発売日に書店に行った。あっという間に読んだ。読めてよかった。
夫のちんぽが入らない。編集者はよくこのタイトルで会議を通したなと思う。本屋でも注文しづらいだろうし。でも読み終えたら「ああ、これしかなかったんだな」と、ストンと胸に落ちた。
江森丈晃さんが手掛けたデザインと装丁もとても素敵だ。画面だと黒い文字にみえるけれど、実物の本は銀箔でタイトルが書かれている。カバーを外すと夜空を思わせる黒に「夫のちんぽが」という言葉が、点々と散っていて、幾何学模様のような線でつながれている。まるで星座のように。
インパクト大のタイトルだから、まずその話から始まるのはしょうがない。でも、ここに書かれているのは単なるウケ狙いの話じゃなくて、下ネタでもなくて、とても切実で壮絶な、苦しく、そして優しさと愛に満ちた半生の物語だ。
著者は“こだま”さん。「塩で揉む」というブログをやっている。もともと本作は2014年の同人誌即売会「文学フリマ」で頒布された同人誌『なし水』に寄稿された短編が元になっているのだという。
本文はこんな書き出しで始まる。
いきなりだが、夫のちんぽが入らない。本気で言っている。交際期間も含めて二十年、この「ちんぽが入らない」問題は、私たちをじわじわと苦しめてきた。周囲の人間に話したことはない。こんなこと軽々しく言えやしない。
何も知らない母は「結婚して何年も経つのに子供ができないのはおかしい。一度病院で診てもらいなさい。そういう夫婦は珍しくないし、恥ずかしいことじゃないんだから」と言う。けれど、私は「ちんぽが入らないのです」と嘆く夫婦をいまだかつて見たことがない。医師は私に言うのだろうか。「ちんぽが入らない? 奥さん、よくあることですよ」と。そんなことを相談するくらいなら、押し黙ったまま老いていきたい。子供もいらない。ちんぽが入らない私たちは、兄妹のように、あるいは植物のように、ひっそりと生きていくことを選んだ。
田舎の小さな集落で、ひっそりと、人との交流を避けるようにして育った主人公の「私」は、地方都市の大学に進学して住みはじめた古い安アパートで彼に出会う。すぐに惹かれ合うようになり、二人は卒業して教師としての職を得て、そしてまっすぐ結婚に向かっていく。「ちんぽが入らない問題」を抱えながら。
そして、「入らない」というのは「ちんぽ」だけじゃない。主人公の「私」は人生の局面で、いろいろな「ふつう」とか「当たり前」というものに「入れない」。そのために悩んだり、苦しんだり、傷ついたり、諦めたりしている。これが一人の女性の人生に起こったことかというくらい、様々な困難が訪れる。学級崩壊したクラスを受け持つようになって、追い詰められて、堕落して。
でも、筆致は、とてもユーモラスだ。どこかカラッとしていて、明るい。
なぜだあと叫びたかった。なぜ大仁田で無血なのだ。大仁田こそ流血すべきだろう。シャワーを浴びに向かう汗まみれの「おじさん」の背中は、まさに一試合終えたレスラーを思わせる貫禄があった。
ここがすごい。詳しくは書かないが、主人公の「私」がどん底まで滑り堕ちていくきっかけを描いた場面だ。起こってしまっていることの重大さと対比して「大仁田こそ流血すべきだろう」の一言がとても可笑しい。
でも、描かれていることが壮絶であればあるほど、どこか俯瞰でそれを見ている視線の存在を思わせるユーモアの力が増す。この対比は、たとえば松尾スズキさんの小節や戯曲が書いてきたものでもある。
料理に喩えるなら、この本にある笑いやユーモアの要素は決して“スパイス”ではない。それはむしろ“出汁”のようなものだとも思う。
そして、もう一つ、この本の芯にあるのは「祈り」のようなものだと思う。その存在に気付いてから、僕は後半読みながらちょっと泣いてしまった。決して他人事じゃないということは、自分がよく知っている。だから、そのことについては上手く言えないんだけど。
無意味なことなんて、きっと何もない。
最後のほうに、こう書かれている。
ちょっと話は変わるけれど、僕がレディオヘッドというバンドで一番好きな曲に「Everything in its right place」という曲がある。『キッドA』というアルバムの1曲目に入っている。不穏な、でもどこか安らぎを感じさせるようなシンセの音色に乗せて、トム・ヨークがこんな風に歌う。
Everything, everything, everything, everything..
In its right place
In its right place
In its right place
Right place
エヴリシング・イン・イッツ・ライト・プレイス。全てがあるべき場所に。
それは僕が大事な場所にしまっておいて、たまに辛くなったときに、よく効くおまじないのようにそっと取り出して小さく唱える言葉でもある。
全てのものは、そのあるべき場所に、ある。僕はそう願う。無意味なことなんて、きっと何もない。それは祈りの言葉だ。あらゆる選択と、あらゆる過去は、まるで最初からそこにはまるべきパズルのピースだったかのようにぴったりと結びついて、あなたを赦す。柔らかな笑顔の残像だけが残る。
そういう祈りは届くはずだと信じている。