日々の音色とことば

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谷垣自民党総裁就任

自民党の総裁に谷垣禎一氏が就任した。

今回の総裁選は盛り上がらなかったというけれど、個人的には以前の記事にも書いた通り、かなり注目していた。ポイントは「自民党がどういう方向性を持った野党になるか」ということ。民主党は政権交代を果たしたけれど、このまま誰もかれもが「勝ち馬にのる」だけでは二大政党制は実現しない。そのためには「もう一つの軸」が必要で、自民党が果たしてその受け皿になるかどうかという分水嶺になる総裁選だったと思っている。

「もう一つの軸」というのは、つまりは再配分を重視した「大きな政府」としての政党(=現在の民主党)と、それに対しての規制緩和による自由市場を重視した「小さな政府」としての都市型の政党だと僕は思っている。どちらの考え方がいいかというのは、人それぞれによるだろう。正直僕自身も立場や考え方を決めかねているところはある。スウェーデンや北欧諸国のような福祉重視の国を目指すのも魅力的だと思うし、不必要な規制が社会を固定化させているという新自由主義的な考え方にも納得できる部分は大きい。ついでに言うと「小泉改革が格差を拡大した(だから今は小泉改革的な考え方はNGだ)」というような、マスコミを中心に流布しているイメージは、まさに「勝ち馬にのる」だけの中身のないものだと思う。それぞれのポイントでの反省や見直しはあるべきだけれど、「小さな政府と市場社会を志向する考え方」自体はあっていい。

そして、何より大事なのはそういう考え方やビジョンを投票によって「選べる」ことだと思う。僕は別に議員や候補者と繋がりはないし、どこかの政党に投票すると自分に利益があるというわけではない。従来の考え方でいえば「無党派層」ということになると思う。ただし、投票するということにあたっては、せめて自分の一票に、自分の意志を(それなりに)託すことのできるものであってほしい。そう考えている人は僕以外にも多数いると思う。既存のメディアや政治家の一部は選挙があるたびに「風が吹いた」という表現をしているけれど、そのエネルギーの根幹となっているのはそういう意識だと思う。それが郵政選挙では小泉フィーバーをもたらし、今夏の総選挙では「自民党にお灸をすえる」という形で働いたのだと思う。「風」のように根を持たず揺らめいているように見えるのは表層だけなのではないだろうか。

で、そういう考え方をもとに谷垣氏の総裁選出のニュースを見ると、正直言ってとても残念ではある。掲げたのは「全員野球」と「政権奪取」と「地方再生」。なんというか、変わり映えしないよなあ、というのが印象。民主党と比べても、選択肢の軸がどこにあるのかわからない。今まで通りを志向して、とにかく前に戻ればなんとかなるだろうという考えが反映されている気がする。そして、たぶん、なんとかなることはないだろう。時計の針が巻き戻されることは、ない。

ザ・選挙/2009年総選挙分析(2)みんなの党の得票構造に見える自民党の未来

上の記事で書かれていることにはデータの分析含め、非常に説得力がある。興味深い。
 

次の総裁が誰になるにせよ、自民党の支持者をこれ以上奪われないために、みんなの党対策は重要となる。できればみんなの党を丸ごと吸収し、改革派にも十分な発言権を与える政党として再出発を図るのが良いだろう。この際に、これまでの自民党政治の悪い点、古い点を修正し、党改革に不都合な一部政治家にはご退場願うのが、当然の道である。ついでに古い自民党のイメージは国民新党にでも被ってもらえればよいだろう。

 しかし、党内の老人たちがそれを許さないというのなら、政策刷新と世代交代を訴える自民党議員はみんなでみんなの党に脱出すればよい。汚された自民党ブランドと、しがらみという名の負債を、それを負うべき人々に負わせるのが、一番手っ取り早いはずである。

果たしてそうなるだろうか。そうなったらいいだろうな、という風にも思う。少なくとも、政党同士の間に、今の社会の現実を反映した「まともな対立軸」があってほしいと願う。