日々の音色とことば

usual tones and words

ハッピー・ハードコア漫才としてのヨネダ2000「餅つき」

今年も『M-1グランプリ』面白かった!

 

なんだかんだで忙しくて直後に感想書けなくてもうすっかり時間が経ってしまったんだけど、それでもブログに書いておこう。ヨネダ2000の「餅つき」のネタがBPM160であることの“意味”について。

 

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抜群に面白かったです。僕は劇場に足を運ぶほどのコアなお笑いファンではないけれど、去年から「すごいのがいる」という噂は伝わってきて。で、THE Wに続いてM-1で観て、すっかりファンになってしまった。

 

直後の感想はこれ。

 

マジでミニマルテクノなんですよ。「ぺったんこー」「あーい!」のリズムが癖になる中毒性があって、しかも「あーい!」に強弱のダイナミクスがあったり、ドラムが入ってきたり、DA PUMPのダンスが始まったり、めくるめく展開があって、とにかくわけがわからないけど笑っちゃう。

 

で、ヨネダ2000のすごいところは「パフォーマンス力の異常な高さ」が「謎の面白さ」に直結しているところ。いろんな人が検証してるけど、「ぺったんこー」「あーい!」のリズムがBPM159〜160で安定してるんです。これ相当なことですよ。

 

凄腕のドラマーやミュージシャンならいざしらず、M-1の大舞台で、しかもあれだけトリッキーなことをやりながら一定のテンポが保てるのには驚愕。しかもヨネダ2000の公式チャンネルに上がっている(おそらく時期的には以前の)ネタと見比べると、M-1決勝戦ではグルーヴ感もキレも増してる。仕上がってるわけですよ。

 

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なんで正確なリズムキープが「謎の面白さ」に直結するキモになるかというと、それは「意味の逸脱」との錯綜につながるから。言ってることはどんどん逸脱していくけれど、リズムのルールやフォーマットがしっかりと守られている。そこのところのズレが面白さの原動力になるわけです。

 

何年も前のことだけど、そのあたりのことは、このブログで「ラッスンゴレライはどこが面白かったのか」という記事を書いたときに詳しく解説してます。

 

shiba710.hateblo.jp

 

審査員は全員頭を抱えてたし、漫才のフォーマットとしては「わけがわからない」「掟破り」な感じもするけど、いわゆる音楽評論家的な視点から見ると、リズムネタとして非常にロジカルに作られている。かつ「ぺったんこー」を表拍、「あーい!」を裏拍に入れてグルーヴを生み出す構造も含めて、とてもテクノミュージック的に作られている。そこにも感服しました。

 

ちなみに、初見では気付かなかったんだけど、最初の「♪絶対に〜成功させようね〜」「(うなづく)」もBPM160のテンポで歌ってる。なのでここが“リズムの快楽”の伏線になる。さらにはラストはテープストップ的にテンポを落として終わる。そういうところもDJ的で完成度高いなーと思います。

 

■なぜ「ロンドンで餅つき」なのか

 

で、ここからは深読みの領域に属することなんだけど、テクノとかダンス・ミュージックにおいて、だいたいBPM160くらいの領域のテンポのジャンルって、90年代前半に勃興したハッピー・ハードコアと言われるジャンルなんです。代表曲はこんな感じ。

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ジャンルの解説についてはRedbull Music Academyのこの記事が(英語なんですが)簡潔にまとまっていてわかりやすいです。

 

daily.redbullmusicacademy.com

 

ハウス・ミュージックが大体BPM115~130くらいであるのに比べると、ハッピー・ハードコアのテンポはとにかく速い。トランスとかダブステップに比べても速い。そしてメロディはシンプルで、フレーズも展開もシンプル。ユーロビートとかにも近い、頭のネジ飛ばして楽しむタイプのダンス・ミュージック。なのでレイヴカルチャー界隈ではちょっとバカにされてたりもしていた。ヨネダ2000はTHE Wのネタでもハッピー・ハードコアとかユーロビートっぽい曲を使ってたので、このへん好きなのかなーとも思います。

 

