日々の音色とことば

usual tones and words

嵐「Turning Up」/ J-POPを背負う、ということ

Turning Up

 

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嵐の新曲「Turrning Up」。いい曲よね。

11月3日、デビュー20周年の記念日に記者会見を行い、公式のTwitter、Facebook、Instagram、TikTok、Weiboのアカウント開設、全シングル65曲のデジタル配信を開始。それに合わせて公開されたのがこの曲。

というわけで、「嵐のネット解禁」はいろんな社会的インパクトを持って受け止められている。僕もいろんな媒体に『ヒットの崩壊』著者の音楽ジャーナリストとして取材を受けました。音楽産業にあたえるインパクトとか、海外への波及効果への影響とか。

まあ、でもそんなことはさておいて。経済的な影響だとかジャニーズのネット戦略とか、そういうのはおいておいて「いい曲よね」というのがグッド・ニュースだなあと思う。ただ過去曲が解禁になるのよりも、新曲が配信されて、そこに意志とメッセージが読み解けるものになっているのが大きい。

というのも、これ、シングルとしては本当に久々の「嵐が嵐のことを歌ったポップソング」だから。

ここ何年もずっと、嵐のシングル曲というのは、メンバー主演のドラマや映画の主題歌だったり、大きなスポーツイベントのテーマソングだったり、ナショナルクライアントのCMソングだったりした。要はタイアップありきで制作された楽曲ということで、それはまあ国民的グループとしては当たり前の事実でもあった。

でも、この「Turrning Up」に関しては、「Theme of ARASHI」や「COOL & SOUL」に通じる、グループがグループのことを真っ向から歌ったノンタイアップの曲。ラップのリリックに「山 風 (嵐)と ほら朝まで」とグループ名をことを綴っているのも象徴的。

作曲はAndreas CarlssonとErik Lidbom。曲調はコンテンポラリーなブラック・ミュージックをベースにしている。そういう意味でも「ファンクをどうJ-POP化するかを考えて作られた曲」であるデビューシングル『A・RA・SHI』の20年後の正統的なアップデートという感じもする。

で、ポイントは、いわゆる海外のポップミュージックの動向とJ-POPの要素の絶妙なブレンドにあると思う。サウンド自体は、いわゆるブルーノ・マーズ以降の今のR&Bを意識しているもの。だけど、Aメロ、Bメロ、サビという曲の構造も、曲後半のヴァースでラップが入るという構成も、すごくJ-POP的。この「サウンドは洗練されているけれど構造はJ-POP」というのは、実はこの曲のメッセージ性ともリンクしてる。

曲を聴いて耳に残るのはサビの「Turrning Up With The J-POP」という一節。ここでの「Turn Up」は「音量を上げる」という意味だと思うので、直訳すれば「でっかい音でJ-POP聴こうぜ!」みたいなことを歌ってる。つまりそれがこの曲の持つメッセージ性ということになる。「嵐=J-POPの代表」ということをこの曲で打ち出してるわけだ。

 

 

 

ツイッターの発信が明らかに英語圏を意識していることや、中国語圏のSNSであるweiboのアカウントを開設していることを含めて、全てのアクションと曲に込められた意図が合致してる。

嵐については活動をつぶさに追っているわけではないのだけれど、ここぞというタイミングで意志の強い楽曲を放ってくるところが、わりと好きなのです。

 

(ちなみに数年前の対談はこちら)

realsound.jp

 

 

 

小沢健二が「彗星」で1995年と2020年の「今」を歌う理由

彗星

すごいの来た。小沢健二の新曲「彗星」。これを待ってた、という感じ。11月13日にリリースされる13年ぶりのニューアルバム『So kakkoii 宇宙』の収録曲とのこと。きっとアルバム全体を聴いたらまた捉え方も変わってしまうというので、今の時点でのファーストインプレッションを書きとめておこう。

 

 

歌詞はこちら。

 

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曲はオルガンから始まる。いきなり歌が始まる。

そして時は2020
全力疾走してきたよね 

 

その言葉に応えるかのように、優しいストリングスがふわっと響く。

「♪ツー、タッタタ」というドラムのフィルを合図に、ベースラインがグルーヴのスイッチを入れる。ギターのカッティングとクラビネットがファンキーに跳ねる。そしてフレーズはこう続く。

 

1995年 冬は長くって寒くて
心凍えそうだったよね

 

