※2023年2月28日に「ARTICLE」というサイト(現在は閉鎖)に掲載された文章の再録です
「誰だって自分に火がつく歌があるはずだ」
ELLEGARDENの細美武士は約16年ぶりの新作アルバム『The End of Yesterday』の収録曲「Firestarter Song」でこう歌っている。「Everbody’s gotta have their own firestarter song」。そうだよなあ、と思う。
僕にもそういう曲はある。
音楽が自分を奮い立たせてくれた経験は沢山ある。たとえばヘッドホンで聴きながら街を歩いたり、爆音でかけながら車を走らせたりしているうちに、自然と身体が熱くなるような感じになったりする。自分で気が付かないうちにギュッと拳を握りしめていたりする。ライブハウスで汗まみれになったり、野外フェスでずぶ濡れになったりしたときの特別な記憶が、自分を支えてくれているようなところがある。
そういう、自分に火をつけてくれる歌のうちのひとつがELLEGARDENの曲だった。
だから活動再開はとても嬉しかった。2008年の活動休止から約10年ぶりの2018年にONE OK ROCKとの対バンのスタイルで行われた復活ツアー「THE BOYS ARE BACK IN TOWN TOUR 2018」は、ZOZOマリンスタジアムでライブを見届けた。
■正直でいること、自由であること、理想を貫くこと
世代という意味でいえば、ELLEGARDENは決して僕にとって“青春のバンド”というわけではない。
彼らが活動を始め、人気を拡大していったときには、自分はすでに音楽雑誌の編集者やライターとして仕事をしていて、そろそろ30代に差し掛かろうとしていた。
でも、“世代”とか、そういうことじゃないんだよな。
ELLEGARDENというバンドはいつも、正直でいること、自由であること、理想を貫くこと、あらゆる抑圧に立ち向かい、その力を跳ね除けることを歌っていた。
その抑圧の中には、世間のなかで常識のように扱われていること、“わかったふりをした大人たち”が“上手い世渡りのやり方”みたいにして手渡してくるものも含まれていた。
たとえば「金星」は、狡猾さによって得たものなんてあっという間に失ってしまうということを歌っている曲だ。たとえば「Middle Of Nowhere」は、誰にも理解されず、信じてもらえず、落ち込んで、すべてを拒絶している“君”に向けての言葉が歌われている。
沢山の人たちが彼らの歌に込められたものを受け取って、それぞれの人生の中で大事にしてきた。憧れの対象にしてきた若い世代のミュージシャンも沢山いた。だからこそELLEGARDENというバンドは活動休止から10年が経っても、忘れられるどころか、より大きな存在となってシーンに戻ってきたわけだ。
■懐古的なものではなく、今の時代のサウンドに仕上がっていた新作アルバム
2022年12月、ELLEGARDENは約16年ぶりの新作アルバム『The End of Yesterday』をリリースした。正真正銘の復活作。最初はそのインパクトの方が大きかったけれど、しばらく経って何度も聴きかえすようになって、アルバムの真価がフラットに伝わってくるようになった。
アルバムの大きなポイントは、待っていたファンを喜ばせるだけの懐古的なものには決してなっていないこと。むしろ新たな挑戦に満ちたものになっている。
サウンドメイキングにもそれが表れている。ヒップホップやR&Bがポップスの主流になった今のUSのモダンなミュージックシーンの潮流を踏まえた音になっている。もちろん彼ららしい情熱的なメロディのパンクロックが軸になっているんだけど、決して以前の焼き直しにはなっていない。
たとえば独特の浮遊感が漂う「Perfect Summer」やダンサブルな「Firestarter Song」のような曲は、活動休止前の彼らだったら作っていないだろう。
新作はLAで数ヶ月にわたって滞在して楽曲制作し、レコーディングも現地のプロデューサーやエンジニアと共に行ったという。そのことが大きく影響しているのは間違いない。おそらくONE OK ROCKのTakaとの交流も刺激になったはずだ。
雑誌『MUSICA』に掲載されたメンバーインタビューによると、細美武士が単身渡米して数ヶ月でアルバムのために制作したデモトラックは120曲。その全てがドラム、ベース、ギター、コーラスまで入った完成形に近いもので、ケータイのボイスメモに録音された断片レベルのものは1000個はあったという。そこから厳選された11曲がアルバムに収録されている。他にもクオリティの高い曲は沢山あったそうだ。言葉にすると簡単だけど、相当な量だ。そういう執念を感じるような制作作業がアルバムのクオリティの背景になっている。
■全てを賭けた一世一代の勝負に挑む気概
なぜ、そこまで自身のエネルギーを費やすような制作になったのか。
その答えのような、決意表明のようなことが歌われているのがアルバムの1曲目の「Moutain Top」という曲。
全てを賭けた一世一代の勝負に挑む気概が、高らかに歌われている。歳を重ねても守りに入らず過去に頼らない姿勢が、サウンドにも言葉にも表れていて、そこにグッとくる。
そして、こういう曲は今のELLEGARDENだからこそ歌えるものだと思う。
先の見えない可能性に翻弄される10代や20代の頃に比べて、40代や50代の頃になると、良くも悪くも、人生の見通しがある程度立ってきたような気がするような人は多いのではないかと思う。成し遂げてきたことが積み重なって、後ろを振り返れば自分の足跡があって、それが先に進む道につながっている。「安定」というのはそういうことだと思う。
けれど、それを全てかなぐり捨てるような覚悟があってこそ、得られるものがある。
「チーズケーキ・ファクトリー」も、歳を重ねたからこそ生まれる思いを綴った曲だ。
過去の大切な思い出は、今もキラキラと光っている。それは決して色褪せないし、今だって、その気になりさえすれば、その輝きを探す冒険にもう一度出かけることができる。
■ELLEGARDENが教えてくれたもの
僕が40代後半になって気付いたことがある。これまで沢山の小説やマンガ、映画やドラマが「青春が色褪せる」ことを描いてきた。沢山の歌がそういうことを歌ってきた。無鉄砲さや、夢に向かう真っ直ぐさやみずみずしい喜び、そういうものが歳を重ねるごとに失われていくということをテーマにしてきた。
だから10代の頃は「大人になるって、そういうことなんだ」と思い込んでいた。夢と引き換えに、安定と責任を得る。そういうことだと思っていた。
もちろん、それが間違っていたわけじゃない。それは多くの人にとって頑然とした事実であるとも思う。
でも、それって結局、“わかったふりをした大人たち”が伝える“上手い世渡りのやり方”でもあるんだよな。
僕にとって、ELLEGARDENの曲はそういうことを教えてくれるものでもある。