日々の音色とことば

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フジファブリック「銀河」の転調について/音楽は知識があれば偉いものじゃないけど、それがあると心の深いところで握手できる機会が増える

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ツイッターでふとつぶやいたことだけど、大事なことなのでこっちにも記述しておこう。

 

 
音楽は知識があれば偉いものじゃないけど、それがあると心の深いところで握手できる機会が増えるのよ。

 

そういうことを考えるきっかけになったのが、ジャズ評論家・柳樂光隆さんが「音楽の聴き方」を語るインタビュー。

 

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正直、柳樂光隆さんの言ってることに100%頷けるか、と言えばそうじゃない。けれど、以下のポイントはすごく同意。

 

音楽って意識的に聴かないと分からない面白さが埋まっていることも多いんだけど、意識的になるためには、一度スイッチが入らないといけない。

 

 


で、そこから思い出したのが、「銀河」のエピソードだった。

 

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この曲はCメロから最後のサビにかけて「え?」となる転調が仕込まれている。3分46秒と52秒で、半音ずつ上がっている。

これ、当時もリアルタイムで「ええ?」となった記憶がある。蔦谷好位置さんみたいに車を路肩に止めた覚えがある。

で、何度かインタビューする機会があって、「あそこがすごい」という事も伝えた覚えはあるんだけれど、結局、何がルーツになってああいう発想が出てきたのか、わからなかった。

結局、それを知ったのはプロデューサーをつとめた片寄明人さんのブログ(現在はFacebookに移行)を読んでから。

 

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フジファブリックを聴いた人の多くは「不思議な曲を書く人だなぁ」と志村くんのことを思ったようだが、おそらくその画期的なソングライティングについて、あまり具体的に研究されたり言及されたことはなかったような気がする。

一般的には「奥田民生チルドレン」というイメージで彼の音楽を捉えていた人が多かったのではないだろうか。たしかに志村くんの音楽ルーツの根幹にあったのは、ユニコーンであり、奥田民生さんの音楽をはじめとする90年代の日本のロックだった。声や歌い方が似ていたのも大きな要因だと思う。

しかしそれだけでは彼の創る曲から伺われる音楽的豊潤さは説明つかない。

あの、曲をグニャッと歪めるような転調やプログレシッブな展開、時折現れては胸を締め付けるテンションコード、これら彼独特の音楽性はどこから来ていたのだろうか?

僕はそのほとんどが、彼が富士吉田にいたときから愛聴していたブラジル音楽からの影響だったのではないかと考える。

例えばEdu Lobo (エデュ・ロボ)というブラジルのソングライターがいるのだが、彼の1973年に出されたアルバムに「Vento bravo」という曲があって、志村くんはこの曲を本当に愛していた。

これを聴けば、フジファブリックのファンには、志村くんの音楽とEdu Loboの共通項がわかってもらえるだろうか。

僕には楽曲に対する声の音域の設定具合にまで志村くんとの共通項を感じ、彼がこの曲を歌っている姿が浮かんでしまうほどだ。

彼がもっとも好きだったEdu Loboのアルバムは、この「Vento bravo」が収録されているもので、志村くんはここから奇天烈ながらも音楽的で美しい転調のマナーを学んだのではないかと僕は想像する。

また彼はMarcos Valle(マルコス・ヴァーリ)というボサノヴァ第二世代として出てきたミュージシャンの熱烈なファンでもあった。志村くんのメールアドレスの一部はマルコスの曲「Mentira」から取られていたほどだ。

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そのうえで、「銀河」に関して言えば、楽曲がとてもダンサブルなものになっているのもポイント。それはジャミロクワイを意識したものだったらしい。

 

「銀河」を知る人には驚かれるかもしれないが、初めて「銀河」を僕に聴かせてくれたとき、志村くんは「この曲、ジャミロクワイみたいにしたいんです」と言ってきたものだった。

僕には彼の言わんとしていることがよく理解できた。ファンキーさが肝だということだ。

しかしフジファブリックが演奏する限り、もろジャミロクワイみたいなサウンドにしても意味はない。それを要素として取り入れつつ、例によって独自なバンドサウンドで無理矢理表現してみればいい。そんな僕とのミーティングを受けて、バンドとアレンジを重ね、志村くんはプリプロの段階でほとんど「銀河」の原型と言えるものを創り上げていた。

 

 


あの曲に入っているエッセンスの話を、あの時点でインタビューでぶつけられたら、それは盛り上がっただろうなあ、と思ってしまう。でも、当時の自分には知識が足りなかった。

後悔先に立たず。