※2022年11月7日に「ARTICLE」というサイト(現在は閉鎖)に掲載された文章の再録です
多くの人を惹きつける藤井風の“魂の清らかさ”
藤井風のことを好きな人はもうみんな気付いていると思うけれど、彼が沢山の人を惹きつけている理由の大きなポイントには、その“魂の清らかさ”とも言うべきチャームがある。
もちろん、音楽的な才能のことは言うまでもない。人懐っこいのに革新的で、自然体なのに突き抜けている。R&Bやブラックミュージック、ジャズ、歌謡曲などなど、いろんな音楽が素養になっているのは間違いない。けれど、藤井風の作る曲にはジャンルやスタイルでは語れないタイプの魅力がある。
パフォーマンスも飛び抜けている。ピアノを弾いて歌っているだけでその場の空気の色をふっと塗り替えてしまうような呼吸と間合いを持っている。YouTubeに投稿された沢山のカバーや「ねそべり配信」の動画を観ても、古今東西のポップソングのエッセンスを巧みに抽出して、それを次から次へと自分の歌にしてしまうような、ミラクルなところが沢山ある。
ただ、やっぱりそれだけではないとも思ってしまう。藤井風について思うのは、J-POPのシーンで、ここまでスピリチュアルなメッセージを持つ歌がヒットしたこと、そのことを真っ直ぐにリスナーに伝えて歌うシンガーソングライターがスターダムを駆け上がったことって、今まであっただろうか?ということ。
デビュー曲の『何なんw』の時点で、そのことはハッキリしていた。
藤井風自ら「この曲は誰しもの中に存在しているハイヤーセルフを探そうとする歌」と解説している。神や天使やヒーローのようなハイヤーセルフが一人一人の内に存在しているということ、それはエゴや利己心や嫉妬と無縁で愛に満ちた存在であるということ、曲の中で自分と自分のハイヤーセルフが対話しているということを語っていた。
ニューヨークで撮影されたミュージックビデオにも、全身に白い衣装をまとったそのハイヤーセルフの役柄が登場する。
ファーストアルバムの『HELP EVER HURT NEVER』にも、そういうスピリチュアルなメッセージを込めた曲が沢山あった。たとえば『帰ろう』は、人生の幕をどう閉じるかということについて歌った、藤井風なりの死生観をテーマにした曲だ。
セカンドアルバムでよりオープンになったスピリチュアリティ
そして、セカンドアルバム『LOVE ALL SERVE ALL』もそう。
二つのアルバムタイトルは対になる言葉で、「Love All, Serve All. Help Ever, Hurt Never.」(すべてを愛し、すべてに奉仕する。常に助け、決して傷つけない)という、インドのスピリチュアルリーダー、サティヤ・サーイー・バーバー(日本ではサイババという呼び方のほうが一般的)が残した言葉が由来になっている。
『LOVE ALL SERVE ALL』では、藤井風にとっての中心的なテーマであるスピリチュアリティが、よりオープンに、よりスケールが大きく、でも決して押し付けがましくならず、自然体で歌われている。そう感じた。
たとえば、ファンキーなグルーヴと陽気なメロディに乗せて「だんだんアホになったこのおれ」と歌う『damn』。
歌詞では自問自答、というかハイヤーセルフとの対話を描いているのだけれど、そのムードはゆるく脱力している。
さまざまな曲で輪廻転生や命の循環をモチーフにした言葉が繰り返し紡がれるのも『LOVE ALL SERVE ALL』の特徴だろう。たとえば、「花は咲いては枯れ」と歌う『ガーデン』。「何度も何度も墓まで行って」「同じことが何度も ただ繰り返されるだろうと 安い夢を生きてたでしょ」と歌う『やば』。Gファンクと盆踊りを融合させたような和洋折衷のオリエンタルなサウンドを持つ『まつり』。おおらかにすべてを祝うような曲のムードの中で「生まれゆくもの死にゆくもの すべてが同時の出来事」と歌う言葉にハッとする。