で、そのハッピー・ハードコアから派生したのがUKハードコア。そう、ハッピー・ハードコアは90年代のUKのクラブカルチャーとかレイヴシーンで生まれたムーブメントなわけですよ。

 

そう考えると、「ロンドンで餅つき」にも、ちゃんと意味がある。このネタは「イギリスで餅つこうぜ!」「イギリスでお餅をついたら一儲けできるって計算が出たのね」というところから始まる。「どういうこと?」ってなるわけだけど、それもハッピー・ハードコアの本場がロンドンだってことを踏まえると謎のつながりが生まれる。

 

 

さらに言うなら、DA PUMPの最大のヒットになった「U.S.A」がユーロビートのカバー曲なのは有名な話。

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(こちらがJOE YELLOWによる92年の原曲)

 

なので「♪DA PUMPのKENZO〜」にも、ちゃんと文脈のつながりがある。

 

ヨネダ2000おそるべしだと思います。

サッカー日本代表の劇的瞬間とリンクしたKing Gnu『Stardom』

※2022年12月9日に「ARTICLE」というサイト(現在は閉鎖)に掲載された文章の再録です

Stardom (初回生産限定盤)

『飛行艇』から3年、歩み続ける"より大きな存在"への道のり

 

たぶん、10年後や20年後もずっと語り継がれることになるだろう。正直、まったく予想してなかった。でもすごいことが起こってしまった。

 

「2022 FIFAワールドカップ」カタール大会で、日本は強豪のドイツとスペインに逆転勝利をおさめてグループステージを首位で突破。優勝経験国を相手にした2度にわたるジャイアント・キリングだ。

 

決勝トーナメントでは1回戦でPK戦の末にクロアチアに敗北、初のベスト8進出は逃した。ただ、前回の準優勝国を相手に延長も含めて文字通り互角に渡り合った。歴史的な結果となったのは間違いない。

 

サッカーアンセム、『Stardom』に歌われた「あと一歩」の意味

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きっと沢山の人が、興奮の醒めやらない中でこの曲を耳にしていると思う。

 

「2022 NHKサッカーテーマ」として書き下ろされたKing Gnuの『Stardom』。NHKのワールドカップ中継のテーマソングとして、試合のたびに何度も流れている曲だ。

 

世の中にはすでに沢山のサッカーアンセムがあるけれど、またひとつ、すごく大きな意味合いを持つ曲が生まれたと感じる。


この曲のサビでは「あと一歩 ここからあと一歩」と歌われる。死力を尽くしフィールドを走る選手たちの思いに寄り添うような、とても印象的な言葉だ。

 

スペイン戦での勝ち越し場面、ゴールラインを割りそうなボールにギリギリで追いついた三苫薫のクロスボールから田中碧がゴールを決めた劇的なシーンに、このフレーズを思い浮かべた人も多いのではないだろうか。

 

リンクするフレーズ。29年を経て"ドーハの歓喜"に


他にも、この曲と今大会のサッカー日本代表の間には、結果的に生まれたいろんな符合が読み取れる。

 

たとえば、サビで歌われる「あの日の悪夢を 断ち切ったならば スポットライトに何度でも 手を伸ばし続けるから」というフレーズ。

 

ドイツ戦とスペイン戦が行われたのはカタールの首都・ドーハ。1993年10月、後半ロスタイムの失点で日本が初のW杯出場を逃した“ドーハの悲劇”の地だ。その時に現役選手としてピッチに立っていた森保一監督は、29年後に同じ地で“ドーハの歓喜”の奇跡を成し遂げる。まさに「あの日の悪夢を断ち切った」わけだ。


加えて、開幕前には世の中の盛り上がりも今ひとつなムードもあった。サッカー日本代表の人気低迷も報じられていた。優勝候補と同組になったことで悲観的な下馬評もあった。

 

そういうもろもろを踏まえて考えると「心の底で諦めかけていた 夢を嗤わないでくれた あなたに今応えたいんだ 最後の笛が吹かれるまで」というフレーズも、よりグッとくる。

 

