日々の音色とことば

新刊『ヒットの崩壊』が出ました。

花澤香菜『claire』と「“渋谷系”を終わらせたのは誰か?」という話

claire

■作り手の「本気」が伝わってくるということ

花澤香菜の1stアルバム『claire』が素晴らしい。


花澤香菜さんの透明感ある歌声とキラキラした存在感が真ん中の軸にあって、様々な方向からそれを全力で引き出す制作陣の意地のようなものが全14曲に形になっている。

楽曲サウンドのトーンは、ネオアコやソフトロックやモータウンに遡るようなお洒落なポップスとしてまとまっている。いわゆる“渋谷系”と言われる音楽ジャンルに顕著な曲調だ。

ナタリーのインタヴューにも、こんなキャッチコピーがついている。

ナタリー - [Power Push] 花澤香菜 1stフルアルバム「claire」特集“渋谷系”ポップスを継承する傑作アルバム完成

ただし。こういうタイプの曲って、ヌルく作ろうと思えば全然作れるんだよね。過去の良質なポップソングへのオマージュを込めて、甘いメロディを書いて、可愛い女の子に歌わせて――。上手くできてるよな〜と思いつつ、そういう方法論的なものが目についてあんまり心に響かないタイプの楽曲は沢山ある。でも、花澤香菜さんのアルバムは、そういうものとは何か違った。

聴いてるとわかるんだけど、全ての曲に「絶対、いい曲作ってやる!」というクリエイターの気迫みたいなものが宿っていて、それが内側の熱量となってあらわれている。たとえば音色の選び方のとか、「お?」と思わせるコード進行の妙とか、そういう一つ一つの細かいところから、作り手の「本気」が伝わってくる。

プロデューサーを務めたROUND TABELの北川勝利さんは、雑誌『MARQUEE』に掲載された、沖井礼二さん、ミト(クラムボン)さんとの対談で、こんな風に語っている。

「今、この人たちが本気で曲書いてアレンジをやって、アルバムにブレなく曲が並んでたら、絶対色んな人に伝わるだろうなって」(北川)

たぶん、そういうことなのだと思う。そして、この言葉の意味を噛み締めるためには、「渋谷系がいつ終わったか――」という歴史を振り返る必要がある。


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■“渋谷系”が終わったのはいつか

渋谷系”と呼ばれるムーヴメントが終わったのはいつか。もちろん人によって、その捉え方は違うだろう。しかし、僕にはとても印象的な「終わり」の風景が記憶に焼き付いている。

それは99年のこと。

カジヒデキのアルバム『the fireworks candy&puppydog store』を引っさげての全国ツアー、最終日の赤坂ブリッツでのことだ。

そこには、本当に、悲しくなるほど人がいなかった。後にも先にも、あんなにガラガラの赤坂ブリッツのフロアを見たことはない。確かその時のカジさんが何かの着ぐるみを身につけてステージに登場していて、そのはしゃぎっぷりが客席の寒さを際立たせていた。あの時、すでに“渋谷系”のブームは終わった後だった。あそこにあったのはバブルが弾けた後の焼け野原だった。

そして、前にもこのブログに書いたけれど、そこから振り返る数年前、95年の頃は、ちょうど“渋谷系”の爛熟期だった。

95年の“渋谷系”の話/その頃のぼくらといったら、いつもそんな調子だった - 日々の音色とことば:http://shiba710.blog34.fc2.com/blog-entry-524.html

小沢健二『LIFE』が94年で、「強い気持ち・強い愛」も「痛快ウキウキ通り」も95年。コーネリアス『69/96』も95年。ピチカート・ファイヴは、小西康陽野宮真貴の二人体制になってから初のアルバム『オーヴァードーズ』を94年に、初のベストアルバムを95年にリリースしている。


LIFE 69/96
ピチカート・ファイヴ TYO

96年も、97年も、ムーヴメントの熱気はまだ続いていた。97年1月にリリースされたカジヒデキのファースト・ソロ・アルバム『ミニ・スカート』はオリコンチャート4位を記録している。そして、こうして時系列を追っていくと、一つの事実が浮かび上がる。

