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『非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎』

映画『非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎』公式サイトhttp://www.henry-darger.com/

3/29からシネマライズで公開されている映画『非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎』を見に行った。

1892年シカゴに生まれてから1971年に81歳で亡くなるまで、唯一人で誰にも知られることなく壮大な叙事詩を描いていたヘンリー・ダーガーの生涯を追うドキュメント。とはいえ、生前の彼の生活を示すような資料はほとんど残っていない。写真も3枚ほど、その名前の発音すらも「ダーガー」か「ダージャー」かはっきりしていない。施設で育ち、教会や病院の清掃夫としてひっそりと暮らしていた彼。人と交わることを嫌い、自分の部屋に引きこもっていた彼のことを、周囲は単なる「変人」としか思っていなかった。

しかし、彼の部屋の中には15000ページを超える小説の草稿と、数百枚に及ぶ巨大なサイズの挿絵が遺されていた。それが、「非現実の王国で」と名付けられた、彼だけの物語。19歳から亡くなるまで、生涯をかけて幻想の世界を築き上げていた。

映画は、現存する当時の隣人や関係者へのインタヴューと、彼が残した日記と自伝、そして物語をクロスさせるような形で進行していく。そして、映画の視点自体も、時が進むにつれて現実と非現実がごちゃ混ぜになってくる。彼の生い立ちを追っていく最初の頃にはまだ客観的な視点が保たれていたが、次第に虚構の世界が現実に侵入してくる。当時のシカゴの街の発展を伝える観光ビデオに、彼の物語の主人公である「ヴィヴィアン・ガールズ」が現れたりする。

両性具有の裸の少女たちを、ときには羽根や角をもった異形の存在として、何枚も何枚も描き続けてきた彼。まあ、言ってしまえば立派な変態ではある。きっと今の日本に生まれていたら同人作家になってただろうなあ、という気がするし、世が世なら児童ポルノでしょっ引かれていたかもしれない。

ただ、彼の環境が「閉ざされていた」だけに、その絵は観る者を惹きこむような不思議なアートとしての力を持ち得たのではないだろうか。誰にも絵の描き方を習わず、新聞の写真や童話のイラストからの見よう見まねで、チラシや包装紙を貼り合わせた巨大なキャンバスに絵を描いていった彼。その絵はどことなくバランスを欠いていて、不吉な印象すら与える。

晩年、救貧院に移されたことで自室の絵画や小説を大家に見られたことを知った彼は、「もう手遅れだ」とだけ話し、口をつぐんだという。彼が作り上げた虚構の世界はあくまで彼自身だけのものであり、彼にとっては現実の人生以上に「現実」だったのだろう。

そういう人生をまるで追体験するかのような映画。観終わったあとに、奇妙な酔いのような感覚が、残っていた。