日々の音色とことば

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まぶしい光の中でゴールテープをきるということ――BOOM BOOM SATELLITESの最後の作品に寄せて

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今日の記事はBOOM BOOM SATELLITESの新作『LAY YOUR HANDS ON ME』について。そして、「何かをやり遂げる」ということについての話です。彼らのことを知らない人にも届けばいいな。

 

■闘い続けてきたバンドの最後の凱歌

 

BOOM BOOM SATELLITESは、6月22日にリリースされる新作『LAY YOUR HANDS ON ME』をもって活動を終了することを発表した。

 

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ニュースでも報じられた通り、その理由は、川島道行(Vo/G)が脳腫瘍による麻痺などの後遺症で音楽活動を続けることが困難になったため。中野雅之(B/Programing)はブログにこう記している。

 

これがBOOM BOOM SATELLITESの最後の作品になります。理由は川島道行の脳腫瘍による麻痺などの後遺症です。現在、川島道行はミュージシャンとしての役割を終えて家族と共に穏やかな毎日を過ごしています。言葉はゆっくりですが話せます。手足は不自由になってきて車椅子を使う機会も増えました。正確な意思の疎通が難しいので、今彼が何を考えて何を思って毎日を過ごしているのか、僕でも少し理解しきれない時があります。しかし、この作品を作りきった充実感や達成感は感じていると思います。僕には本当に燃え尽きてしまった抜け殻のようにも見えます。「お疲れ様!」と声をかけてあげて欲しい。

 

あともう一息でデビュー20周年というところでしたが音楽家、川島道行との旅もあともう少しで終わろうしています。川島くんと一緒に数え切れないほどの景色を見てきました。何を思い返しても簡単な事は無かった。思いのままジタバタして、もがいて、駆け抜けてきました。振り返るとどれも素晴らしく、誇らしく、思い出達はキラキラと輝いています。

 

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というわけで、この『LAY YOUR HANDS ON ME』は、デビューから19年を迎えた彼らの最終作となる。4曲入りで23分弱。枠組みとしてはEPということになるのかもしれないけれど、まぎれもなく「アルバム」としての聴き応えと重みを持った作品だ。

 

LAY YOUR HANDS ON ME

 

最高傑作だと思う。最初に音源が届いてから何度も聴いているけれど、聴くたびに胸がいっぱいになる。心が揺さぶられる。でも、それは僕が彼らのことをよく知っているからだけではないと思う。この4曲の中に込められたもの、音楽に宿る力そのものは、時代や状況を超えてちゃんと伝わっていくと思う。

 

表題曲「LAY YOUR HANDS ON ME」は、強靭な四つ打ちのビートに乗せて力強い歌声が響くダンス・ナンバー。

 

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歌詞にはこんな言葉がある。 

 

Lay your hands on me while I'm bleeding dry

Break on through blue skies, I'll take you higher

ずっとその手で触れていてくれ、生気が抜けてゆく僕のからだに

青空を突き抜けて、君をもっと高いところまで連れて行こう

 

YouTubeに公開されたミュージックビデオには、可愛らしい女の子が満面の笑みを浮かべて砂浜を走ったり、おもちゃで遊んだり、ギターを抱えてジャンプしたりする、無邪気で愛らしい姿が映し出されている。

 

この女の子が川島道行の実の娘だということも明かされている。ファンや彼らを知る人にとっては、この映像には、胸を締め付けられるようなものを感じると思う。でも、この曲がアニメ『キズナイーバー』OPテーマになったことで、YouTubeのコメント欄には、それを全く知らない海外からのいろんな感想が英語やスペイン語やロシア語で書き込まれている。国境を超えて届いている。そのことを、なんだか嬉しく思う。

 

2曲目「STARS AND CLOUDS」は、キラキラとした光に歌声が包まれるような、静かな、とても美しいバラード。

 

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その2曲で感じた賛美歌のような感覚、高揚感と抱擁感をリプライズしていくかのようなアンビエントナンバーの「FLARE」と、先鋭的なビートと声を重ねあわせるインストゥルメンタルの「NARCOSIS」が続く。

 

この「NARCOSIS」の終盤、フィールドレコーディングによる街の雑踏の中に、音楽が溶けていく。過去の作品でも彼らはアルバムの最後の曲をこういう環境音を用いた曲で終えていた。どこか浮世離れした場所じゃなくて、あくまで日常の中、普段の生活の中に音楽がある、ということを表現していた。

 

そして、ヘッドホンで聴いていると気付くのだが、この「NARCOSIS」にも仕掛けが凝らされている。最後の最後、静寂の中で川島が「すぅっ」っと息を吸い込む音が聴こえる。そこに、すごくハッとする。

