Mura Masaのニューアルバム『R.Y.C.』がめちゃめちゃ格好いい
『MUSICA』の今月号のディスクレビューでも書いたんだけど、脚光を浴びた2017年のデビューアルバム『Mura Masa』からサウンドは一転してる。一言でいうとパンク・ロック・アルバム。音に本気の切迫感が宿っている。
全編にフィーチャーされているのはギターサウンド。歪んだギターと縦ノリの直情的なビートが駆け抜ける。特にラッパーのslowthaiを迎えた「Deal Wiv It」がアルバムのトーンの象徴になっている。
slowthaiは昨年にデビューアルバム『Noghing Great About Britain』をリリースしたUKのラッパーで、Mura Masaはその収録曲「Doorman」でもコラボレーションしていた。そこでも、ヒリヒリした衝動に満ちたサウンドとラップが繰り広げられていた。
で、『Noghing Great About Britain』というタイトルから容易に思い浮かぶように、アルバムはピストルズ以来の伝統の「イギリスをこき下ろす」政治性を持つ一枚。去年のマーキュリー賞のパフォーマンスでは、ブレグジットを推し進める英首相のボリス・ジョンソンの”生首”を持ってパフォーマンスを繰り広げてた。
ジェイムス・ブレイクとの出会いからエレクトロニック・ミュージックに傾倒する以前の少年時代はパンク・ロックに憧れていたというMura Masaも、きっと、彼のスタンスに触発されたのだと思う。
『R.Y.C』というのは『Raw Youth Collage』、すなわち「生々しい若者たちのコラージュ」という意味。「No Hope Generation」という曲も象徴的だ。すなわち「何の希望もない世代」ということ。
Everybody do the no hope generation.
(誰もが希望のない世代を生きてる)
Gimme a bottle and a gun
And I'll show you how it's done
(火炎瓶と銃をくれ どうなるか見せてやる)
今のUKにはラッパーとトラックメイカーによるパンクロックの「再定義」が起こっていて、そのことをありありと感じさせてくれるのが、Mura Masaの新作なのだと思う。
そして、当然、その背景には今の社会情勢がある。端的に言うとブレグジットが決定的になり分断が進む今のUKで、ゆったりと心地よくリラックスしている余裕なんてないってこと。
「もうチルってる場合じゃない」
ということだ。
そういえば。
昨年、そう語っていたbetcover!!の言葉が心に引っかかっていた。
「日本っていろいろ問題があるくせに、みんなラヴソングにしか共感しないですからね。あとはチル最高、波に乗っていこうぜみたいなのしかないっていう(笑)。いまの日本、メチャクチャ問題あるじゃないですか。チルってる場合じゃないんだけど、音楽が社会問題とかの空気感を音で示すのがタブーみたいになってる。それが音楽の廃れている理由じゃないかと思って。ただの音でしかなくて、メッセージがなさすぎて求められていない」
香港の民主化を求めるデモがどんどん拡大していくのも、ずっと見ていた。
上記の記事の通り、そこにあったのは自分たちのアイデンティティと自由が奪われることへの「怒り」と「絶望」で、それでも不服従を貫く若者たちは今も闘い続けている。
ひるがえって、日本は――。
状況は、まあ、全然違う。殺伐としている感じは、ほとんどない。でも、ひょっとしたらそれは多くの人が気付いていないだけで、水面下で沸々と起こっている変化があるのかもしれない。
「チルから暴力へ」
ただし、この場合の「暴力」というのは「誰かを屈服させ、支配するために力を振るう」ということを意味しない。むしろその逆だ。
そんなことを思って『MUSICA』でのMura Masaのレビューを「チルから暴力へ」というタイトルで書いたんだけれど、李氏さん(@BLUEPANOPTICON)という方が、まさにこの言葉で2019年を総括してた。
😂😂😂 pic.twitter.com/aaycPftNRQ
— 李氏 (@BLUEPANOPTICON) 2020年1月17日
blue-panopticon.hatenablog.com
読んで思った。そうそう、たしかにそういう空気を僕も感じる。そういうことをテーマにした音楽ZINE『痙攣』刊行を予定しているとのことで、すごく楽しみにしてます。
そして、たぶん、1月29日にリリースされるGEZANのアルバム『狂(KLUE)』が、ざわざわと波紋のように広がって時代に大きな作用をもたらしそうな予感がしている。これについては、またこんど。
(追記)
imdkmさんによる批判記事で言及いただく。こちらも合わせてご一読を。
たしかに「チルってる場合じゃない」のだが、同時に「チルするほかない」のだ、主人公は。