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日々の音色とことば

新刊『ヒットの崩壊』が出ました。

斉藤和義“ずっとウソだった”と忌野清志郎

音楽について

ずっとウソだった/斉藤和義


この国を歩けば 原発が54基
教科書もCMも言ってたよ 「安全です」
オレたちを騙して 言い訳は「想定外」
懐かしいあの空 くすぐったい黒い雨

ずっとウソだったんだぜ 
やっぱバレてしまったな
ほんとウソだったんだぜ 
原子力は安全です

ずっとウソだったんだぜ 
ほうれん草食いてぇな
ほんとウソだったんだぜ 
気付いてたろこの事態

風に舞う放射能はもう止められない
何人が被曝すれば気がついてくれるの
この国の政府

この街を離れて うまい水見つけたかい?
教えてよ やっぱいいや 
もうどこも逃げ場はない

ずっとクソだったんだぜ
東電も北電も 中電も九電
もう夢ばかり見てないけど

ずっとクソだったんだぜ 
それでも続ける気だ
ほんとクソだったんだぜ 
何かがしたいこの気持ち
ずっとウソだったんだぜ
ほんとクソだったんだぜ

(歌詞より)

本日昼にYouTubeに突如アップされた映像。

歌詞については余計なことを言い加える必要なし。表現することには本来リスクはつきもので、そういう厄介事を避けるためには黙っているほうが余程ラクで、でも何も言わないでいると「ムズムズする」。そういう衝動がそのまま放出されたような歌。そこにある覚悟とエネルギーを思うと、ただただ敬服する。

ネットデヒロッタ。アップシタ。ミンナヨロコブ。オレ、ウレシイ。ゲラゲラw

という人を喰ったようなコメント欄も。そしてこれが自身の“ずっと好きだった”の替え歌である、ということも。これ、やっぱり忌野清志郎さんのやり方だよなあ。この曲がちょうど発表されたころ、(それを全く知らずに)旧知の友人とこんな話をしてたのです。

あのとき、清志郎さんは言いました。「反原発ロックなんて、作ったおぼえはねえ」。これ、彼の本音だと思いますよ。less than a minute ago via Echofon Favorite Retweet Reply

それは、RCサクセション『COVERS』に収録されたこの2曲のこと。

歌詞の内容のせいげで発売中止になり、そのことがメディアを騒がせ、当時も大きな論争を巻き起こしたこの曲。でも、後に“君は Love Me Tender を聴いたか?”という曲で、清志郎

反原発ロックなんて…そんな音楽があるとは知らなかった
ただのロックじゃないか,なんか変だな
レコード会社も新聞もテレビも雑誌も FM も
バーカみたい!

と歌っている。

当時も、メディアやジャーナリストは勢い込んで、清志郎に「反体制」としての意味と役割を覆い被せようとしたんだろうな。物事を白か黒か、右か左かの二元論で語ろうとするのがメディアだから。でも、そこに独特の諧謔精神を持って「本気だからこそユーモラスに」表現してたのが清志郎だと思うし、その意志を継いだ斉藤和義だと思うのだ。

そうだ。2009年のアルバム『月に昇れば』に収録された“Phoenix”という曲。これはまさに、斉藤和義忌野清志郎に捧げた一曲だった。この曲の《そっちはどうです? ジャムってますか?/ジミヘンとですか? オーティスとですか?/こっちは今日も争いが始まりました/見えてるんでしょ? 愛し合います!》という歌詞がすごく心に響いたのを思い出した。

きっとこの曲で歌った「見えてるんでしょ?」が、斉藤和義を突き動かしたエネルギーだったんだろうな。そんなことを思った。