日々の音色とことば

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サッカー日本代表の劇的瞬間とリンクしたKing Gnu『Stardom』

※2022年12月9日に「ARTICLE」というサイト(現在は閉鎖)に掲載された文章の再録です

Stardom (初回生産限定盤)

『飛行艇』から3年、歩み続ける"より大きな存在"への道のり

 

たぶん、10年後や20年後もずっと語り継がれることになるだろう。正直、まったく予想してなかった。でもすごいことが起こってしまった。

 

「2022 FIFAワールドカップ」カタール大会で、日本は強豪のドイツとスペインに逆転勝利をおさめてグループステージを首位で突破。優勝経験国を相手にした2度にわたるジャイアント・キリングだ。

 

決勝トーナメントでは1回戦でPK戦の末にクロアチアに敗北、初のベスト8進出は逃した。ただ、前回の準優勝国を相手に延長も含めて文字通り互角に渡り合った。歴史的な結果となったのは間違いない。

 

サッカーアンセム、『Stardom』に歌われた「あと一歩」の意味

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きっと沢山の人が、興奮の醒めやらない中でこの曲を耳にしていると思う。

 

「2022 NHKサッカーテーマ」として書き下ろされたKing Gnuの『Stardom』。NHKのワールドカップ中継のテーマソングとして、試合のたびに何度も流れている曲だ。

 

世の中にはすでに沢山のサッカーアンセムがあるけれど、またひとつ、すごく大きな意味合いを持つ曲が生まれたと感じる。


この曲のサビでは「あと一歩 ここからあと一歩」と歌われる。死力を尽くしフィールドを走る選手たちの思いに寄り添うような、とても印象的な言葉だ。

 

スペイン戦での勝ち越し場面、ゴールラインを割りそうなボールにギリギリで追いついた三苫薫のクロスボールから田中碧がゴールを決めた劇的なシーンに、このフレーズを思い浮かべた人も多いのではないだろうか。

 

リンクするフレーズ。29年を経て"ドーハの歓喜"に


他にも、この曲と今大会のサッカー日本代表の間には、結果的に生まれたいろんな符合が読み取れる。

 

たとえば、サビで歌われる「あの日の悪夢を 断ち切ったならば スポットライトに何度でも 手を伸ばし続けるから」というフレーズ。

 

ドイツ戦とスペイン戦が行われたのはカタールの首都・ドーハ。1993年10月、後半ロスタイムの失点で日本が初のW杯出場を逃した“ドーハの悲劇”の地だ。その時に現役選手としてピッチに立っていた森保一監督は、29年後に同じ地で“ドーハの歓喜”の奇跡を成し遂げる。まさに「あの日の悪夢を断ち切った」わけだ。


加えて、開幕前には世の中の盛り上がりも今ひとつなムードもあった。サッカー日本代表の人気低迷も報じられていた。優勝候補と同組になったことで悲観的な下馬評もあった。

 

そういうもろもろを踏まえて考えると「心の底で諦めかけていた 夢を嗤わないでくれた あなたに今応えたいんだ 最後の笛が吹かれるまで」というフレーズも、よりグッとくる。

 

スタジアム・アンセムになった「飛行艇」からの道程


King Gnuにとっても、『Stardom』はとても大事な意味合いを持つ曲になった。常田大希は楽曲のリリースに際して、こんなコメントを発表している。

 

何年か前に飛行艇という曲を作った時、あちこちのスポーツ会場や、様々なスポーツ選手たちが入場曲やテーマソングとして用いてくれていました。その光景を目の当たりにした時、そうだ!一戦一戦に全身全霊を賭けるスポーツ選手はもちろんのこと、大変な時代を生き抜く全ての人々の、今日を生き抜くエネルギーになるような音を俺は鳴らしたかったのだと気付きました。そう思い立って作ったのがStardomです。この楽曲が皆様のそういった存在になってくれたら幸いです。宜しくお願い致します。コーラス隊にはULTRASというサッカー日本代表サポーターの方々に参加していただきました。録音時、そこには熱狂するスタジアムの光景がありました。
「King Gnu メンバーズサイト - CLUB GNU」より

 

常田が言うように、『飛行艇』はKing Gnuにとって一つのターニングポイントのような曲になった。

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リリースは2019年8月のこと。この曲はその後にどんどん独り歩きしていった。

 

その年に開催されたラグビーW杯の会場で流れたり、選手の登場曲として選ばれたり、さまざまな大舞台でアスリートとサポーターを鼓舞し、熱狂を生み出してきた。

 

アークティック・モンキーズやホワイト・ストライプス、そして70年代のレッド・ツェッペリンにも通じるようなシンプルで力強いビート、高揚感あふれるリフとメロディを持つこの曲が力強いアンセムとなって響いていくことで、バンド自身もより大きな存在になっていった。


今年11月にはKing Gnuはバンド初の東京ドーム公演を成功させている。このライブもすごくモニュメンタルなものだった。2日間のチケットは両日ともにソールドアウト。動員は2日で10万人だ。

 

4月に公演を発表した際、常田は「俺がKing Gnuを結成した理由は、子供の頃に憧れていたドームクラスのロックバンドを作ることでした」とコメントしている。

 

彼らは結成当初から破格のデカい存在になることを目指してきたバンドだし、実際に、彼を“新世代のスタジアムロックバンド”として押し上げた曲の一つが『飛行艇』だった。

 

そしてその東京ドーム公演で本編ラストに披露されたのが『Stardom』だ。

 

この曲には「さあ命揺らせよBlow Life」という歌詞がある。『飛行艇』のサビの「命揺らせ」という言葉のリプライズとも言えるフレーズを用いていることからも、2つの曲には強い関連があると言えるだろう。

 

そしてもうひとつ、この『Stardom』という曲がKing Gnuだけでなく常田大希というアーティストにとって重要なものであることを示すキーワードがある。

 

それは常田が歌う「Honey make the world get down」という歌詞だ。これはmillennium paradeの『Fly with me』の歌詞をそのまま引用したフレーズである。
millennium paradeは常田大希率いる音楽プロジェクト。

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King Gnuと並行して活動し、昨年にはmillennium parade × Belle(中村佳穂)として『竜とそばかすの姫』のメインテーマ『U』で紅白歌合戦への出場も果たした。

 

『Fly with me』はアニメ『攻殻機動隊 SAC_2045』のオープニングテーマに起用された曲だが、それと同時に、millennium paradeのスタンスを宣言するような曲だった。

 

不屈の精神を歌い上げた、2022年の記憶を彩る一曲


『Stardom』は、King Gnuというバンド、そして常田大希というミュージシャンにとって、まさに“スターダム”を目指して歩んできた道程を改めて示すものになっているとも言える。

 

きっと、今のKing Gnuにとって「サッカーアンセムを作ってほしい」というオファーはドンピシャなものだったと思う。その上で、自身の歩みも踏まえて、不屈の精神を歌い上げ、「大変な時代を生き抜く全ての人々の、今日を生き抜くエネルギーになるような音」を鳴らしたのだろう。

 

たぶん年末の紅白歌合戦でも披露されるだろうこの曲。いろんなことがあった2022年の、輝かしい記憶を彩る曲になったことは間違いない。