日々の音色とことば

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TVアニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』と結束バンドが鳴らす「下北沢のあの時代」

※2023年1月27日に「ARTICLE」というサイト(現在は閉鎖)に掲載された文章の再録です

邦ロックの系譜を受け継ぐ、完璧なアルバム

結束バンド(期間生産限定盤)

 

まさかの傑作アルバムが届いてしまった。

 

ジャケットの絵柄からいわゆる"アニソン"かと思いきや、アニメの関連作品でありつつ、いわゆる00年代以降の“邦ロック”カルチャーの魅力をぎゅっと凝縮したような1枚になっている。

 

全14曲に相当な愛情と気合の入り方を感じる。

 

それが結束バンドのアルバム『結束バンド』だ。

 

結束バンドというのは、TVアニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』の劇中に登場するバンド。

高いギターの腕前を持ち動画投稿サイトで人気を集めながらも引っ込み思案で極度の人見知りな高校1年生、“ぼっち”こと後藤ひとりが、伊地知虹夏、山田リョウ、喜多郁代と出会ってバンドを結成、音楽活動を通じて成長していくストーリーだ。

 

キャッチコピーは「陰キャならロックをやれ!」。

 

コミカルな日常風景とライブハウスを舞台に繰り広げられるリアルな音楽描写が人気の理由になっている。

 

■下北沢ライブハウスシーンへの愛情とリスペクト


僕がこの『ぼっち・ざ・ろっく!』を知ったのは、アニメよりも楽曲が先だった。放送が始まってしばらく経った頃、Spotifyのバイラルチャート上位にランクインした「青春コンプレックス」を聴いて、結束バンドという存在を知った。

 

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曲を聴いて感服した。

 

2本のギターが絡み合って疾走するバンドアンサンブルにも、内向的な心象風景と思春期的な衝動が混ざりあった歌詞にも、00年代の下北沢のギターロックシーンの格好よさのエッセンスが息づいている。巧みに韻を踏み促音で跳ねるリリックに「アジカン以降」のセンスを感じる。

 

で、そこから『ぼっち・ざ・ろっく!』を観て納得した。

 

このアニメは下北沢が舞台になっている。

 

主人公たち4人が拠点にしているライブハウス「STARRY」は、実在するライブハウスがモデル。外観だけでなく、地下に降りていく階段も、バーカウンターやステージもかなりリアルに再現されている。

 

そして、アニメのいろんなところにASIAN KUNG-FU GENERATIONを元ネタにしたモチーフがある。

 

後藤、喜多、山田、伊地知という4人の名前は、そのまま後藤正文(Vo,G)喜多建介(G, Vo)、山田貴洋(B, Vo)、伊地知潔(Dr)というアジカンのメンバー4人の名前からとったもの。各話のサブタイトルもアジカンの曲をもじったものになっている。

 

おそらく『まんがタイムきららMAX』で連載している原作者のはまじあきさんがアジカンやいろんなバンドのファンで、アニメのスタッフもその愛情やリスペクトを100%汲んだ形で音楽制作にあたっているんだろうと思う。

 

■下北沢発ギターロックバンドの完璧なフルアルバム


楽曲に携わっている作家陣の面々からもそのことが伝わる。

 

ほぼ全ての楽曲で編曲を手掛ける三井律郎はLOST IN TIMEのギタリストで、00年代から現在に至るまでずっと下北沢を拠点に活動してきているバンドマンである。

 

そして1話〜3話で使用されたエンディングテーマ「Distortion!!」の作詞作曲を手掛けたKANA-BOONの谷口鮪はアジカンに憧れてバンドを始めたというルーツの持ち主だ。

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4話〜7話のエンディングテーマ「カラカラ」の作詞作曲を担当したのはtricotやジェニーハイのメンバーとして活動中の中嶋イッキュウ。変拍子やテクニカルな曲展開を盛り込んだエモ〜ポスト・ハードコアの曲調が特徴だ。

 