その言葉に「♪パッパラッパ〜」とホーンセクションが合いの手のようなオブリガードを入れる。ここまで約30秒。完璧。このオープニングがほんとに最高で、ここばっかり繰り返して聴いちゃう。歌い出しから「1995年」と明示した歌詞も、軽快で多幸感に満ちたソウル・ミュージックのサウンドも、明らかにこの曲が「強い気持ち・強い愛」のアンサーソングであることを示している。

この「強い気持ち・強い愛」がリリースされたのが1995年。アルバム『LIFE』リリースの翌年だ。異例なハイペースでシングルをリリースし、音楽番組にもたびたび出演して軽妙なトークを繰り広げ、さらには紅白歌合戦にも初出場と、小沢健二のキャリアでは数少ないマスメディアを賑わせた狂騒の一年。

「強い気持ち・強い愛」はアルバム未収録曲なのだけれど(ベストアルバム『刹那』には収録)、今年に入って「強い気持ち・強い愛 (1995 DAT Mix)」という別バージョンも配信リリースされていた。

 

 

このジャケット写真を見ても、2曲が呼応しているのがわかる。

「強い気持ち・強い愛」にはこんな歌詞がある。

 

寒い夜に遠くの街からまっすぐに空を降ってきた
冷たく強い風 君と僕は笑う 

 

「寒い夜」に「冷たく強い風」。この曲では冬の情景が描かれている。

 

1995年の冬。それは阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件が起こった季節だ。前年夏に「ジュリアナ東京」が閉店した。バブルの残り香がたち消え、未曾有の天災と事件が世の中の空気と人々の価値観をがらりと塗り替えた季節。戦後日本のターニングポイント。

 

「強い気持ち・強い愛」は、そういう年に世に放たれた冬の曲だった。だから「彗星」ではこう歌われる。

 

1995年 冬は長くって寒くて
心凍えそうだったよね 

 

つまりこれは1995年と、おそらくやはり日本のターニングポイントとなるだろう2020年をつなぐ曲なわけだ。ちなみに、じゃあその途中の2000年代はどうなの?という問いにも、丁寧に歌詞の中で答えている。

 

2000年代を嘘が覆い イメージの偽装が横行する
みんな一緒に騙される 笑

 

そしてここからがポイント。

「強い気持ち・強い愛」と「彗星」には共通点がある。それはサビで歌われる「今」という言葉が大事なキーワードになっている、ということ。

 

今のこの気持ちほんとだよね  (「強い気持ち・強い愛」)

 

今ここにある この暮らしこそが 宇宙だよと
今も僕は思うよ なんて素敵なんだろう!と  (「彗星」)

 

どういうことか。

この2曲は、共に「長い人生の中で、ほんのわずかに訪れる完璧な瞬間」のようなものをモチーフにしている。まばゆい光に包まれるような、その記憶だけを抱えてずっと生きていけるような、すべてがむくわれるような瞬間。だから曲調は多幸感に満ちているし、ホーンは祝福の響きを高らかに鳴らすし、言葉は饒舌になる。この2曲に使われている「ほんと」と「真実」というキーワードがその象徴になっている。

で、「強い気持ち・強い愛」は、その「今」から未来を見通す曲で、「彗星」は、逆に「今」から過去を振り返る曲だ。

長い階段をのぼり 生きる日々が続く
大きく深い川 君と僕は渡る (「強い気持ち・強い愛」)

 

今遠くにいるあのひとを 時に思い出すよ
笑い声と音楽の青春の日々を(「彗星」)

 

そういう風に呼応していると考えると、この曲に1995年と2020年というキーワードが表れているのがハッキリすると思う。

ちなみに「彗星」の後半も相当やばい。転調して、最後の大サビをコーラスと共に高らかに歌い上げて、そこで3分ちょっと。そこで曲を終えても全くもって熱量たっぷりの大団円なのに、さらに掛け合いを畳み掛ける。

あふれる愛がやってくる 
その謎について考えてる
高まる波 近づいてる
感じる
ここ、控えめに言って狂ってると思う。素晴らしいです。

 

 

 