 

noteにも書いたけれど、僕は「LAY YOUR HANDS ON ME」という曲は「凱歌」だと思っている。BOOM BOOM SATELLITESは、ずっとレベル・ミュージック、つまり何かに抵抗する音楽を鳴らしてきたバンドだった。パンク・ロックとダンス・ミュージックを、スタイルとかじゃなくて「反抗」と「祝祭」という、それぞれの精神性の最も深い部分で融合させてきた2人だった。

 

20年近くのキャリアの中でその「抵抗」の相手はいろんなものだったけれど、たぶん、ここ数年の彼らが対峙してきたのは、運命そのものだったのだと思う。とても大きな相手だ。ちっぽけな人間に勝ち目なんてない。それは過酷で、ときに残酷なものでもあったと思う。

 

けれど、でもこの曲を聴くと、真っ向から闘い続けてきたからこそ、最後に彼らは「凱歌」を作ることができたんだと思う。そしてこのアルバムに収められた4曲で、生命が持っているエネルギーのようなもの、光のようなものを、音楽に結実させることができたんだと思う。

 

BOOM BOOM SATELLITESは、こうして自らの音楽活動に幕を下ろした。到達点まで上り詰めて、そこで高らかに鳴り響くような希望を鳴らしきった。音楽の歴史を紐解いても、こんな風にゴールテープをきることのできたバンドなんて、きっとほとんどいなかったと思う。書いてるうちにどんどん大袈裟な表現になってるのは自分でもわかるんだけど、思い浮かぶのは感傷的な言葉より、「おめでとう」と「おつかれさまでした」という言葉だ。

 

■華々しい海外デビューと「ロックンロール」への道

 

というわけで。ここからは、すこしくらい思い出話をしてもいいよね。

 

BOOM BOOM SATELLITESは97年に『JOYRIDE』でベルギーのレーベルからデビューし、日本よりも先に海外のメディアで華々しく取り上げられる。時代はちょうどケミカル・ブラザーズやファットボーイ・スリムが登場して脚光を浴びていたころ。「ビッグ・ビート」なんて言葉が持て囃されていたころだ。

 

僕が1stアルバム『OUT LOUD』を初めて聴いたのは大学生のころ。こんな風にロックとダンス・ミュージックを融合して世界の舞台で戦ってる人がいるんだと知って、夢中になった。

 

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初めてインタビューしたのは2002年、3rdアルバム『PHOTON』をリリースしたときのこと。二人はロンドンに拠点を置いていた。2ndアルバム『UMBRA』と『PHOTON』は、最初の作品が持っていた突き抜けるような爽快感とは一転した、ディープに内奥を掘り進んでいくような聴き応えを持ったものだった。

 

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当時は9・11の後の殺伐とした世相と絡めてあの作品を受け取っていた。でも、後になって、この時期に、川島道行に一回目の脳腫瘍が発覚したことが明かされている。

 

当時のインタビューで彼はこんな風に語っていた。

 

「ある日命に終わりが突然やってくるものだっていうことが僕の中で実感できた時期があって」

「人がどこから来てどこへ行くのかっていうこと――自分が考えてることを歌詞の題材にしてたんだけど。ただ、今までは自分から離れた手の届きそうもないようなところのことばっかり考えてたんだけど、今回は普段の生活の中でそういうことが起こってるということを、細かくシチュエーションとして10曲挙げたかった」

(『BUZZ』2002年7月号より)

 

当時のイギリスの音楽シーンはビッグ・ビートのブームが一段落し、90年代に接近していたロックとダンス・ミュージックのシーンが再び分化していったころ。ダンスの快楽性を離れた彼らはマーケットにおいては苦戦していたけれど、その見据えるものは当時から変わっていなかった。

 

次にインタビューをしたのは、4thアルバム『FULL OF ELEVATING PLEASURES』の頃。「MOMENT I COUNT」や「DIVE FOR YOU」などを収録した、彼らにとっても代表作となる一枚だ。

 

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当時のインタビューでは、作品が「ロックンロール・アルバム」であることを語っていた。

 

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そしてその音楽性にゴスペルの要素が加わってきたことについて、二人はこんなふうに言っていた。

 

「簡単には見出せない生きる光のような、希望の光は絶対音楽が提示していくっていうものだと思っていた」

(『BUZZ』 2005年10月号)

 

「ゴスペルってね、なんて言うんだろう……すごく日々の思いをメロディにのせて、自分も参加して、その気持ちを昇華させているという、宗教的な部分の音楽だけど、歌の持つ力でできることですよね。歌じゃないとできないことだし。(略)手を差し伸べるときの手段なのかって言われれば、それは手段だし、おいでよって感じだから」(川島)

(『BUZZ』2005年4月号)

 

翌年、そして翌々年、彼らは『ON』と『EXPOSED』という2枚のアルバムをリリースする。よりロックンロールとしての強度と即効性を高めた作品だ。『FULL OF ELEVATING PLEASURES』とあわせて「三部作」と位置づけていたこの3作で、彼らはライブバンドとしての支持を高め、日本のロックシーンに確固たる地位を築き上げていく。