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8話〜11話のエンディングテーマ「なにが悪い」の作詞作曲は昨年活動休止したthe peggiesの北澤ゆうほ。高校時代からガールズバンドとして都内ライブハウスで本格的に活動し、結束バンドと同じような10代を過ごしてきたミュージシャンだ。

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主題歌だけでなく劇中曲もかなり力の入った作りになっている。

 

たとえば第5話でのライブハウスのオーディションのシーンで披露した「ギターと孤独と蒼い惑星」や、第8話で演奏した「あのバンド」、12話の文化祭シーンで演奏した「忘れてやらない」「星座になれたら」は、とても結成したての高校生バンドとは思えない技巧的なアレンジと卓越したバンドアンサンブルを聴かせる楽曲だ。 

 

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劇中では後藤ひとりが結束バンドのオリジナル曲の歌詞を書いているということになっているのだが、「青春コンプレックス」や「あのバンド」の作詞を担当している樋口愛の切実な言葉選びも楽曲の魅力になっている。

 

他にも草野華余子や音羽-otoha-など多くのアーティストが作曲家として携わり、バラエティ豊かでありつつ一つのバンドの音楽性や志向性としては軸の通った楽曲が揃っている。

 

さらに驚いたのは、アルバム『結束バンド』の全14曲には主題歌や劇中曲のみならず、劇中で使用されていない楽曲も収録されているということ。

 

単なるサウンドトラックやイメージアルバムというよりも、曲順や構成も含めて「下北沢発ギターロックバンドの完璧なフルアルバム」とも言うべき仕上がりになっている。

 

特筆すべきは「フラッシュバッカー」という曲。スローテンポで壮大なシューゲイザーテイストのこの曲が終盤に入っていることで、アルバムとしての完成度が増している。

 

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そして、アルバム『結束バンド』のラストには最終話のエンディングに使用されたASIAN KUNG-FU GENERATIONの「転がる岩、君に朝が降る」のカバーが収録されている。

 

「フラッシュバッカー」から、ある種ボーナストラック的な位置に置かれたこの曲に続くことで、聴き終えたときの独特な余韻が生まれる。

 

■アジカンが塗り替えた00年代以降のロックシーン

 

『ぼっち・ざ・ろっく!』を観て改めて感じるのは、00年代以降の日本のロックシーンにおけるASIAN KUNG-FU GENERATIONの存在の大きさだ。

 

そもそもアジカンとアニメの結びつきはとても強い。彼らのブレイクのきっかけになった代表曲「リライト」は『鋼の錬金術師』のオープニングテーマで、「遥か彼方」は『NARUTO』のオープニングテーマだ。

 

そして、ロックというジャンルのイメージ自体も、彼らの登場以降、徐々に変わっていった。

 

それ以前のロックにはある種の不良性と結びついているような側面もあった。革ジャンのイメージも強かった。ドレスアップした衣装を身にまといカリスマ的な存在感を持つロックバンドが目立っていた。

 

僕はもともと『ROCKIN’ON JAPAN』という雑誌で編集者をやっていてゴッチとは同じ1976年生まれなのでリアルにそのあたりの空気感を知っている。

 

90年代はTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTやBLANKEY JET CITYやTHE YELLOW MONKEYがシーンの主役だった。AIR JAM以降のメロコアやパンクシーンの盛り上がりも大きかった。メインストリームはV系のバンドたちが席巻していた。

 

そんな風景を塗り替えたバンドのひとつがASIAN KUNG-FU GENERATIONだった。もちろん彼らだけじゃない。くるりも、NUMBER GIRLもいた。BUMP OF CHICKENのインパクトも大きかった。syrup16gやART-SCHOOLやストレイテナーや、いろんなバンドたちが「下北沢のあの時代」を鳴らしていた。

 

『ぼっち・ざ・ろっく!』と結束バンドは、そういうカルチャーの系譜をきちんと受け継いでいるところが、一番の魅力の由来になっているように思う。