スタジアム・アンセムになった「飛行艇」からの道程


King Gnuにとっても、『Stardom』はとても大事な意味合いを持つ曲になった。常田大希は楽曲のリリースに際して、こんなコメントを発表している。

 

何年か前に飛行艇という曲を作った時、あちこちのスポーツ会場や、様々なスポーツ選手たちが入場曲やテーマソングとして用いてくれていました。その光景を目の当たりにした時、そうだ!一戦一戦に全身全霊を賭けるスポーツ選手はもちろんのこと、大変な時代を生き抜く全ての人々の、今日を生き抜くエネルギーになるような音を俺は鳴らしたかったのだと気付きました。そう思い立って作ったのがStardomです。この楽曲が皆様のそういった存在になってくれたら幸いです。宜しくお願い致します。コーラス隊にはULTRASというサッカー日本代表サポーターの方々に参加していただきました。録音時、そこには熱狂するスタジアムの光景がありました。
「King Gnu メンバーズサイト - CLUB GNU」より

 

常田が言うように、『飛行艇』はKing Gnuにとって一つのターニングポイントのような曲になった。

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リリースは2019年8月のこと。この曲はその後にどんどん独り歩きしていった。

 

その年に開催されたラグビーW杯の会場で流れたり、選手の登場曲として選ばれたり、さまざまな大舞台でアスリートとサポーターを鼓舞し、熱狂を生み出してきた。

 

アークティック・モンキーズやホワイト・ストライプス、そして70年代のレッド・ツェッペリンにも通じるようなシンプルで力強いビート、高揚感あふれるリフとメロディを持つこの曲が力強いアンセムとなって響いていくことで、バンド自身もより大きな存在になっていった。


今年11月にはKing Gnuはバンド初の東京ドーム公演を成功させている。このライブもすごくモニュメンタルなものだった。2日間のチケットは両日ともにソールドアウト。動員は2日で10万人だ。

 

4月に公演を発表した際、常田は「俺がKing Gnuを結成した理由は、子供の頃に憧れていたドームクラスのロックバンドを作ることでした」とコメントしている。

 

彼らは結成当初から破格のデカい存在になることを目指してきたバンドだし、実際に、彼を“新世代のスタジアムロックバンド”として押し上げた曲の一つが『飛行艇』だった。

 

そしてその東京ドーム公演で本編ラストに披露されたのが『Stardom』だ。

 

この曲には「さあ命揺らせよBlow Life」という歌詞がある。『飛行艇』のサビの「命揺らせ」という言葉のリプライズとも言えるフレーズを用いていることからも、2つの曲には強い関連があると言えるだろう。

 

そしてもうひとつ、この『Stardom』という曲がKing Gnuだけでなく常田大希というアーティストにとって重要なものであることを示すキーワードがある。

 

それは常田が歌う「Honey make the world get down」という歌詞だ。これはmillennium paradeの『Fly with me』の歌詞をそのまま引用したフレーズである。
millennium paradeは常田大希率いる音楽プロジェクト。

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King Gnuと並行して活動し、昨年にはmillennium parade × Belle(中村佳穂)として『竜とそばかすの姫』のメインテーマ『U』で紅白歌合戦への出場も果たした。

 

『Fly with me』はアニメ『攻殻機動隊 SAC_2045』のオープニングテーマに起用された曲だが、それと同時に、millennium paradeのスタンスを宣言するような曲だった。

 

不屈の精神を歌い上げた、2022年の記憶を彩る一曲


『Stardom』は、King Gnuというバンド、そして常田大希というミュージシャンにとって、まさに“スターダム”を目指して歩んできた道程を改めて示すものになっているとも言える。

 

きっと、今のKing Gnuにとって「サッカーアンセムを作ってほしい」というオファーはドンピシャなものだったと思う。その上で、自身の歩みも踏まえて、不屈の精神を歌い上げ、「大変な時代を生き抜く全ての人々の、今日を生き抜くエネルギーになるような音」を鳴らしたのだろう。

 

たぶん年末の紅白歌合戦でも披露されるだろうこの曲。いろんなことがあった2022年の、輝かしい記憶を彩る曲になったことは間違いない。

 