特に『ON』の一曲目「KICK IT OUT」は、いろんな場面で耳にしたことのある人は多いはず。

 

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■苦闘の日々と「再生」の光

 

ただ、2010年代に入ってからのBOOM BOOM SATELLITESは、それまでとは違ったフェーズに入っていた。

 

『TO THE LOVELESS』をリリースした2010年の頃は「悩んでいる時期」だったと言う。当時はこんな風に語っている。

 

「音楽は細分化されすぎている。だから、ただトレンドだけを追いかけても自分たちを見失うだけだと思いますね。そういう時代になったと思う」(中野)

インタヴュー | BOOM BOOM SATELLITES(NEXUS)

 

そして2012年末。アルバム『EMBRACE』を完成させた直後、川島に脳腫瘍の再発が発覚し、2013年1月からの全国ツアーは中止となる。

 

そしてその年の5月に、初の日本武道館で復活ライブが実現。それは、長らく僕が観てきた彼らのライブの中でも最高のものだった。ライブ・アルバム『EXPERIENCEDII』にその模様が収められている。

 

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EXPERIENCEDII-EMBRACE TOUR 2013 武道館-(完全生産限定盤)(Blu-ray Disc付)

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しかし、その裏側は壮絶な状況だったという。

 

「あの時期は非常事態に近かったですね。精神的な追い込まれ方もすごかったし。数ヶ月でもう一度ステージに立つこと自体に無理があった。でも半年後や一年後だったら、逆にモチベーションを失っていたかもしれない。やっぱり脳の手術だし、何かしらの変化は起きるだろうと思っていたから。武道館をやり切れたのはよかったけれど、とにかく、半端無く大変なことだった。で、その時点でもうアルバムの制作に片足を突っ込んでいたんです」(中野)

「意識が混濁している時もあったし、辛いだけの時間を過ごしていたこともあった。それでも、僕はこのバンドで生まれる新曲を聴きたいので、音楽をやろうと思いを改めた時期でもあったと思います」(川島)

 

NEXUS | <インタヴュー> BOOM BOOM SATELLITES 「無駄なことなんて一つもなかった」――不屈の年月と、辿り着いた今を語る

 

武道館公演を行った時には、すでに次作『SHINE LIKE A BILLION SUNS』の制作も始まっていた。『EMBRACE』から『SHINE LIKE A BILLION SUNS』にかけては、彼らの音楽に、抱擁力とか、「光」をイメージするようなものがどんどん増えていった。

 

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「“NINE”だと<I wake up lying on the dance floor>(ふと目覚めたらダンスフロアで横たわってた)という一節が、最後の曲の一行目にきている。それは偶然だけれども再生感を得られてすごく勇気づける一行になっているんじゃないかって自分でも思っています」(川島)

インタヴュー |BOOM BOOM SATELLITES (NEXUS)

 

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「引き受けるとか、肯定的であるとか、そういう表現になってきていると思います。でも、それがレベル・ミュージックじゃないかといえば、そんなことはないと思う。それが聴き手にとっての力になる音楽であれば、やっぱりそれはそう言えるんじゃないかと思う」(中野)

NEXUS | <インタヴュー> BOOM BOOM SATELLITES 「無駄なことなんて一つもなかった」――不屈の年月と、辿り着いた今を語る

 

そして2015年7月。フジ・ロック・フェスティバルで本当に素晴らしいライブを見せた後に、5度目の再発が発覚する。11月に予定されていた最後のワンマンライブは体調の悪化のためキャンセルとなり、結果的にはその年の夏のフェス出演が彼らにとっての最後のライブになった。

 

それでも、彼らはそこで諦めなかった。二人はBOOM BOOM SATELLITESの最後の作品として『LAY YOUR HANDS ON ME』を作ることを決意し、残された時間の中でそれを完成させる。

 

「LAY YOUR HANDS ON ME」を聴いていると、とても不思議に感じることがあって。こうして振り返っても、相当な苦闘の中で作り上げてきた作品であるのは間違いないと思う。でも、鳴らされている音からはそういう匂いは一切感じない。もっと純度が高いというか、浄化されているというような感じがする。

 

「音楽が生き方に作用する、心に働きかけるものであってほしい。そういう思いは表現に託してきたものだと思っています」(川島)

NEXUS | <インタヴュー> BOOM BOOM SATELLITES 「無駄なことなんて一つもなかった」――不屈の年月と、辿り着いた今を語る

 

彼らはこんな風に言っていた。川島道行、中野雅之という二人は、お互いに手を取り合い、影響を与えあいながら、20年近くの歩みを経てきた。そういう年月があったからこそ、まぶしい光の中でゴールテープをきるような曲が完成したのかもしれないな、と思う。

 

LAY YOUR HANDS ON ME(初回生産限定盤)(Blu-ray Disc付)

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