「新しい日々も 拙い過去も 全てがきらり」と歌う1曲目『きらり』は全てを瞬間に凝縮する歌で、だからラストの『旅路』で「永遠なる光のなか 全てを愛すだろう」と歌う言葉と対になる。
季節の巡りや、過ぎゆく時間や、生そのものを胡蝶の夢のように俯瞰の視点で見渡すような言葉が、いろんな曲に通底している。
リリースから2年を経て世界に広まった『死ぬのがいいわ』
そういえば、2022年の夏から秋にかけては、とても興味深い現象も起こっている。『HELP EVER HURT NEVER』収録の『死ぬのがいいわ』という曲が、TikTok経由で東南アジアから欧米も含めた全世界に広まっているのだ。
バイラルヒットのきっかけは、7月下旬頃からタイのTikTokユーザーの間でこの曲を使った動画が自然発生的に流行しはじめたことだった。初期に人気になった投稿はアニメなどの好きなキャラクターを紹介する「推し活動画」のBGMとしてこの曲を用いるものが多く、日本のポップカルチャーに親しみのあるユーザーが「わたしの最後はあなたがいい あなたとこのままおサラバするより 死ぬのがいいわ」というこの曲の歌詞の意味も踏まえてこの曲をセレクトしたものと思われる。
8月23日には、2020年に日本武道館で披露したこの曲のライブバージョンをYouTubeチャンネルに公開。情熱的なピアノの演奏から始まるこの動画への反響もあり、8月下旬から9月にかけてはアジア以外の各国にも楽曲の人気が広まっていった。
そして9月にはSpotifyのグローバルバイラルチャートでは最高4位を記録し、9月24日付けの米ビルボードのグローバルチャート「Billboard Global 200」では188位にチャートイン。その後も最高位118位(10月28日時点)というチャートアクションを続けている。あくまで偶発的なきっかけから現象が生まれ、純粋に『死ぬのがいいわ』という楽曲の持つ魅力から人気が広がっていったわけだ。
そうなってきたときに、改めて大きな意味を持っていると感じるのが、前述した『何なんw』の曲解説動画も含めて、藤井風が流暢な英語で自らの世界観と曲に込めたメッセージを発信しているということだ。彼の根底にあるスピリチュアルなメッセージは、日本よりも、むしろ宗教が生活の中に根付いているアジアや欧米の人たちのほうが、多くの人に真っ直ぐに響くような気もする。
聴いているだけで浄化される “白魔法”のような『grace』
10月10日にリリースされた『grace』も素晴らしい。
四つ打ちのリズムとシンセベースを骨格にしたハウス・ミュージックの楽曲もさることながら、全編をインドで撮影したミュージックビデオにも惹きつけられる。ガンジス川に入ったり、子供たちと笑顔で踊ったり。まるで一つのドキュメンタリー映画作品のようなスケールの大きさがある。藤井風の根幹にもあるおおらかな愛と誠実さが伝わってくる。
そして、藤井風のアーティストとしてのあり方を知っている人は、『grace』を聴いて、この曲にも「ハイヤーセルフとの対話」が描かれているということに、すぐに気付くはずだ。
曲のハイライトは中盤に訪れる。
待たせてごめん いつもありがと
会いにいくよ 一つになろう
こう藤井風が歌うと、ふっと音が途切れ、無音の瞬間が訪れる。ミュージックビデオでは、インドの各地を旅していたはずの藤井風が、雲の上のような幻想的な場所に一人立っている風景が映し出される。
あたしに会えて良かった
やっと自由になった
涙も輝き始めた
そして、多幸感に満ちたメロディに乗せて、こう歌い上げる。聴いているだけで浄化されるような、“白魔法”のようなエネルギーを持つ曲だと思う。
『死ぬのがいいわ』の国境を超えたヒットから『grace』への展開は偶然のものだけれど、これは単にひとつの曲がバズったということではなく、それをきっかけに、藤井風というアーティストの魅力自体がワールドワイドに広まっていく可能性を示唆しているように思う。