浄化の力を持つ“白魔法”としての藤井風『grace』

※2022年11月7日に「ARTICLE」というサイト(現在は閉鎖)に掲載された文章の再録です

grace

 

多くの人を惹きつける藤井風の“魂の清らかさ”


藤井風のことを好きな人はもうみんな気付いていると思うけれど、彼が沢山の人を惹きつけている理由の大きなポイントには、その“魂の清らかさ”とも言うべきチャームがある。

 

もちろん、音楽的な才能のことは言うまでもない。人懐っこいのに革新的で、自然体なのに突き抜けている。R&Bやブラックミュージック、ジャズ、歌謡曲などなど、いろんな音楽が素養になっているのは間違いない。けれど、藤井風の作る曲にはジャンルやスタイルでは語れないタイプの魅力がある。

 

パフォーマンスも飛び抜けている。ピアノを弾いて歌っているだけでその場の空気の色をふっと塗り替えてしまうような呼吸と間合いを持っている。YouTubeに投稿された沢山のカバーや「ねそべり配信」の動画を観ても、古今東西のポップソングのエッセンスを巧みに抽出して、それを次から次へと自分の歌にしてしまうような、ミラクルなところが沢山ある。

 

ただ、やっぱりそれだけではないとも思ってしまう。藤井風について思うのは、J-POPのシーンで、ここまでスピリチュアルなメッセージを持つ歌がヒットしたこと、そのことを真っ直ぐにリスナーに伝えて歌うシンガーソングライターがスターダムを駆け上がったことって、今まであっただろうか?ということ。

 

デビュー曲の『何なんw』の時点で、そのことはハッキリしていた。

 

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藤井風自ら「この曲は誰しもの中に存在しているハイヤーセルフを探そうとする歌」と解説している。神や天使やヒーローのようなハイヤーセルフが一人一人の内に存在しているということ、それはエゴや利己心や嫉妬と無縁で愛に満ちた存在であるということ、曲の中で自分と自分のハイヤーセルフが対話しているということを語っていた。

 

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ニューヨークで撮影されたミュージックビデオにも、全身に白い衣装をまとったそのハイヤーセルフの役柄が登場する。

 

ファーストアルバムの『HELP EVER HURT NEVER』にも、そういうスピリチュアルなメッセージを込めた曲が沢山あった。たとえば『帰ろう』は、人生の幕をどう閉じるかということについて歌った、藤井風なりの死生観をテーマにした曲だ。

 

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セカンドアルバムでよりオープンになったスピリチュアリティ


そして、セカンドアルバム『LOVE ALL SERVE ALL』もそう。

 

二つのアルバムタイトルは対になる言葉で、「Love All, Serve All. Help Ever, Hurt Never.」(すべてを愛し、すべてに奉仕する。常に助け、決して傷つけない)という、インドのスピリチュアルリーダー、サティヤ・サーイー・バーバー(日本ではサイババという呼び方のほうが一般的)が残した言葉が由来になっている。

 

『LOVE ALL SERVE ALL』では、藤井風にとっての中心的なテーマであるスピリチュアリティが、よりオープンに、よりスケールが大きく、でも決して押し付けがましくならず、自然体で歌われている。そう感じた。

 

たとえば、ファンキーなグルーヴと陽気なメロディに乗せて「だんだんアホになったこのおれ」と歌う『damn』。

 

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歌詞では自問自答、というかハイヤーセルフとの対話を描いているのだけれど、そのムードはゆるく脱力している。

 

さまざまな曲で輪廻転生や命の循環をモチーフにした言葉が繰り返し紡がれるのも『LOVE ALL SERVE ALL』の特徴だろう。たとえば、「花は咲いては枯れ」と歌う『ガーデン』。「何度も何度も墓まで行って」「同じことが何度も ただ繰り返されるだろうと 安い夢を生きてたでしょ」と歌う『やば』。Gファンクと盆踊りを融合させたような和洋折衷のオリエンタルなサウンドを持つ『まつり』。おおらかにすべてを祝うような曲のムードの中で「生まれゆくもの死にゆくもの すべてが同時の出来事」と歌う言葉にハッとする。

