

 

「私たちのチームには、いろんな人たちがいる」と彼女は言った。

「ピンクの髪や紫の髪の人も、タトゥーをしている人も、ドレッドヘアも、白人も、黒人も、そのほかの人種の人も。ストレートも、ゲイも」と。ピンクのショートヘアがトレードマークの彼女も、同性愛者であることを公言している。

 

 歓声にわく人たちを見て、僕は、初めてニューヨークを訪れた8年前のことを思い出していた。

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 2011年12月。ニューヨーク市庁舎から遠くない場所にあるズコッティ公園は、閑散としていた。

 

 そこは「オキュパイ・ウォールストリート」の舞台だった。その年の9月頃から、金融機関や大企業、富裕層に対する抗議の意志を込めたデモは自然発生的に広まっていった。「我々は99%だ」という声がソーシャルメディアを介して一つのミームとなっていた。

 

しかし、11月には警察によって参加者が排除され数十人が逮捕された。寒空の広がる12月には、もう熱気は終息していた。公園の周囲には黄色いテープが張られ、一体感と高揚感はそこになく、祭りのあとのようなムードが漂っていた。

 

 当時、とある原稿に、僕はこんなことを書いた。

 

「大人というのは、時に抑圧や束縛として機能する社会のルールを『まあそういうもんだよね』と受け止め、次の世代にそれを受け渡す役目を持った人間のことを指す」

 

 ある種の諦念と共に、でも、それが世の真実なのだと思っていた。

 

 しかし、時代は変わった。

 

 もちろん変わってないこともたくさんある。

 

 それでも、今だったら「時に抑圧や束縛として機能する社会のルールを『まあそういうもんだよね』と受け止め、次の世代にそれを受け渡す人間」のことを、僕は「大人」だとは思わない。あえて言葉にするなら、それは「無能」か「無責任」だと思う。

 

「馬を走らせよう、行けるところまで行こう」と、リル・ナズ・Xは歌っている。

 

(初出:タワーレコード40周年サイト「音は世につれ」2019年7月19日 公開)

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