テイラー・スウィフト『Lover』と、「他の誰かの評判」じゃなくて「自分の好きなもの」で自分を定義する、ということ

Lover

ここのところ更新頻度落ちてたんだけど、ちゃんとこちらでも記録していこう。

というわけで告知から。BS日テレで毎週月曜 23:00~23:30放送の「イマウタ」にレギュラー出演してます。ストリーミングサービスのチャートにスポットをあてて「今、本当に聴かれている曲」をセレクトして紹介する番組。毎回”音楽マスター”として大仰な紹介されてるのこそばゆいんだけど、そろそろ慣れました。

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というわけで、今回は10月7日放送回で紹介したテイラー・スウィフト「Lover」について。

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テイラー・スウィフトのなにがすごいって、ポップアイコンであることの「業」みたいなものに、誰よりも真っ向から立ち向かっていることだと思うのだ。

端的に言うと、自分自身が商品になる、ということ。自分の人生が、感情が、パッケージされて市場に並ぶということ。それをとことんまで突き詰めてるシンガーソングライターだと思う。

恋愛体験を赤裸々に書き留めた初期の作品にしてもそう。元カレへの復讐とか、有名どころとの恋愛ゴシップとか、テイラー・スウィフトの曲は、いわば「リアリティーショー・ポップソング」として磨き上げられて世に放たれていた。

カニエ・ウェストとの確執とか、炎上とか、いろいろあった騒動の数々をモチーフにした前作『レピュテーション』もそう。挑発的なエレクトロのビートに乗せ、悪評と復讐心を背負う「蛇としての自分」を歌い上げたキャリア史上最もダークなアルバム。

 わざわざ曲中に「ごめんなさい。昔のテイラーは今電話にでられません」「どうして?」「彼女は死んだから」というやりとりをフィーチャーする「Look What You Made Me Do」が最も象徴的。

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でも、あれは「行き止まり」だったのだろうな、とも思う。

6枚のアルバムで、テイラー・スウィフトは常に自分自身の人生を切り売りしてきた。そうして記録的なセールスを達成してきた一方で、当然、彼女自身の人生は名声に踏み荒らされてきた。

『レピュテーション』がダークで”黒い”アルバムであるのに比べて新作『ラヴァー』は一聴して明らかにカラフル。曲調は『Red』に通じるチアフルなエレクトロ・ポップが中心。ディクシー・チックスをフィーチャーした“スーン・ユール・ゲット・ベター”のようにカントリーサウンドを打ち出した曲もある。表題曲はアコースティック・ギターに乗せてフォーキーな歌を聴かせる6/8拍子のロッカ・バラード。タイトルもアートワークも、焦点を当てているのは「愛」。

 

 MTVのVMAで「You Need to Calm Down」と「Lover」を披露したときのパフォーマンスも最高だった。

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ただ、やっぱりすごいのは、単に「ラブソング回帰」「カントリー・ポップ回帰」なアルバムじゃない、ということ。ロマンティックなラブソングが並ぶが、新作は単なる恋愛ソング集ではない。そこがやはりテイラー・スウィフトの凄味だと思う。

アルバムにはテイラー・スウィフト自身の解説が封入されていて、そこには「10代の頃につけていた日記がアルバムのインスピレーションになった」ということが書かれている。

日記には自分の好きなことやものばかりが綴られていたそうで、だから新作のアルバムタイトルは「Lover」なのだという。「私は私の好きなもので私を定義する」というのが、実はアルバムのメインテーマ。誰かが自分について言ってた評判(=レピュテーション)ではなく、自分の愛するものこそが、自分のアイデンティティになる。ソーシャルメディアに跋扈する「自分について何かを言っている誰か」ではなく、自分自身の声に耳を傾ける、ということ。そういうメッセージがアルバムの核になっている。

そのうえで。このアルバム何がすごいって、テイラー・スウィフトが実際につけてた直筆の日記のコピーが、デラックス盤のCDに封入されているということなんですよ。しかも4種類。

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デラックス盤の4種類、それぞれ違う時期の日記の抜粋がされていて、コンプリートするためには全部買わなきゃいけないという。いわばJ-POPのCDの特典商法めいた手法。で、結果、アメリカにおいて2019年最大のアルバム・セールスを記録したという。

そういうところも含めて、やっぱりテイラー・スウィフトの「人生を切り売りするポップアイコンとしての業」ってすさまじいな、とも思うけれども。

テイラー・スウィフトが言っている「”誰かの評判”じゃなくて”自分の好きなもの”で自分を定義する」というメッセージって、誰もがソーシャルメディアに振り回される今の時代、とても大事なものだよな、とも思う。