渋谷系”が終わったのは、98年だった。

■“渋谷系”を終わらせたのは誰か

実は、エスカレーターレコーズの代表・仲 真史氏も同じことを言っている。

「カジ(ヒデキ)くんがソロ・デビューしたのが96年、NEIL&IRAIZAのアルバム『JOHNNY MARR?』を出したのが97年。で、その辺の俺らの知らないフォロワーが出てきた98年が、世間で言うところの渋谷系の終わりなんじゃないかってことで、“没10周年”にしたんだよね」

特集:“渋谷系没10周年”!? 〈エスカレーターレコーズ〉主宰者、仲 真史、語る - CDJournal.com
http://www.cdjournal.com/main/cdjpush/-/2000000368
これが2008年のインタヴュー。ただし、僕は“渋谷系”のムーヴメントは、ただ単に勢いを失って収束したのではなかったと思っている。仲 真史氏が言うところの“俺らの知らないフォロワー”がそれを終わらせたのではない、と思っている。それを裏付ける、いくつかの事実がある。

ブーゲンビリア 無罪モラトリアム



97年から98年にかけて登場した二人の女性シンガーは、日本の音楽シーンを一気に塗り替えた。

どちらも共通するのは、歌い手自身が歌詞を書き、曲を書くということ。なかでも、椎名林檎のキャッチコピーが象徴的だ。デビュー曲よりもむしろセカンドシングル「歌舞伎町の女王」で一世を風靡した彼女は、当初「新宿系自作自演屋」を名乗っていた。これはクリティカルに“渋谷系”を殺す言葉だった。

渋谷系”を象徴する音楽のあり方は、それが「ポップアイコン」の音楽である、ということだ。たとえばピチカート・ファイヴにおける野宮真貴を考えるとわかりやすい。彼女の存在価値は、アイコンであること。曲と歌詞を書くのは小西康陽。「東京は夜の七時」と野宮真貴が歌うときに、彼女の内面性はそこに一切存在しない。いわば“お人形”に徹していること、楽曲や歌詞とシンガーの内面性が切り離されていることこそが、クールだった。

しかし、椎名林檎Coccoは、自ら歌詞を書き、曲を書く。そこには女性ならではの内面性、いわゆる「情念」が息づいている。そういったシンガーソングライター的な“歌姫”がヒットして趨勢を作ったことで、いわゆるポップアイコンとしての歌い手は後景に追いやられた。

そして、もう一つの見逃せない潮流が、98年に生まれていた。

  • MISIA メジャーデビューシングル「つつみ込むように…」98年2月リリース
  • 宇多田ヒカル メジャーデビューシングル「Automatic/time will tell」 98年12月リリース
Mother Father Brother Sister First Love

MISIAの登場は、当時のリスナーにとっては衝撃だった。R&B〜ソウルを歌う実力派シンガー、つまり“ディーヴァ”がヒットチャートを塗り替えたのが98年だった。先行して登場したUA、後を追ったSugar Soul、bird、小柳ゆきと共に、R&Bディーヴァは一大ムーヴメントを築きあげる。彼女の登場も、“渋谷系”的な感性を後景に追いやるものだった。

そういった「情念系歌姫」と「R&Bディーヴァ」の二つの流れが生まれていた98年の日本のポップミュージックのシーンにおいて、年末に一つの決定打が登場する。それが宇多田ヒカル。彼女のデビューアルバム『First Love』がリリースされたのは99年3月。860万枚以上を売り上げたこのアルバムが巻き起こしたセンセーションの大きさは、今さら語らなくても伝わると思う。

渋谷系”を殺したのは誰か? それはCoccoであり、椎名林檎であり、MISIAであり、宇多田ヒカルだった。
彼女たちの登場が、日本の音楽カルチャーを塗り替えたのだった。