 

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「新しい日々も 拙い過去も 全てがきらり」と歌う1曲目『きらり』は全てを瞬間に凝縮する歌で、だからラストの『旅路』で「永遠なる光のなか 全てを愛すだろう」と歌う言葉と対になる。

 

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季節の巡りや、過ぎゆく時間や、生そのものを胡蝶の夢のように俯瞰の視点で見渡すような言葉が、いろんな曲に通底している。

 

リリースから2年を経て世界に広まった『死ぬのがいいわ』

そういえば、2022年の夏から秋にかけては、とても興味深い現象も起こっている。『HELP EVER HURT NEVER』収録の『死ぬのがいいわ』という曲が、TikTok経由で東南アジアから欧米も含めた全世界に広まっているのだ。

 

バイラルヒットのきっかけは、7月下旬頃からタイのTikTokユーザーの間でこの曲を使った動画が自然発生的に流行しはじめたことだった。初期に人気になった投稿はアニメなどの好きなキャラクターを紹介する「推し活動画」のBGMとしてこの曲を用いるものが多く、日本のポップカルチャーに親しみのあるユーザーが「わたしの最後はあなたがいい あなたとこのままおサラバするより 死ぬのがいいわ」というこの曲の歌詞の意味も踏まえてこの曲をセレクトしたものと思われる。

 

8月23日には、2020年に日本武道館で披露したこの曲のライブバージョンをYouTubeチャンネルに公開。情熱的なピアノの演奏から始まるこの動画への反響もあり、8月下旬から9月にかけてはアジア以外の各国にも楽曲の人気が広まっていった。

 

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そして9月にはSpotifyのグローバルバイラルチャートでは最高4位を記録し、9月24日付けの米ビルボードのグローバルチャート「Billboard Global 200」では188位にチャートイン。その後も最高位118位(10月28日時点)というチャートアクションを続けている。あくまで偶発的なきっかけから現象が生まれ、純粋に『死ぬのがいいわ』という楽曲の持つ魅力から人気が広がっていったわけだ。

 

そうなってきたときに、改めて大きな意味を持っていると感じるのが、前述した『何なんw』の曲解説動画も含めて、藤井風が流暢な英語で自らの世界観と曲に込めたメッセージを発信しているということだ。彼の根底にあるスピリチュアルなメッセージは、日本よりも、むしろ宗教が生活の中に根付いているアジアや欧米の人たちのほうが、多くの人に真っ直ぐに響くような気もする。

 

聴いているだけで浄化される “白魔法”のような『grace』


10月10日にリリースされた『grace』も素晴らしい。

 

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四つ打ちのリズムとシンセベースを骨格にしたハウス・ミュージックの楽曲もさることながら、全編をインドで撮影したミュージックビデオにも惹きつけられる。ガンジス川に入ったり、子供たちと笑顔で踊ったり。まるで一つのドキュメンタリー映画作品のようなスケールの大きさがある。藤井風の根幹にもあるおおらかな愛と誠実さが伝わってくる。


そして、藤井風のアーティストとしてのあり方を知っている人は、『grace』を聴いて、この曲にも「ハイヤーセルフとの対話」が描かれているということに、すぐに気付くはずだ。

 

曲のハイライトは中盤に訪れる。

 

待たせてごめん いつもありがと
会いにいくよ 一つになろう

 

こう藤井風が歌うと、ふっと音が途切れ、無音の瞬間が訪れる。ミュージックビデオでは、インドの各地を旅していたはずの藤井風が、雲の上のような幻想的な場所に一人立っている風景が映し出される。

 

あたしに会えて良かった
やっと自由になった
涙も輝き始めた

 

そして、多幸感に満ちたメロディに乗せて、こう歌い上げる。聴いているだけで浄化されるような、“白魔法”のようなエネルギーを持つ曲だと思う。

『死ぬのがいいわ』の国境を超えたヒットから『grace』への展開は偶然のものだけれど、これは単にひとつの曲がバズったということではなく、それをきっかけに、藤井風というアーティストの魅力自体がワールドワイドに広まっていく可能性を示唆しているように思う。