■15年目のリベンジ

そのことを考えると、花澤香菜のアルバムの持つ、もう一つの意味が浮かび上がる。つまり、リベンジだ。

花澤香菜のアルバムに中心的に関わっている“渋谷系”クリエイターのデビュー時期を並べると、こうなる。

  • 北川勝利――ROUND TABLE 1998年、シングル「Feelin' Groovy」にてメジャーデビュー
  • 沖井礼二、矢野博康――cymbals 99年、シングル「午前8時の脱走計画」でメジャーデビュー
  • 中塚武――QYPTHONE 98年、1stアルバム 「QYPTHONE」発表
  • ミト――クラムボン 99年、シングル「はなれ ばなれ」でメジャーデビュー

全員が、98年以降。つまり“渋谷系”が終わった時代の後に自身のプロジェクトでメジャーデビューを果たした人たちだ。前述の仲 真史氏が言うところの“俺らの知らないフォロワー”たちなわけだ。

00年代初頭、当時の音楽雑誌の編集者だった僕は、当時のROUND TABLEcymbalsを、どう見ていたか。正直に言ってしまうと、それは「時代に乗り遅れた」ものだった。それほどに、Cocco椎名林檎MISIA宇多田ヒカルの登場は鮮烈で、99年の“渋谷系”的なセンスが立っていたのは「焼け野原」だったのだ。

なので、前述のナタリーの記事のキャッチコピーは、実は、半分正しくて、半分間違っている。

渋谷系”ポップスを継承する傑作アルバム完成

とあるけれど、このアルバムは、”渋谷系”が時代の中心だった頃のクリエイターが再集結した作品ではない。むしろそれが“辺境”に追いやられた後に、それぞれのフィールドで「戦ってきた」人たちが集結したという意味合いがある。世代こそ上だけど、そこにはカジヒデキさんや宮川弾ラヴ・タンバリンズ)さんも含まれる。

花澤香菜のアルバムは、「98年」に対するリベンジが結実したものだった。

だからこそ、これだけの気迫に満ちたものになっているのだと思う。

■「ポップアイコン」としての女性シンガーの復権

ただし、花澤香菜さんのアルバムは、単なる“不遇を舐めたポスト渋谷系の再集結作”ではない。

「同窓会ではない」と、ナタリーのインタヴューで北川勝利さんも語っている通り、そこには様々な世代、異なるフィールドのクリエイターが集っている。アニメのフィールドで職業作家として活躍してきた神前暁さん、meg rockさんも参加しているし、ボカロPとして名を上げた古川本舗さん、その古川本舗さんのアルバムに歌い手としても参加しているクリエイターacane_madderさんも名を連ねている。この人選について、北川勝利さんはこう語っている。

聴いてもらえれば、きっとブレてないことが伝わるんじゃないかな。

その“ブレのなさ”とは何か。世代もフィールドもジャンルも異なる人たちに共通するものとは何だったのか。それがたぶん、”渋谷系”という言葉や、「お洒落っぽい音楽」という表層的なイメージの奥底にある一つのセンス、美学のようなものなのだと思う。古川本舗さんは、自身の作品のインタヴューでこんなことを語っていた。

プロデューサーがコアな音楽要素をポップアイコンに乗せて出すという、そのバランスがすごく好きで。ああいうところに今でもやっぱり憧れも感じます。

ボーカロイドからリアルボーカルへ 古川本舗インタビュー -インタビュー:CINRA.NEThttp://www.cinra.net/interview/2012/11/09/000000.php

数いるボカロPから、なぜ「古川本舗」が参加したのか。それは、この価値観を共有するクリエイターだったからだったと思う。花澤香菜の周囲に集まったクリエイターたちがやろうとしたのは、シンガーソングライター的な”内面性”に対しての”ポップアイコン”の復権だ。

時代は移り変わる。ひょっとしたら、このアルバムがその端緒になるかもしれない。そういうことを考えるとワクワクする。


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(2013/02/20)
花澤香菜

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